Restroom 本当のアリサ。
《アリサ像を壊すかもしれない覚悟完了? YES/NO》
◇9/14 誤字修正。
◇10/25 加筆修正。
◇1/11 句読点、表現、誤字脱字修正。
終わりは呆気ないものだった。
姿に惑わされて油断した。幾度となく侵入者を撃退し、この3年間ダンジョンの防衛に成功してきた私があっさりと殺されてしまった。
せめて私の容姿を見て捕縛しようとしてきたら勝てたのに。
せめて即死技じゃなければ勝てたのに。
悔やんでも悔やみきれない、私は私を殺した人物を睨み、憎み、呪った。
こいつのせいであの人がこの世界に来てしまう。
こいつのせいで私の一番大切なものが危険にさらされてしまう。
私を大切にしてくれた。
今まで私の我儘に笑って付き合ってくれた。
ここにくるまで例え学校が離れようとも私が呼べば笑って来てくれたあの人。
あの人はいい兄貴だと自負している様だけど、私にとってはそうではない。
いつもへらへらとしてとても弱そうなのに、いざとなったら汚い手段を使ってでもどうにかしてくれる。汚くも格好いい、そんな人。
私はあの人を兄さんと呼んだけれど、本当は呼び捨てにしたかった。
でもそれももう叶わない。せめてあの人がこの世界に来ても生き残れることを願う。
今まで過ごしてきた人生の走馬灯を見ながら私は私の好んだ闇に閉ざされた。
◇◇◇◇
闇に閉ざされた世界に突然光が満ちていく。
もしかしてこれが世に聞く転生かも知れない。
せめてあの人の傍でまた生まれ変わりたいものだと願いながら、暖かい光に包まれていく。
光に包まれながら私の新しい体が形作られていくのが良くわかる。
全てが作り上げられた時私はなんだか眠くて目をこすりながらあくびをして目を開ける。
前世の記憶があるなんて珍しいのではないでしょうか? しかも赤ちゃんからのスタートじゃないなんて……。そんな馬鹿な考え事をしていられるほど呑気だったというのに、目の前に飛び込んできた人物に心臓の動きを止められるほどの衝撃を与えられた。
「えっ……嘘! 何でノリト兄さんが? ええっ!?」
私が慌てるほどに笑うノリト兄さんのせいで混乱が加速する。身長も大きくなってますます格好よく……って違う。どうしてノリト兄さんがここに居るのか考えなくちゃいけない。
「ノリト兄さんが居るってことは私は死んだって事で、ノリト兄さんに会えるってことは此処は天国? ノリト兄さん死んじゃったんですか?」
慌てて馬鹿な事を言う私にノリト兄さんは優しくこれまでの経緯を話してくれた。といっても話す内容のほとんどが以前の世界でお前の父親が心配しているとかそんな事ばかり。
そんなどうでもいい事はいいからさっさと話を進めてください、と酷い事を言って話を促してしまう。今私がここにいるという事態が私に最も最悪な想像をさせていく。
正直心を病んだ父親とか今はどうでもいい。考えたってどうしようもないのだから、それより今のノリト兄さんの状況の把握が一番大切なのだ。
ノリト兄さんが手紙を読んで一番初めにしたことは、ダンジョンを形作っていった私と違い、まず私を呼び出す事だったという。
ノリト兄さんの事だから兄だからとか考えてどうせ迷いもしなかったのだろう。本当に困った時は直感で動く人だ。こうなっても不思議ではない。
でも私は迷宮の元主、とてもではないが安いPで蘇生隷属化できるとは思えない。
怖い、とても怖い。でも私には聞く責任がある。
