Room005 お茶目なアリサとお花のマゼンダ。
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◇1/7 句読点修正。
イッタイナニガオコッタンダ……と呟き、ノイリの出した赤い花を思わず凝視してしまう。
相変わらずニコニコとした表情で、赤い花を差し出してくるノイリからソレを受け取り、改めて注視する。いたって普通の花だ。花の中央にギザギザした牙が付いていて穂のかに甘い匂いが漂う、至って普通の……異世界の花だ。
うん、今ガブッと手を噛まれたな。
「ノイリと一緒! ノリトお兄ちゃんの事が好きみたい!」
ソウデスカ……この噛み付きは信頼の表れ、絶対に食人植物の捕食行動ではないという事ですか。ノイリがそういうのならきっとそうなのだろう、何せ今まで持っていたのはノイリだ、きっと無害に違いない。
例え今手をガブガブと噛み付かれたままでもそれだけ俺のことが好きだという事だ。だから気にしてはいけない、ダメージが入って無いことから推察するに甘噛みなのだ、部下扱いになってるからダメージを受けないわけではないんだ、きっと。
「この子ね、ノイリが森で拾って育てたんだよ!」
エッヘンと胸を張るノイリに混乱する思考を一時的に捨て、とりあえず自分の着ていたYシャツを羽織らせる。
「ノイリは凄いんだなー、お兄ちゃん嬉しくなったからそれあげちゃうぞ」
「えへへー」
照れてもじもじし始めるノイリを見て満足していると後ろから衝撃を受けた。振り向かなくても分かる。そして分かってしまったから振り向きたくない。
「ノリト兄さんは私がアドバイスしてあげた時、そんなに優しくしてくれませんでした」
地獄の底から這い出てきたような恐ろしい声が後ろから聞こえてくる。
「ノリト兄さんは私が敵と戦っても褒めてくれませんでした」
背中に何度も何度も衝撃が走る。
「ノリト兄さんは私が虫の死骸をあげても喜んでくれませんでした」
流石にそれは無理だとツッコミたいがぐっと我慢をして黙る。背中にアリサの気配が迫りドスッドスッと何かを突き刺す。
恐る恐る振り向くと、敵から剥ぎ取ってアリサが装備していた短剣を使い、一生懸命に俺を刺していた。ダメージは食らわないけど怖すぎるよアリサ。
「もういい歳だと思って遠慮してたんだ……、ごめんなアリサ」
背中に短剣が突き刺さったままだけど振り返って笑顔を見せる。仲間の攻撃なら何をしてもくらわない、ある意味無敵である俺には蚊に刺されたようにすら感じないのでこんなお茶目も許せてしまう。
頭を撫でてご機嫌を取るものの、全く治らないアリサを前に困ってしまう。いつもなら闇球を何回かぶつけた後、手近にあるものを使い、襲ってそれで満足するというのに何が足りないのだろうか?
未だに短剣を持たない手でぽかぽか殴ってくるアリサを見て思い出す。そういえば今回はリアクションを取るのを忘れていたと。
「アリサ、痛いっ、痛いって!」
三文芝居ではあるけれど、これで満足してくれるのでやる事には全くためらいはない。幼い頃から“おままごと”で浮気した現場を目撃されて日頃刺されていた俺である。
アリサが満足する芝居は心得ているのだ。
「もう、反省してくれましたか?」
「ああ、本当に悪かった。アリサは良く働いてくれてるしいつも感謝してるさ」
「人間ちゃんと口に出さないと伝わらないんですから、これからは気をつけて下さいね」
「わかったよ」
途端に上機嫌になっていくアリサを見てまだまだ幼いなと心の中で笑う。ただ昔は玩具の包丁でしかこんな真似しなかったのに、なかなか物騒になっていて吃驚してしまった。
やっぱり3年分成長しているんだな、としみじみ思いながらノイリは絶対こんなふうにはしないと誓いを立てる。
「アリサお姉ちゃんは何してあげてたの?」
「それはね、ノリトお兄さんが嬉しがることをしてあげたんですよ」
もしかして俺のオーバーリアクションを嬉しがっていると勘違いしているとか? まさかね。
「嘘は言ったらだめだぞアリサ。危ないから敵にしか短剣は突き刺しちゃダメなんだぞ?」
「ノリト兄さんは女の敵なので大丈夫という事ですね」
「ノイリ危ない事はしないよ!」
腕を懸命に上げて背中の羽を意味も無く羽ばたかせるノイリに笑みを浮かべてしまう。なんて賢い子なんだろう、これなら心配しなくてもいいかもしれない。
「ノリト兄さんは刺さないと危なくなるんですよ」
「どういう意味だそれは」
アリサにノイリを任せたらある事ない事吹き込みそうで怖すぎる。やっぱりさっきのは訂正、心配過ぎる。
「ノリトお兄ちゃんもアリサお姉ちゃんも喧嘩したら駄目だよ!」
「「喧嘩してない(です)よ」」
「なら遊ぼ!」
無駄に考えても無邪気な子供には何も通じないらしい。というよりここに居る2人よりも、ノイリの方が大人なだと思えるのはきっと気のせいだろう。
それにしても先ほど貰った未だに俺の手を噛んで離さない赤い花はどうしたものだろうか?
