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STEP  作者: 山口ゆり
10/12

嵐が来る

……いや、多少ならずとも期待していた俺が悪かったけれど。

ゲートをくぐると、そこには姉貴がその彼氏と一緒に立って待っていてくれた。

来てくれたことは嬉しいんだけれど。

でもさ。


「お疲れ様。長時間のフライトは疲れたでしょう」


開口一番、信武くんがそう声を掛けてくれた。

荷物持とうか、なんて、何て人間が出来たヤツなんだ信武くん!

さすがあの姉貴の彼氏に名乗り出るだけのことはある。

でも飛行機の中でぐっすり眠っていたから体の節々は痛かったけれど、さほど疲れてはいなかったし、大丈夫だと告げて歩き出した。


久しぶりの日本。

何しろ空気が違う感じがする。

じめっとしているというか、空気そのものが重たいような。

早いものでアメリカに行ってからもう4ヶ月が過ぎていて、半袖の季節になっていた。

俺は本社で打ち合わせが入って1週間だけ一時帰国をすることになった。

本当は打ち合わせ自体は4日くらいなんだけれど、せっかく帰るんだからちょっとのんびりしてくればと矢神さんに言われて。

だから帰国が決まった日に姉貴にメールを送ったんだ。そしたら、例のごとくとんでもない時間にコレクトコールで電話かけてこられて迷惑したんだけど。

俺は出迎えなんかいいからって言った。

どうせすぐ会社に向かわなくちゃいけないから、せっかく来てくれても結局ゆっくり話せるのはどうしたって夜になるから。

姉貴は「土曜なのに、わざわざ帰ってきた人間を出社させるなんて何て人使いの荒い会社なの!」とかぎゃーぎゃー言ってたけど、もともと俺の会社は土曜の午前は出社になってるし。

それより販売業なのに土曜に2人揃って無理矢理休み取ってここにいる姉貴たちの方が心配になってしまう。

まぁ信武くんがいるってことは何とかなるんだと思うけど。

だから実際今日が本当の休みなのは幼馴染だけのはず。

……思わずため息をついた。

今日彼女は来ていない。

まぁ急に園から呼び出されたとかで、来たくなかったってわけじゃないとは聞いたけれど。


信武くんの運転で走る車内。

姉貴と彼は前で2人で話していたから、俺は窓の外を見た。

聞けばこの4ヶ月の間にあいつは帰りが遅くなったのだと言う。

遅くなる日は大体幼稚園の先生たちと飲んでることが多いらしいが、そうだとしたらそこにはあの新城とかいう男の先生もいるんじゃないか。

新城関係のことは情報源の姉貴もめぐからはまともな情報が得られなかったらしく、どうなっているのかよく分からない。

当人不在のままそんなことばかり考えている自分が情けなかった。



「ただいま」


家に入ると、小さい頃よくやっていたように柳沢家と石原家が集まって誕生日会状態の飾り付けで「welcome将太!」という幕まで下がっていた。

ウェルカムって……俺は実家に帰ってきただけなのに。

すっかり我が子をゲスト扱いにしてただ単に盛り上がりたいだけのめでたい両親に呆れて、辺りを見回した。


「めぐ、まだなんだね」

「あ、何かねぇ、出かけたまままだ帰ってきてないのよ。ごめんね、将ちゃん」


まったくあの子ったらいつまで経ってもふらふらしてて。将ちゃんが久しぶりに帰ってくるっていうのに。

めぐんちのおばさんがうちの母さんと台所から寿司を運びこんできながらそう言う。

ふとイヤな予感がする。

目を上げたらにやにや笑いの姉貴と目が合って、何だか心の内を見透かされたようで思わず顔を顰めた。



「ただーいまー!」


しばらくして、相変わらずのすっとんきょうな声が玄関から聞こえてくる。

4ヶ月くらいじゃ全然変わらないなぁ。そう思ったら自然に口元が緩んだ。……その姿を見るまでは。


髪がちょこっと伸びている。

俺を見つけて、いつだってそうだったように飼い主を見るような目をしためぐ。

けれどその隣には、見たこともない男が立っていた。

すぐさま分かった。

新城雅弘29歳、だ。


「あ、しょーちゃん!おかえり!」


わーい、久しぶりだね、とあくまでも無邪気なめぐ。

何でそんな無邪気なんだ。

途端にどろどろとした気持ちが湧き上がってくる。

どうしてそいつと一緒なんだ、とか。

どうしてそいつは当たり前のようにお前の隣にいるんだ、とか。

そしてハッとする。

……俺、こんな……。

嫉妬?いや、そんな……。

自分にショックを受けて口元に手を当てると、今度はそいつが口を開いた。


「あれ、石原ってお兄さんいたんだっけ」


お兄さんじゃないし。

ムッとしてそいつの顔を見据える。


「どうも初めまして。“柳沢”将太です」


心持ち名字を強調する。

一瞬そいつの顔が驚いたような表情になった。


「新城、雅弘です」


ビンゴ。

お互い妙にかしこまってお辞儀する。

俺は品定めをするようにそいつを頭から爪先まで一瞥した。


「しょーちゃんは隣に住んでるんです。今はアメリカに行ってたんですけど一旦帰ってきてて。今日だよね?」

「ああ」

「だからうちでおかえりパーティをしてるんですよ」


ものすごい違和感。

今までこんな風にめぐが男と並んでいる姿をまじまじと見たことなんてなかった。

それに、あのめぐが敬語を使ってる。て言うか使えるんだ、敬語。

背の高い彼を見上げるようにしてめぐはのほほんとそう告げる。

そいつはふぅん、なんて相槌打ってるけど、俺もそいつも視線はお互いに釘付けだった。


「“ご家族で”仲がいいんですね」

「まぁ長い付き合いなんで。俺もこいつも“ほとんどずっと一緒”でしたし」

「じゃあ、今日は彼女をいろいろ連れ回しちゃってご迷惑おかけしちゃいましたか?せっかく“一時帰国”されたのに」

「いや、何日かはこっちにいますし、その間は“会おうと思えばいつでも会えます”から」


火花がバチバチと飛ぶ。

そんな2人に気付くこともなく、めぐは靴を脱ぐ。


「あ、今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」


めぐが新城に向かって頭を下げた。

楽しかったって、何がだ?


「いや、こちらこそ“楽しかった”よ。またお願いしたいな」

「私ならいつでも」


笑顔で返すめぐ。

勝ち誇った笑みを浮かべる新城。

……むかつく。


「今日は恵がお世話になりました。それじゃ」


俺はこの間がこれ以上続かないように話を切り上げる。

こいつを家に上げる気なんて毛頭ない。

幸いめぐも上がっていけとかとんでもないことは言わなかったし、新城も引き下がった。

ドアが閉まってあいつが出て行くと、めぐはまるで4ヶ月間離れていたことが嘘のようにいつも通り話しかけてきた。

……何なんだ、俺。

いつも通りを望んだのは、4ヶ月前の俺自身じゃなかったのか。

なのに、こうして確かに久しぶりに会っているというのに何も変わらないめぐにイラついている。


めぐは笑っていた。

俺は、あと1週間、どうやってこの笑顔に付き合っていけばいいんだろうか。


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