Room018 掃除は爆発だ。
変化は徐々に。
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迷宮の主に本当の意味で反抗することは出来ない。
これは隷属者にとっての楔であり、己の身を守るための、裏切らないと潔白を示すための誓いでもある。
だというのに俺はアリサ達に押し付けようとした掃除を何故しているんだろうか……。
確か押し付ける相手を見定めている時にこんな感じの会話があったのだ。
「最近ノリト兄さんに優しくしてもらった覚えが無いんです……」
「えーっ、それは本当ですか? 釣った魚に餌をやらないなんて、パパさんは案外鬼畜なんですね。私ビックリです」
「そうなんです。シアさんもご存知の通り、マグロな私はこれから鬼畜漁師であるノリト兄さんに掃除しろと命令されてしまうんです」
「酷い。マグロなアリサさんに体を使って掃除しろなんて、流石鬼畜ですね」
「ええ、本当に、でも私頑張ります。たとえノリト兄さんが私をあの血肉まみれの異臭のする場所へ行って掃除しろといっても、……っ! 喜んでしましょう!」
「さすがです。私にはとても真似できません。あんな血肉まみれで臭くて、とても女性の行くような場所ではない、地獄のような場所にはとてもじゃありませんが行けません」
「そうですね。例え辛くて悲しくて、異臭に鼻をつまんで、服に付いた血肉を拭って、自分で反吐を吐いてまた汚してしまいそうな場所には普通ならいけませんよね。でも……、それでも私はノリト兄さんの為に!」
もしここに同じ様な事をされた人が居たらよく分かったのではないだろうか?
棒読み口調のシアと、過剰演技をしているアリサに「俺の為に汚い場所を掃除しに行かなければならないけど、私頑張る」といった三文芝居を延々と見せられ続けるこの苦悩が。
痛々しい演技するアリサ達に、謀らずも同調してしまった周りから突き刺さるチクチクとした視線の地味な痛さが。
シアにマグロって何のことだかちゃんと理解しているのかと問いたい気持ちが。
俺はあの苦しみに耐えられず、結局は腹黒たちの魔の計画によってまんまと掃除を自主的に引き受けさせられたわけだ。
確かに俺の仕事は爪先立ちを維持したままダンジョンについて考えることなので、正直掃除するぐらい全く問題ないような気もする。だがそれはあくまで気の迷いであって、本当は掃除という雑務は他の人に任せるべきではなかろうか?
そりゃ最初のフロアも開く仕掛けを逆にしただけなので時間かからなかったし、畑はインプが見てくれるようになったし、攻略された鍵の付け替えは他の人でも出来てしまうのだから、他の仕事は新しく作り出さない限りない。
ん? そうすると後残っている仕事は掃除だけ? あれ?
結局の所俺はあのまま誰かに押し付けようとしても掃除することになっていたかもしれないのか?
いや、今回は俺が身内に甘かったせいでこうなったのであって俺に仕事が無かったからではない、俺は決してNEETではない。
いいじゃないか、掃除。
綺麗にするのは楽しいよ。例え臓物が落ちてようとも捥げた腕が針に突き刺さったままだったしても、何ら問題は無いさ。
ここまで汚れているからこそ掃除した後の達成感は素晴らしくなるんだから……。
「くさい……」
だからつい声に出してしまうほどの臭さが充満していようとも、俺はやり遂げなければならない、全ては素晴らしき明日のために。
さて、考えることはいっぱいあるわけだが今は緊急事態だ。
早急にこの場を最短時間で掃除する必要がある。そのためには何が必要だろうか?
一瞬の内に《シミュレーション》で効率のいい掃除方法を模索していく。けれど掃除用具の少ないこの場所では選択肢は限られる。
そのおかげか迅速かつ確実な掃除方法は然程時間をおかずに知ることが出来たのは行幸だろう。
――――もちろん爆発だ。
とりあえず案も出た事だし大きなゴミから片付けていく。
まずは敵の貼り付けた梯子を取っ払っていき、次は腕、頭、胴体、足等少なからず原型の残っているものは手で運び出して隠し通路に放り投げていく。
後はそれを魔狼がせっせと精霊大樹へと運んでいってくれたのであまり苦労せずに済んだ。
続いて水属性フロアのドアにもボタンで開閉できる機能をつける。これは火属性フロアについているものと同じものなのでさしたる苦労も無く少量のPを消費することで出来上がった。
全ての過程が終了し、いよいよ本番と相成ったわけだが本当に上手くいくだろうか?