「残りのPいくら残ってるの?」
「100」
余りの少なさに思わず手が出てしまった。こういう所は昔から変わっていない自分に嫌気がさしてしまう。どうしても口よりも先に体が行動してしまうのだ。やってしまったものは仕方ない、それに私は今の私の感情を押さえつけることなどできはしないのだ。
「迷宮創造で小さなフロアを作るだけでも最低100Pは必要なのに、一体何を考えているんですか! 私を生き返らせるよりももっと、……生き抜くことを考えてくれた方が私は嬉しかったのにっ!」
怒涛に押し寄せてくる感情の波が私の中で荒れ狂ってぶつかり合ってめちゃめちゃになっている。
私は私の大切な人に生きてほしかった。私は自分から犠牲なろうと考える人間ではないがどうせ死んでしまうなら大切な人には生きてほしいと思う。
それなのにこんな絶望的な状況でノリト兄さんは笑ってこういった。
「悪いとは思うが俺は俺が生きる以上に妹分のお前にもっと生きてほしいんだ」
あまりにもノリト兄さんらしい回答に私は思わず呆けてしまった。そしてだんだんと意味を理解し、体が熱くなっていくのが分かる。
そんな顔が見られたくなくてそっぽを向いて冷静になる様務める。今顔を赤くして慌てていたらノリト兄さんの考えを聞けなくなってしまう。ノリト兄さんの事だからこれから先の事も少なからず考えたはずだ。
「それに経験者のアリサが居ればなんとかなるさ」
と思ったのにこの回答。私は思わずまた手を出しそうになるのを堪えて答える。
「はあ……、私は経験者だけど今はノリト兄さんの隷属下だからLv1に戻ってますし、助言ぐらいしかできませんよ」
驚いた顔をするノリト兄さんに内心苦笑しながらそんな上手い話あるはずないでしょうに、そんなマジですかといった顔は可笑しいのでやめて欲しい。
「言っておきますけどマジですよ? 今腕輪が点滅してるからステータスを開いてみてください。私のステータスもそこに載っているはずなのでそれで確認して下さい」
私がノリト兄さんの心を指摘したことを驚いているのだろう。ノリト兄さんはいざというとき全く顔に表情を出さない癖に普段は顔に出過ぎる。
これで読めない方が不思議なのだがノリト兄さんは未だその事に気付いていない。
そんなことをわざわざ指摘して直されても嫌なので、指摘してないから同じままなのだけれど、それは許してほしいと思う。
ノリト兄さんの開いたステータス画面を覗き込み、ステータス画面に表示されている説明では足りない箇所を補っていく。
ここのダンジョンのシステム不親切極まりない、外から来る侵入者にダンジョンの事を聞こうとしてもだんまりなので、ダンジョン内で自らいろいろ試すしか方法が無いのだ。
その点ノリト兄さんは私がいるので多少は楽だろう。ただノリト兄さんと私の戦闘スタイルは大きく違う、だから私がどこまで力になれるかはわからない。
ただ私は私の持てる情報で、使えそうな、渡してもいいと思われる情報のみを開示していく。
頷きながら一生懸命聞いてくれるノリト兄さんの横顔を見て、久々の再開はアレだったけれど、やっぱり好きな人の傍にいるという事実が、私を少し幸せな気分にしてくれる。けれどそんな気分も、ノリト兄さんが私のステータス画面を開けてしまったせいで霧散する。
私のステータスは人に見せられるたものではない。今まで何をしてきたのか少なからず分かってしまう、それを見せてしまったらノリト兄さんはどういう反応をするでしょうか?