「ノイリ、その前に聞きたいんだがこの花に日頃何あげてたんだ?」
「んーとね。草に隠れてた小っちゃい虫とか!」
なんて子なんだ! 普通に想像できてしまうが同族かどうか分からないそれを、この得体の知れない花に食わせても良いのか!?
「マゼンダ可愛いんだよ! もぐもぐするの!」
もうなんでもいいや、ノイリが一番かわいいよ。けれどそのマゼンダってまさかこの花の名前だろうか? 確かにマゼンダって花に似ている気もするが圧倒的に違う、これはノイリが付けた名前なのか、それとも元々そうなのか悩むところだ。
「マゼンダってこの花の名前?」
「そうだよ! ノイリが付けたの!」
「可愛い名前が付けられるノイリは偉いなー!」
「えへへー、ノイリ偉い?」
「偉い! ノイリは偉いぞーー!」
「にへへー」
こんな花に可愛い名前を付ける天使の心を持った幼女が他に存在するだろうか? 答えは否だ!
褒められることに慣れて無く、擽ったそうに頬を染めてもじもじしだす幼女を他に見たことがあるだろうか? 答えは否だ!
こんな純真無垢な絶滅寸前の子が他に居るはずがない! 俺は少なくとも見たことが無い!
だからこの人の手を齧り付いて離さない花が可愛いというセンスも許せてしまう。
「マゼンダは気に行ったら人を噛むのか?」
「マゼンダは好きな物は噛むんだよ。虫も噛むの!」
ふーむ。俺は虫と同等かそれ以上の好感度があるという訳だな……ん?
「ノイリは噛まれないのか?」
「ノイリはねー、舐められるから親友なの!」
舌が何処に収納されているのか見た目からじゃわからんが、舐められるというからには確かに仲がいいと言えるかもしれない。判断基準が良くわからんし、半ば味見されているだけの様な気もするがあえて問うまい。
ただ検証は必要だと思うんだ。
「アリサ」
「なんです?」
虫族の運搬する指揮を執っていたアリサを呼び出してマゼンダを手の上においてみる。
「これって何?」
もしかしたらアリサがマゼンダの事を知っているかもしれないし、何も噛ませるためだけに渡したわけじゃないと言い訳をさせてほしい。
「知りません」
「そっか……」
マゼンダは無反応だった。齧りつかないし舐めもしないしただ黙って凛と咲いていた。つまりはどういう事だろうか?
「アリサお姉ちゃん元気出して、ノイリはアリサお姉ちゃん好きだよ!」
アリサは良くわかっていないようだが、ノイリの好き発言がクリティカルヒットしたらしく、物理攻撃を受けたかのようにふらふらしている。
それにしても噛まれないとやはり嫌われているという事なのだろうか? マゼンダが虫を食べる食虫植物だとしたら虫を噛むのは分かるし、ノイリを舐めるのも分かる。
でも何故俺まで噛むのか分からん、そして何故アリサは噛まれない。
もうこれはノイリの言い分が正しいとしか認めるしかなさそうだ。いや、疑う俺が悪かったんだ、全面的にノイリは正しかった。
さて、頭の運動も終わった事だしそろそろノイリから貰ったマゼンダを植えに行こうと思う。
もちろんノイリは連れて行かない。隠し部屋でアリサと遊んでいてもらう事にして俺は早々と死体置き場へと向かった。
死体置き場の比較的きれいな場所にマゼンダを植える。するとご機嫌になったのかゆらゆら揺れ始めるマゼンダ。
この好機を逃すまいとすかさずお願いをしてみる。
「マゼンダさんお願いだからこの虫食べてくれませんか」
マゼンダは少し頷いた様に揺れると近づけた虫族の死骸をもぐもぐと食べ始める。
食べる時花弁が閉じて口の様になっている為、ノイリの言う通り少し可愛らしい、というより微笑ましい感じがする。
そんなマゼンダに腐ってる虫族を渡すなんて事は俺にはできない。いつもと同じように植えた後、残りの死体を解体していく。今回は解体した傍からマゼンダがパクパク食べていくので大変やりがいがある。
そして恐ろしい事に食べるごとに成長していくマゼンダ。
このまま食べさせ続けても大丈夫なのだろうかと少し疑問にも思ったが死体を処理してくれてるのだから何も考えない事にする。
何より安心材料もちゃんから考えても仕方がない。さきほどちらっとステータス画面を見た時マゼンダの名前も載っていたし、多分隷属下に入っている。もしかしたら元々ノイリの隷属下にいたのかもしれない。
まだちゃんとは見ていないが後できちんと見るべきだろう。
◇◇◇◇
虫族の解体をずっと続けていき、今まで貯め込んだ分を何とか消費し終えた。
手のひらサイズだったマゼンダは既に俺の2倍の大きさに膨れ上がっている。花をゆらゆらさせているあたり恐らく喜んでいるのだろう。
「ありがとうマゼンダさん」
花だろうが関係ない。悩みを解決してくれたのだから礼はきちんと言うべきだろうと考え頭を下げる。
ぴちゃっと頭に生暖かく、冷たい何かが辺り思わず頭の中で首を傾げる。一体何が当たったのだろうかと顔を上げると目の前に居た者に頬を舐められた。
何に? もちろんマゼンダさんに?
