Room026 追い詰められた者達。
狩場へと落っこちてきた犬さん一同の前へと降り立つ。念のため爪先立ちを維持し、地面に足を突っ込みながら単独で前に出る。
もしかしたらこれが罠だという可能性もある。何せこんな数の子供を引き連れてくるなんて許されるはずがない。というか明らかにおかしい。
いやでも、迷宮攻略の為なら許される可能性も無きにしも非ずといえようか、何はともあれ油断できる状況ではないのは確かだ。
かなりの便利スキルと思われる《開放》を使用し、難なく粘着沼を進んでくる。
よく見てみると犬さんとアクネラにとどまらず、全ての子供が荷物を背負っている。まさか注文したもの全て持ってこようとしたのだろうか? まさかね、などと思いつつ、そのまま犬さんが近寄ってくるのを待つ。
もちろん顔には不気味な笑みを維持したままである。
「約束のものを持ってきた」
言うが早いか、自分の分の荷物を投げてよこしてきた。
本当なら本人に確認させようと思っていたのだけれど、投げて渡されてしまったので仕方がない。流石に爆弾はないとは思っているけれど、足を地面に刺したままの状態で中身を確認する。
これで爆発してショック死なんて洒落にならないなと思いつつ、中身をあさり続ける。
犬さんの荷物を調べた結果、出てきたのがこれである。
ナイフ
何かの種が数種類
大人用の服
本
宝石
とりあえず犬さんの荷物は問題ないようなので、そのまま後ろに控えさせていたアリサにもって行かせ、他の荷物の確認も始める。
子供用の服
玩具と思わしきもの
着飾るための装飾品
魚の干物、魚の生の死体
マンガ肉
色々気になる荷物だけれど、やはりメモに記した全てのものを持ってきてはいない。なのでとりあえず笑みを深くして、意味ありげな視線を向けてみることにした。
「あんたのメモに書かれてた物はいくつか持ってこられなかったんだ。意味のわからないものもあって、だけどここまで揃えたんだ! ホルンは返しておくれよ!」
「アクネラ!」
取り乱しながら懇願し、叫びを上げるアクネラを犬さんが注意する。
思っていたよりも冷静な犬さんを目にして、冷や汗をかきつつ笑みを崩さずに口を開く。
「約束は絶対です。アレを完遂しない限り貴方の仲間は渡しません。出来ないのならこちらで引き取りましょう、色々試したいこともありますし」
かなり嬉しそうに喋っているつもりだけれど、思ったよりも犬さんは動揺してくれない。
逆にアクネラは動揺しまくりで、犬さんの服を掴んでぶるぶると震えているのだけれど、一体犬さんは何を考えているのやら。
まさか援軍がくるのだろうか?
いや、犬さんたちが入ってきている時点でそれは難しいだろう。
なら何が考えられるのか? まさかこちらの状況を正確に把握したのだろうか?
どうやって?
いや、冷静になって考えればわからないこともないだろう。依頼主ときちんと話せばわからないはずもない。
疑心暗鬼と怒りで冷静な交渉は出来ないと思っていたけれど、過小評価していたのだろうか。だとしたらとんだ失態だ。
演技でだませたと思っていたのが、逆にだまされていたのだから。
つまりは賭けに負けたという事なのだから、どうしようもない。
いや、だとしたら何で馬鹿正直に色々持ってきたのかわからない。
捕虜の為か? だとしたら即効でこちらを殺しに来たほうがいいと思うのだけれど……。
まさかこの子供たちが暗殺者? ありえない話ではないと思うけれど、みすぼらしい格好だし、武器も持っているようには見えないし、どうなのだろうか。
一流の暗殺者がどういうものかはわからないけれど、隠し武器ぐらいは持っていそうなものだ。油断した所を暗殺、実にありえる話ではあると思うけれど。
「待ってくれ」
嫌に覚悟の篭った目を向けてくる。
「ここまでしたんだ、ホルンと話させてくれてもいいんじゃないか?」
ふむ、もしかしたら犬さんは既にホルンが死んでしまったと思っているのだろうか? だからこんな覚悟の篭った目を向けてくるのだろうか?