絶対笑うに決まっている。
私は必死にノリト兄さんが詳細を見るのを阻止しようとする。けれど私の主であるノリト兄さんに本気の反抗は出来ない。
私も元は隷属者を持っていたらから良く分かるが、いくらステータスがノリト兄さんよりも高かろうが、そんなのは関係ないのだ。隷属者は主に逆らえない。たとえ意見できたとしても、本当の意味で主を否定することなどまかりならない。
言葉は強気であったとしても、結局隷属者の言葉も行動も主にとって脅威とはなりえない。以前はそれが当たり前だったが、いざこうして自分の身に降りかかる難儀で仕方がない。
そしてそんな私にノリト兄さんがステータスを見ながら哀れみの視線を向けてくる。表情が読めるだけに恥ずかしさも大きく、私は改めて抵抗してみせるが全く意味をなさないのが悔しい。
結局ノリト兄さんに最後まで見られてしまってゲラゲラ笑われてしまった。
いくら兄弟同然で育ったからと言っても、私だって女の子なのだからもう少し配慮があってもいいのではないかと思う。だからきっと殴っても許される。
私はゲラゲラ笑うノリト兄さんに殴り掛かり、ボコボコにしていく。昔のように反応してくれるノリト兄さんを見ているのが何だか嬉しくて、今まで怒っていたというのにいつの間にか許してしまっていたのは悔しい限りだ。
その後は私のステータスについても説明していく。
その中で私は最後に食事の話を持ってきて力説した。空腹は辛い、私は既に経験済みなので良くわかっている。
だからここでノリト兄さんに幻想を見させて一気に心を折ろうと思ったのだ。ノリト兄さんは身内を少しでも害する人になら、平気で傷口に鉄棒を叩きつけるような酷い人間ではあるが、無駄に人間らしい生活にこだわる傾向があるのだ。
それも身内の為だとわかってはいるのだが、こんな場所に来たのだからそれは諦めてほしいと思う。しかも今は100Pしかない絶対絶命の状況である。
私はあらん限りの力を振り絞って食事の重要性を説いた。後で真実が発覚した時ノリト兄さんが絶望してくれることを願って。
◇◇◇◇
私は空腹に耐えながら最低限の知識をノリト兄さんに叩き込み、敵を料理するという比喩を交えてこれからの事を話し合った。
やはりノリト兄さんはこういった悪巧みが得意な事に変わりはなく、例え極限状態にいようとも、たかが100Pで相手を打ちとれる策を編み出して見せた。本当は即死罠が作りたかったのだが、さすがにそれは無理だった。
今まで正々堂々と戦ってきた私にとっては少し酷い罠の様な気もしたが、この際そんなことはどうでもいい。即死罠でサクッと殺せてあげられないのなら、ノリト兄さんの罠が私たちにとって一番いいのだ。
出来れば苦しめずに敵を殺してあげたかったが仕方がない。ノリト兄さんは何か勘違いしている顔を向けていたが、私も空腹でノリト兄さんが何を考えているのかまで察する余裕がない。
それはもちろんノリト兄さんも同じで、空腹感で程よく常識が壊れて来ている。ノリト兄さんにダンジョンを壊す方法を伝授して罠の構成を煮詰めていく。
これは本当に偶然発見した事なのだが、壊す意志を持って迷宮の主が迷宮を攻撃すると壊せるのだ。
別に私が進まない現実に苛立って、破壊衝動に突き動かされるままに、ダンジョンをめちゃくちゃにしようとしたら出来ちゃったわけでは決してない。
私はそんなに粗野ではにので、そんな事は決してない。大事なことは2回言うらしいので、念の為、ノリト兄さんに何度も言い含めておく。
悲しい事に迷宮の主以外はどんなことをしても壊すことなどできないので、私は構成が出来上がった罠の作成初期段階からほぼすることが無い。