何故に疑問形なのか、それは目の前にいるマゼンダさんがマゼンダさんではないからだ。
何を言っているのか自分でもよくわからないが目の前にある光景はまさにそれだ。
マゼンダさんの口から生えた人型の少女、姿はノイリととても似通っている。
なるほどノイリが可愛いという訳である。でも何故こんなことになっているのだろうか?
疑問は尽きないが新たな衝撃が俺を襲ってくる。
マゼンダさんが手をこちらに向けたかと思うと手からリンゴのようなものが生えて来たのだ。
そういえばマゼンダさん成長しすぎてもう幹は木の様にも見えますね。それならリンゴっぽいものを出せても不思議じゃありません。
俺は思考を止めてとりあえずマゼンダさんからリンゴっぽいものを貰って食べてみる。
その瞬間俺は味覚が壊れてしまったのだろうかと自分を疑った。
甘いはちみつに漬けたかのような甘い味わいのリンゴ。あまりの美味しさに全てを食べつくしてしまい、後悔する。
もっと味わっておけばよかったと。
そんな姿がおかしかったのかマゼンダさん(?)は微笑ながらこちらを見ていた。よければもう一つ下さいとは口が裂けても言えない。
あれはきっとマゼンダさんが敵を捕食する為に使うものだ。恐らくマゼンダさんの一部と言ってもいいはずだ。
今回虫族を大量に捕食させてあげた事でくれたのだろう。今度くれたらノイリに渡さねば、というかマゼンダとノイリを引き合わせたら喜んでくれるだろうか?
ここまでの幸運を運んできてくれたノイリには何かお返しをあげたいものだ。
子供だから一緒に遊んであげれば喜んでくれるだろうか?
とりあえず考えを纏める為にマゼンダさんと別れてノイリを呼びにフロアを出て行った。
◇◇◇◇
「ぅわー!」
ノイリがマゼンダを見て驚きの声を上げる。あたりに散らばっていた緑の血液はどうやらマゼンダさんがどうにかしてくれてたらしい。
なんて気が利くマゼンダさん。
「マゼンダおっきい!」
かなり喜びノイリに微笑むマゼンダ、姉妹のようにも見えるが明らかに種族が違う。何故こうなったのかは分からないが微笑ましい限りである。
「あれ? 私もう一人妹が出来てしまいました」
アリサは混乱の極致なのか意味の分からない事を口にして固まっている。
その後なんとか復活を果たしたアリサだったが、マゼンダさんは何故かアリサがあまり好きではないらしく、アリサが近づくと花の中に隠れてしまった。
悲しいの俺に八つ当たりの攻撃を仕掛けてくるアリサを宥めて、虫族を殺して一緒にあげようと提案する。
今は仲が悪くても仲良くなれるはずだきっと。
頷いたアリサは待ちきれないのか狩場に向かって戦闘準備を整え始めた。
俺はそれを見送った後にノイリとマゼンダと一緒に遊んだのは言うまでもないだろう。
アリサ「マゼンダって何なの?」
ノリト「わからん」
ノイリ「ノイリの親友だよ!」
アリサ・ノリト「「それだ!」」
ノリト「いや待て、ここは姉妹と言った方がいいんじゃないか?」
ノイリ「姉妹って何?」
アリサ「親友よりも大事な人って事」
ノイリ「じゃあ姉妹!」
アリサ「……」
アリサ「お持ち帰りしていいですか?」
ノリト「帰る手段ねえよ」