ならホルンを見せれば引っ込むか? いや、それを見たら全員で襲い掛かってこないとも限らない。
でもここまでしてくれたのだから、報いなくてはこれからの勧誘に支障ができるかもしれない。となると姿ぐらいは見せてあげようか。
《投影》で見せるのもいいか、いや、手の内を見せるのはまずいだろう。だとすればやっぱりここまでつれてきてもらうしかない。
「アリサ、ホルン連れて来て」
「わかりました」
律儀に礼して去っていくアリサに心の中で苦笑しつつ、そのままホルンの到着を待つ。
暫くして少し痩せてきたホルンが寝起きなのか、目を擦りながらふらふらとしながらも、アリサに連れられてやってきた。
「ホルン!」
アクネラが叫びを上げるが、ホルンの口は防がれており、ふもふもとしか喋れない。
顔合わせはすんだのでさっさとアリサにホルンを連れて行かせる。ついでに捉えておいた捕虜2人をつれてくるように指示して、改めて犬さんたちと対峙する。
「まだ元気だっただろう? きちんとメモのものを持って来たら返してやる」
「何言ってるの! ここまでしたのよ!? 返して! ホルンを返して!」
また喚きはじめるアクネラを無視して、犬さんに視線を合わせる。
やはり犬さんは冷静さを失っておらず、先程よりも覚悟を決めたかの様な、何処か凄みを感じる表情をしてこちらを見ている。
アクネラの異常な取り乱しようは想定の範囲内ではあるけれど、もしかしたら『ここまでした』と言わしめる何かをしたのか?
「アクネラ」
静かに呟いた犬さんの言葉でアクネラはまた黙り込む。それを見た犬さんはゆっくりと口を開く。
「申し訳ないがメモのものはこれ以上持ってこられない」
犬さんがそう言うのと同時にアリサが捕虜2人を連れてきた。
2人の口には何もしていないため、煩く喚いている。
「許してくれ!」
「俺たちが悪かった!」
そう指示したこととはいえ、必死すぎる2人を見て、流石に犬さんも顔をしかめる。
「こいつらが何をしたか教えようか?」
黙っている犬さん達を置き去りにし、そのまま喋り続ける。
「簡単に言えばバラそうとしたら俺の仲間だったという話だ」
クックックと暗く笑いながら、実に楽しそうに2人の捕虜に笑顔を向ける。
「俺が楽しめないからバラすなよと、お前達と同じように注意したんだけどな。本当に残念だったよ、こいつらのせいで仲間は生きながら解剖さてしまったんだから」
まるでその時の事を思い出しているかのように空中へと視線を滑らせ、手で解剖の様子を実演する。
「まあおかげで新しい発見もいくつかあったし、それはもう有意義だった。だからこいつらは生き残らせようかと思ってね」
捕虜2人が喜びの声を上げる。
2人を脅した際に言った。裏切ったかのような演技をしろ、俺に助けを請えば助けてやってもいいという言葉を、疑いながらも縋っていたのだろう。実に分かり易い反応だった。
だから俺は喜んでいる2人の後ろにいるアリサに指示を出す。
スパッという心地よい音と共に2つの首が飛んでいく。
それを見てから犬さんたちに振り返る。
「でも裏切りは裏切りだ」
流石に顔を青ざめさせている犬さんを見て満足する。これで迂闊なことは出来ないはずだと、これまで想定してきた通りの展開だと、そう思った。
「俺たちは……もう外には出られない」
だから青ざめながらも犬さんが発したその言葉を、半ば信じることが出来なかった。
「始めは俺たちも必死に物資を集めようとした。だが俺たち2人しかいない状態での収入なんてたかが知れてた。
それにメモを見返すたびに、俺たちを解放する気がないんだと、そう思えた。
意味のわからない要求があるんだ、そう思って当たり前のはずだ。
だから……、だから俺は賭けに出ることにした。嫌がるアラクネを説得して、エルフの村を襲撃した」
何故? それが俺の頭の中に浮かんだ言葉だった。そして次には追い詰めすぎたんだと気づいた。
孤児院から引き取るのではないかと思っていた。ある程度ならどうにかできるのではないかと踏んでいた。
けれど彼らはそれを無視して手っ取り早く様々な物資が手に入る、襲撃という選択をした。
いや、無視という表現は可笑しい。彼らの言葉を聞いていれば自ずと襲撃を選んだ理由がわかる。
孤児院は全て国が運営していて、手を出せば即刻罪に問われ、冒険者家業を続けることが出来ない。浮浪者もいないこともないが、子供はほとんど死んでいるか、もしくは2人では捕まえることが出来ないほどすばしっこい。
そこで子供を確保するのを諦めていてくれればよかったのだろうが、2人は厄介なことから先に片付けることを選んだのだ。とどのつまり、冷静ではなかったのだ。