仮にExがあったらまだしも手伝えただろうが、ノリト兄さんはそれを望んでいないようにも思える。だから私は私のできる事に集中した。
空腹感で苦しさは感じるけれど何かやっていれば気もまぎれるし、本気で集中してみせたらノリト兄さんが少し引いていた。失礼な人だと思いつつ作業を続けた。
◇◇◇◇
時間はかかったが満足のいく扉を完成させることが出来た。
それから私の出来る事は何もないので、私は空腹に耐える為に悟りを開くことにした。
何を言っているのか分からないけれど、自分の事に鈍感なノリト兄さんと違って、私は空腹を普通の人と同じ様に辛く感じるのだ。周りの皆が良く驚くけど私は大食いではなく、あくまで普通なのだ。
それにしても、どうやってノリト兄さんが平静を保っているのか不思議でたまらない。出来ればその方法をご教授してほしいが、ここは無視するしかない。私の精神衛生上気にしたらどうしてなんだと殴り掛かってしまいそうなのだから、そうするしかないとも言える。
途中で見かねたノリト兄さんが、《光魔術》の[幻]を使ってくれたおかげで私は空腹感を克服することが出来た。
幻に出てくるのはパフェやらジュースやら日本食やらと、ここに来てからというもの全くお目にかかる機会がない食べ物たちで、それが幻だとわかってはいても美味しく頂くことにした。
だって目の前にあるものを食べないなんて食べ物に失礼だ。しかもこんな久々の美味しい食事を目の前にして食べないわけがない。
顔はだらしない事になっているみたいだが、ノリト兄さんならさして問題ないだろう。昔から朝起こしに来てもらった時に寝顔など見られていたのだから、今更気にしたって遅いのだ……。酷いとは自分でも思うけど、我慢できないのだから仕方がない。
幻の中に入っても、ノリト兄さんの問いかけは聞こえてくるので、幻の食事を堪能しつつちゃんと受け答えしながら私の時間は過ぎて行った。
幻から私が目覚めた時空腹が再度襲ってきて、私はノリト兄さんを睨んで私のパフェ! と叫びそうになったが何とか堪えた。ノリト兄さんはそんな私を見て困った妹だなという顔をしていた。
なんだかむかむかするが「おやすみ」の一言で、悔しい事に私は不思議と、幻を見ているよりも満たされ、眠りに落ちることが出来た。
出来ることならパフェとか、雪見大福とか、ケーキとかの夢を見たいな。
◇◇◇◇
何だか久しぶりに聞いた気がするアラームが私の頭の中で響き渡り、強引に覚醒させられる。
起きて身だしなみを整え、ガサゴソと物音のする穴の方へと進んでいくとノリト兄さんの後姿が見えた。どうやら侵入してきた敵が気になって覗き込んでいる様だ。
不思議そうに呟くノリト兄さんの問いに答え、驚いてこちらを振り向くノリト兄さんに満足して心の中でほくそ笑む。もしかしたら今の私はドヤ顔をしているのかもしれない。
それから私が今唯一役立てると言っていい情報をどんどんノリト兄さんへと提供していく。とはいっても以前と似て非なる状況なので出せる情報はきちんと取捨選択して渡している。
一応言っておくべきかな、と思い注意事項を述べた時に嫌な顔をされたが、理由が分からず頭を捻っていると驚いた事に侵入者がレアな戦闘技能を持っていたらしい。
あれは攻撃の技能ではないので発現出来るのだが、なんだか侵入してきた敵はおかしなことばかりを喋っている。
こちらにはもう一つフロアがあるのに把握できないなんて事があるのでしょうか? ノリト兄さんはPを持っていないので恐らく掘ってあのフロアを作ったのだろうけど、もしかしてあれはダンジョンのフロアとして認識されていないのでしょうか?
ノリト兄さんを見た時どうやら自分と同じ結論に達したことが見て取れた。ノリト兄さんはたまにおかしなことを考えるので、あの声の主には脳みそがないんだという結論に行き着くかも、という心配は杞憂に終わった。
そんな声の主は相も変わらず気持ち悪い口調で喋っているので、少し気になり覗き込むとそこには虫族が居た。
虫族の人型はそれなりに強かった覚えがある。私の評価では中の下、それも下級の虫たちを従がえていた物の評価ではありますが、あれは軍隊としてきちんと訓練された虫共だったと記憶している。
今回はどうなのだろうかと思いながら記憶にあった虫族の説明をする。ついでに尋問して問いただした内容も思い出したので一緒に話しておいた。
国からの報酬が何故あるのは分からないが、それ以上誰も分からなかったのでこればっかりは仕方がない。
でも不思議なのは私のダンジョンに最初に訪れた侵入者はもっと弱そうだったという事だろうか。
やはり少し私のダンジョンとは違うのかもしれないと思い、これから渡す情報をさらに絞ることにする。
そんな中ノリト兄さんが無駄に意気込んでいる様子を見せたので、念の為特攻しないように釘を刺しておく。やはりたまに馬鹿になるところは変わっていないみたいだ。
昔も私がノリト兄さんが自慢できる妹になろうと躍起になって、ストーカーにつきまわされたことがあったが、その時は初めての敵との遭遇ということもあり無謀にも6人の相手に1人殴りこんでいった。
あれは私のファンクラブなるものだったらしく、ノリト兄さんの苦労は徒労であったが、戦う姿はとても格好良かったのを今でも覚えている。
俺達のアリサちゃんに付きまとうんじゃねえ、とファンクラブの人にボコボコにされて真相を知ってから慎重になってしまったけど、たまに無謀でお馬鹿なことをしてしまうのはノリト兄さんらしいといえる。
今回は幸いにも相手が罠に掛かってくれるようなので、こちらも準備を整えた方がいいでしょうと加勢の提案をしてその場を移動する。
何か訴えているようだったがあの罠であれば少し強かろうが大して問題にはならないはずだ。
あれほどの罠だからもう少し自信を持ってほしいのだけれど、凄い罠を作っている自覚のないノリト兄さんにとっては無理な話かもしれない。
◇◇◇◇
狩場(落とし穴)についたと思ったら、虫のリーダーの様な人は粘着液をある程度防いでいるのが目に入り少し驚いた。やはりこの人は強いのだろう、伊達にトノサマバッタやっていない。
しかしノリト兄さんはこういう事態も想定してたのだろうか? 相変わらず私とは頭のつくりが違うと感心しつつ、下種な視線を向けてくるその虫族に嫌悪感を抱く。
といっても私も馬鹿なわけじゃない。学校の成績は上から数えたほうが早かったし、お淑やかさを何時も気にしていたおかげで、周りからは相当な才女だと思われていたほどだ。
別にノリト兄さんに勉強を教わってやっとキープできてたとかそういうことではなく、私の力なのでそこら辺間違わない学校の人は優秀といえる。
とりあえず虫族とノリト兄さんが話しているので邪魔してはいけない、と自制をして待っていたのだが、突然ノリト兄さんが虫族を殴った。
少なからずダメージが通っている様なので驚いていると、ノリト兄さんがこちらに振り向いてきて当たり前のように視線でこれぐらい普通だろ? と同意を求めてきた。
何も聞いていない私は驚いている事しか出来なかったが、次の虫族の発言を聞いてその先を予測し、闇球をぶち込んだ。
今絶対セクハラしようとしていた、こんなことをするのは学校の先生だけにしてほしい。あの時もノリト兄さんが嵌めて事なきを得たがあんな経験は二度とごめんである。
虫族は魔法耐性が強くないはずなのでとにかく魔力の続く限りぶち込んでいく。不愉快極まりないそれに私は全力で殺しにかかる。けれど今はレベルが低いのでダメージを与えるペースも遅い、全盛期の力があったらと思わずにはいられない。
ノリト兄さんも黙ってて見てくれたのでもう聞きたい事はあまりないのだろう、と勝手に判断して休憩を挟みつつ連打し、殺した。じわじわと殺せた分反省してくれているといいけれど。