追い込みすぎた結果、考えが安易な方へと向かった。
国に必要とされながらも、国に忌み嫌われる者達。
その中でいないものとされ好き勝手にされている子供達。
彼らはコレを狙った。
もちろんエルフの警備兵もいた。けれど彼らはろくに狩りをしたことがない、ろくに戦ったことがない。物資を恵まれるだけのエルフの里の一般市民とさしてかわりがない。
いわば仮初の警備兵でしかなかった。
それでも誰も手を出さないのは、手を出せば必ず全て国から追われ、殺されるとわかっているからだ。
犯罪者も一般人も全ての国に目をつけて欲しいとは思わない。
けれど目をつけられるには、エルフが被害を申告してもそれ相応の時間がかかる。とはいえ時間がかかっても全ての国から追われ逃げる場所などないのだから、それこそ時間など関係ないという話だ。
それでも国の孤児院を襲ってすぐに迷宮に入れなくなるのに比べて、エルフの里を襲撃するのであれば、迷宮に逃げ込めるだけの時間が稼げる。
だからといってその選択をするのは馬鹿だけだと言えよう。けれど彼らはやってしまった。それだけ焦っていたと言ってもいいかもしれない。
でもそれをやって助かるだけの自信が、考えがあったとも言える。
とはいえそれは冷静に考えてみれば、かなり分の悪い賭けだとわかりそうなものなのだけれど、焦ったまま考えをまとめた彼らにはわからなかったのだろう。
「俺達は使える。そいつらみたいに裏切ったりはしていないはずだ! だから仲間にしてくれ。元々俺たちを手放すつもりはなかったんだろ?
元々俺たちにはコレだけの物資を買う為の財はない。だがこれだけもってきてみせたんだ」
そういう評価は自分で言う事ではないし、エルフが何をしてくるかわかったものではないのだから、馬鹿かお前といいたい。でも彼らの視野をここまで狭め、馬鹿をやらかすように仕向けてしまったのは俺だと理解はしている。
最初に出会った頃、彼らは優秀で、冷静だった。
それがこうなってしまったのは、俺が俺に力があると、何があっても対処できるという偽りの余裕を示しすぎたせいだ。なら責任は俺にあるのだろう。
何せ彼は仮面を被った俺を、疑いながらも信じてしまったのだから。
今こうして自分の愚かさを悟りながらも、顔を青くしながら話しているのも、俺ならこれから起こる戦いに備え、使える自分達を殺さないと疑いながらも信じているからだ。
こうなってしまうと今までの俺の苦労が報われないというか、完全に無駄だったというか、寧ろ逆効果だったというか。
何にせよ、やりすぎは良くないという事だろう。
しかしまあ、これ客観的に見たら中二病で悦に入っていた感じだったんだろうか、自分としては必死に演じていたのだけれど、振り返ってみると少し痛いかもしれない。
自分の評価がそうであって、他人の評価はまた違うのだろうというのは理解できるし、俺の演技を見て凄いと思ってくれる人もいるかもしれないけれど、だがしかし、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
正直叫んで今までしてきて事をうやむやにしたい。
食糧事情すら満足に改善できていない俺が調子に乗りすぎてしまったのだから、もう恥ずかしくてたまらない。
でも今それをする時ではないという事もわかっている。だからできる限り、自分に出来る責任の取り方をしよう。
「有用かどうかは俺が決める。でも殺すには惜しい存在であることは確かだ。だから殺さない代わりに条件を出そうか」
ごくりと喉を鳴らす犬さんを見て、俺は内心続けている演技に身悶えながら、頑張って酷い笑みを顔に貼り付け続ける。
「奴隷になれ」
反応は思ったよりも少なかった。
元々子供たちの目には光がなかったし、犬さんも想定していたのだろう。変化といえばアクネラが泣いてしまったことぐらいだろうか。
きっとこれから起こる悲劇にでも妄想を膨らませているのだろうけど、俺は酷いことをするつもりなど一切ない。というかそんな事をしている暇がない。
精霊大樹もどんどん成長しててフロアを上に拡張しないといけないし、グレムリンの特性の理解と悪戯対策しないといけないし、持ってきてもらった種を生かさないといけないし、ともかくやる事なんて無数に存在するのだ。
だからそんな、この世は終わったみたいな顔をしないでほしい。少なくとも冒険者なんだから覚悟ぐらいしておいて欲しい。
いや、覚悟してても実際目の当たりにすればこんなもんなのかも……、いずれにせよ俺の狙いとしては犬さん達を隷属化して、それをホルンに伝えてホルンも隷属化してしまえれば一番Pの消費が少なくて済むわけで、そういった節約ぐらいの意図しかないのだけれど。