やっと殺し終わってノリト兄さんを見るとステータスを覗いており、私は未だに抑える事の出来ない怒りを抱えたまま、自分のステータスを確認しようとノリト兄さんに迫った。
慌てて私のステータスを見せてきたが、それを見て思わず私は絶句した。なんて恥ずかしい称号だろうか。これは死んで無くなった称号と並ぶとも劣らない物だ。
なぜこうなったのかを考え、それもこれも私に情報を聞かないで、虫相手に殺さずのんびり質問していたノリト兄さんが全て悪いと決めつけて闇球をぶつける。
相変わらずのリアクションにまたもや気分が落ち着いてしまい、悔しい思いをしながらもいったん矛を収める。
私は虫族が来たことでやる事を思い出し、ノリト兄さんがステータス画面をいじり終わった時を見計らい、虫族に齧り付く。正直私も気持ちがいいわけではないが、食べないよりもましなのだ。
これでノリト兄さんに現実を知ってもらえればと期待したのだが、何故か逆に食べなくなってしまった。
方法を誤ったと後悔しつつ、戻らない時間に嘆いて私は1人虫族を魔族の皆と一緒に食べ続けた。やけ食いである。
◇◇◇◇
それから畑を作ると言い放ったノリト兄さんと喧嘩し、そこまで怒るつもりじゃなかった私は何だか気まずくて、ずっと狩場に籠って召喚した骨犬やゾンビと一緒に敵を殺しまくった。
ゾンビは腐っているくせに腐臭のしない良いゾンビだ。清潔なのだろうとは思うのだが、相手の返り血を浴びて臭くなるのでどの道一緒だが、私はそれなりにこのゾンビが気に入っている。
進化すれば結構まともになるのだから育て甲斐もあるというものだ。進化することを思えばこの娯楽が少ない世界でも何とか戦っていける。
そう言う事を考え、モチベーションを維持してどれぐらい狩り続けただろうか、奥の方でずっと何かをやっていたと思ったノリト兄さんが、トランクス一丁で出てきて畑を作ったと言ってきた。
ノリト兄さんはあれほどダメだと言った畑を作り上げ、尚且つトランクス一丁で出てきて、私を乙女とも認識していない思考回路をさらけ出して私を怒らせた。
闇球を何回も当て、最後には殺した虫族を顔に押し付けた。もしこれで虫族を食べることが出来れば、これ以上無駄にPを消費する事も無くなるだろうという考えもあったのだが、逆効果でしかなかった。
やっぱりお淑やかにしないといけないかもしれない。でもノリト兄さんの前では猫かぶりたくないし、でも粗野な母が苦手だったノリト兄さんからしてみればやっぱり私って駄目なのかな……?
◇◇◇◇
どれぐらい敵を狩ったか分からないが、時折狩場を拡大するぐらいしかやりに来なかったノリト兄さんが久々に戦闘に参加することになった。
だというのに、こんな時に限って殺しにくい相手が来たことに私は思わずうめいてしまった。ノリト兄さんは既に何かが分かった様で、楽しげに虫族の幼女を見た後、他の虫族を尋問し始めた。
私が知りえなかった情報を得て、尋問が終わりを告げて幼女以外のすべての虫族が殺される。ノリト兄さんのあまりの非道っぷりには3年の経験がある私も頭が下がる思いだ、けれどノリト兄さんが一度相手を気に入ってしまえば激甘になる事も知っている。
そして今もまさに幼女に話しかけて甘い顔をしていた。ここで悪い病気が出て、頭が痛くなる思いがする。
私はダンジョンの恐ろしさを知っている。相手の外見に惑わされればどうなるか知っている。だから私は迷わず幼女に闇球を放った。
ノリト兄さんが蘇生隷属化をかける事も予測できたが、私はそうする事しか出来なかった。結果ノリト兄さんはより多くのPを消費してノイリを仲間にしてしまった。
後でノイリに謝れと言われ、少しふてぶてしくも謝ったのだが、まだ幼いノイリには何で謝ったのか理解できず、笑顔を向けて優しい言葉をかけられた。
思わず泣きそうになってしまい、ノリト兄さんの人を見る目の良さを思い出して後悔し、改めて謝り倒した。
その後ノイリにばかり優しくするノリト兄さんを昔母親から教えてもらった男を逃さない方法。つまり一度刺して恨み言を言えという言葉を実行してみたのだが、予想以上に効果は薄かった。やはり母の言うことは当てにならない。
ところがその後私をきちんと見ていてくれた事を教えてくれた。あまりの恥ずかしで闇球をぶつけてしまったが、ノリト兄さんはいつもの反応で誤魔化してくれた。
私がそれに乗っかり、ノリト兄さんに反省を促して幕を閉じた。気まずい雰囲気が治まって私もやっと一息つけた。
ノイリが何をしていたのか聞いてきたので、慌てる様子のないノリト兄さんに仕返しとばかりにノイリにあることない事吹き込んでいったのだが、天使みたいなノイリには通用しなかった。
遊ぼ! というノイリの言葉を聞いて惹かれたが、私にはまだ作業があると死体を片付けていく。こういった事は慣れたもので何処を切れば剥げるか、という経験が体に染み付いているのでさほど時間はかからない。
途中でノリト兄さんから花を渡されて首を傾げる。何故ここに花があるんだろうかと疑問に思ったが、そこへアリサが何故か元気づけに来てくれたので、何の事かはわからないが素直に受け取っておいた。
死体を片した後ゆっくりしていると、ノリト兄さんに呼ばれて新たにできた死体置き場に足を運んで驚いた。
まず死体がないのは驚嘆に値するのだが、目の前にノイリの少し成長したような少女が花の上に居たのだ。
「あれ? 私もう一人妹が出来てしまいました」
と思わず呟くほど混乱してしまい、少し動きを止めていた。
やっと思考が回復してマゼンダと呼ばれる少女に近づいたのだが、何故か怖がられてしまって酷く悲しくなった。
私はノイリからマゼンダの事を聞き、虫族を食べると言うので狩って食べさせれば仲良くなれるだろうかと頑張る事にした。
ノイリみたいに素直な子なら怖がられるのは正直堪える。なんとしても好感度をあげなければならない。
◇◇◇◇
あれから私は頑張って虫族をマゼンダへと運び、少しずつ餌付けして仲良くなっていった。お腹が減るのも構わずに続けられたのは、ひとえにノイリの応援とマゼンダの可愛さゆえだろう。
おかげで愛情表現で噛んでくれるようにまでなった時は、嬉しさのあまり踊りそうになってしまった。
それからは狩りもそこそこに、ダンジョン作成の作業に没頭しているノリト兄さんの代わりにマゼンダやノイリと遊んだ。
いつの間にかノリト兄さんが見えなくなっていたので、ノイリと探してみれば、いつの間にかプールを作っていて皆で遊ぶことが出来た。
何故か最初降りることが出来ず、ノリト兄さんがニヤニヤしている姿を見る羽目になったのだが、それは些細な事だろう。
何せ遊び終わって自分の服がぴったり体に張り付いてる事を知り、まだ遊ぶというノイリを残して遊び終わった程だから、これ以上に恥ずかしい事なんて考えていられない。いや、考えたくもない。
本当はまだノイリと遊びたかったのだが、こればっかりは仕方ない。今度服を来た何かが来たら剥ぎ取ってそれらしいのを作ればいいのだろう。
ノイリが遊び終わって完全な人間型になったマゼンダとやって来た時には驚いたが、いつも以上に色々な遊びが出来て楽しかった。
途中でマゼンダの花に魔族が集まってきたのだが、何だか気持ちが良さそうなので放っておいた。
私はノリト兄さんが新しい罠を試すと言うので寝る事にした。
久々の睡眠は気持ちが良く、虫族の傭兵団を潰した後の事を考えながら私はゆっくりと眠りに落ちて行った。
こんなに楽しいダンジョン生活がもっと続いてほしいとそう願いながら。
アリサ「ノリト兄さんって私のことどう思ってますか……?」
ノリト「ん? 小さいころから相変わらず可愛らしいと思ってるよ」
アリサ「そうですか……」
ノリト「どうかしたのか?」
アリサ「鈍感な人なんて知りません! 黙っていてください」
ノリト「そんな!?」
ノイリ「皆遊ぼー!」
アリサ「ノリト兄さんは放っておいて一緒に遊びましょうねー」
ノリト「そんなーーーーーー!!!」
※正直この話を入れたことによる反応が怖いです。