ま、そのうち俺の性格も把握するだろうし、今は怖がってもらった方が都合がいいから訂正なんてしないけどね。
「わかった」
頷いて膝をつく犬さん達に隷属化させるべく、次々名前を上げていく。
こちらにやってきた子供は容姿はエルフに近いけれど、どうやら種族はバラバラらしい。
子供24人+犬さんとアクネラでざっと240Pの消費、やはり死者を蘇生して無理やり隷属するのがPの消費を大きくするようだ。
何はともあれ少し骨だったけれど犬さん達の隷属化も終わったので、演技をやめる事にした。今までノリノリだったのだけれど、失敗してして客観的に自分を見てしまうと、やっぱり続けられるものではない。
「ああ、やっと終わった」
あの変な笑みが取れて、いかにも普通な態度になったせいか、犬さん達が大いに困惑しているけれど、気にせず精霊大樹の広場へと戻る。
若干足が速かったのは、恥ずかしいあの場から去りたかったわけでは決してない。そう、決して。
◇◇◇◇
猫を被ったアリサの説明で、今この迷宮がどんな状況か正確に把握したのか、犬さんは頭を抱え、アクネラは乾いた笑みを浮かべていた。
唯一新たに隷属化したホルンだけは、マイペースに眠りを満喫していた。
暫く復帰に時間がかかりそうなのでとりあえず子供の世話はシア、犬さん達はアリサに任せ、拡張した畑に種を蒔く為に足を運ぶ。
とりあえずシアに貰った植物の本と、森の主たるマゼンダの意見を聞きつつ、骨粉を混ぜた土と普通の土、薬草を育て終った土を準備する。
薬草の時の様に、そのまま死体の一部を近くに埋めても種ごと土が腐るだけらしい。どうやら薬草が育つことによって程よい土が出来上がるらしいのだけれど、腐ってもおかしくない土で育つ薬草は、やはりHPを回復するだけの事はあるという事なのだろう。
とりあえずインプと共に種を丁寧に埋めていき、水を撒いてしばらく様子見することになった。
新しい植物の世話はインプとマゼンダが取り持つことになり、俺は時折来て様子を見るだけでいいという形になった。
ま、マゼンダのステータスを見る限り特に問題はない様に感じる。
―――――――――――――――――――
名前:マゼンダ
種族:魔族
職業:森の主
Lv:1 NEXTLv:10Ex
HP:300/300
SP:200/200
Ex:0
STR :260(+10)
INT :150(+10)
DEX :150(+10)
DEF :400(+10)
MDEF:150(+10)
AGI :50(+10)
LUK :35(+10)
固有能力:《花衣生成》《木漏れ日》《森の恵み》《誘惑の実》《食虫強化》
戦闘技能:《蔓の鞭》
称号:《大樹の主》
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《木漏れ日》……日の光を植物にあて、成長を促進させる。
《森の恵み》……植物の成長を促進、衰退させる事が出来る。
《大樹の主》……森の代表格たる大樹の主に送られる称号。ALL+10
戦闘も問題ないと言って過言ではないステータスだともいえる。
とはいえ、やはり森の主の能力は戦闘向きではない。マゼンダのスペックを見て予測がついたのだが、過去精霊大樹と呼ばれるまでに成長した者達は、恐らく攻撃手段の無さゆえに狩られてしまったのではないだろうか。
何せ森の中でなりうる最上職が森の主だろうし、それであっても攻撃と呼べる能力ではないのだ。襲われても蔓の鞭でしか反撃できないとか、結構辛い。
うちのマゼンダ並に虫族を喰らって成長しているのなら、それだけでも十分脅威となるのだけれど……、普通のやつには無理な話だ。
何はともあれ、マゼンダには森の主を極めてもらって、食料を一杯確保してほしいものである。
聞いたところによると、マンガ肉が実る木の種も入ってるとか、いやはや楽しみ過ぎる。マンガ肉の木……。
後の楽しみも出来たし、そろそろ犬さん達が落ち着いている頃だろうから、エルフの里について話を詳しく聞かないといけない。
エルフの里が複数あるのかはわからないけれど、それは希望的観測にすぎないだろうし、場合によってはシアに土下座させて、殺す事になるかもしれない。
出来れば無事に済んでほしいが、少し難しいかな。ああ、人生ってやっぱりうまくはいかないな。
幕間書く余裕がないので、やめようかと思います。
見直しの時間もあまりないので、許して下せい。
なので何か矛盾点などありましたら遠慮せずにどうぞ、作者がとてつもなく助かりますので。