とりあえず火属性フロアの扉はしめて水属性フロアの扉は開けっ放しにしているが……。
ま、いいかと《投影》を使って通路に水があふれ出るのを確認してからボタンを押して、火属性のフロアを開け、大規模な水蒸気爆発を生み出す。
もちろん壁認定されるドアや針は壊れることが無い。
汚れの原因である敵の細かな血肉はさらに細かくなり、水蒸気爆発を利用して綺麗に吹き飛び、あるいは蒸発して属性フロアの奥底へと沈んでいった。
これで水が吸い込まれるのと同様に血液の類は消えるだろう。後は僅かな肉を回収&処理するだけでいいのだが……、今更気づいても遅いのだがこれ思った以上に面倒だ。
俺が肉を取りに下まで潜るなんて……息続くだろうか? いや、敵の攻撃でしか死なないのだから特に問題は無いって方がありえないか。
恐らく溺れているような感覚はあるはずだ。何せこのダンジョン問題ない様に見えて問題あるのが仕様だ。
湧いてくる食欲然り、自分の足止めもしてしまう罠もまた然り。
面倒くさい仕様が盛りだくさんのダンジョンでわざわざ潜水したいとは思わない。P使って水中でも空気が吸えるようにするのもありっちゃありだけど、血肉しかない水の中でずっと潜水したいとも思わないしな。
やっぱり地道にやるしかないんだろうか……。
仕方ない、俺が密かに考えていた爪先バタフライ潜水方を試すときが来てしまったのだ。ココは腹を決めて潜るしかない。
「主……もっと肉を運んでも全然問題ありませんぞ?」
そういえば手持ち無沙汰になったおーちゃんと魔狼に慰めと、暇つぶしがてら手伝ってもらってたんだ。
あの時もおーちゃんがかなり落ち込んでいて、掃除のついでとばかりに押し付けられたんだよな……。その少し前におーちゃんの世話を押し付けたのを結構根に持っていたのかもしれない。
何にせよ俺の役に立つとわかったら喜んで肉運びを請け負ってくれたいい子である。
いやほんと、もっと役に立ちたいと耳と尻尾をしきりに動かしている可愛い子なのだ。
「おーちゃん達って水底にある肉とかって回収できるか?」
「そんなの無理、いや! たたた、容易いですぞ。魔狼に手伝ってもらうまでも無く私ひひ、一人で、ややややってみせますぞ」
「わかったお願い」
「う……あ……、その…………」
先ほどまで元気だった姿がみるみるうちに萎れ、最終的には最近見たorzよりももっと深い絶望を表す形で固まって、フサフサな耳と尻尾がへにゃっと垂れ下がった。
「あー、いや、無理しなくていいから」
「私なんてどうせ役に立たない魔人になり損なった愚図なんだ……。どうせ水面では犬掻きで泳げるけど水中に潜ったら溺れるような駄目犬なんだ……。もう駄目だ、今度こそ捨てられるんだ。うわあああああああ」
おーちゃんって思い込みが強いと思うんだよね。一度思い込んだら回りの声を聞かないあたり悪いくせだと思う。まあ俺が悪いんだけどさ。
とりあえず落ち着かせてから糸と罠の[針]を削って作った釣り針を渡す。
「これで頑張れ」
以前作った小道具なのだが魚がいないこのダンジョンでは使い道が全くなく、ただ放置していた細工だ。まさかこんなことに使うことになるとは思わなかったがそれもまた良し。
「ぉお、なんというカラクリ。主は相変わらず凄いですぞ」
まるで玩具を与えられた子供のようにはしゃぎながら、早速肉片を釣り針に引っ掛けようとし始めるおーちゃんを眺めてしみじみ思った。
――――正直あんなので引っかかったら凄いよなーと。
◇◇◇◇
おーちゃんはアレで敵が来なくても暇することもなく、尽くせないことに悲しむこともあまりなくなるだろうと予想してその場を後にしたわけだが……念の為に網を作る事を忘れない点は俺の美点と言えるのではないだろうか?
……自分で自分を褒めるというのは思ったよりも空しさを引き立てるんだな、と理解した所で精霊大樹の方へと足を向ける。
シアに見られたら何か言われそうなので、網は敵の装備を放置いている場所においていくことにした。
しばらく歩いているとシアの怒鳴り声が聞こえてきた。
予想するまでもなく怒られているのが子ブリンさんであろう事はまず間違いない。
現に今聞こえてきている声も……
「何度言ったら分かるのですかっ! 1+1は2です!」
あれ? それぐらい出来てたようなと考え子ブリンが解いた問題は見ていない事に気づいた。
もしかして1ミリも成長していなかったりするのだろうか?
「ああ、もうどうやって教えればいいのか……、私がされたように体に刻み込むぐらいじゃないと覚えないのでしょうか? ですがそれは私が嫌ですね……」
「子ブリンさん達は体で覚えたほうが早いんじゃないでしょうか? 少なくとも僕がこれまで見ていた限り彼らは痛い目にあったほうが覚えるのが早かったですし」
何やら恐ろしい会話が聞こえてくるが、確かに子ブリンはドジって自分を傷つけても中々覚えない愚か者だ。
剣を使ったら自分が傷つくと学習したはずなのにまたやらかしてたからな……、今でもやっと棍棒ぐらいなら使えるようになってきたぐらいだし。
「何か出ないものですかね……。? 何時の間にこんな、でもこれは便利そうな感じがしますね」
「ぉおー、文字くねくねしてる!」
「僕そんなの初めてみました。って言ってもほとんど初めて見るもばかりなんですが」
「いえ、私も初めて見ますから。これはどうやって使うんでしょうか? 試してみましょう」
俺の行く先で何かが進展している。
良く分からないが何が起こっているんだろうか? 文字がくねくね? ノイリ達は一体何を見てるんだ……。
膨らむ疑念を胸に抱いてたどり着いたその場所ではノイリが言っていたように。
――文字がくねくねと踊っていた。
いやあ、世の中不思議でいっぱいだとつくづく思うね。
「パパさんいらっしゃったんですか。丁度いいので私のステータス見せてくれませんか?」
俺も気になるので言葉に逆らわずすぐにステータスに目を通す。
すると固有能力の欄に《教鞭》という新しい能力が追加されていた。しかも教職Lv3になっている。
この短時間でLvを上げてくるとは恐ろしいやつである。
さらに恐ろしいのこの《教鞭》の能力だろう。文字を鞭と化し、その文字列、すなわち情報を相手に言葉のとおり叩き込むというものだ。
簡単に言えばエロエロな知識を相手に叩き込む事が出来る、無垢な子を意図も簡単に耳年増に変えてしまうエロエロな能力なのだ。
「パパさん変な事考えてませんよね?」
「いや全くこれっぽちも何も考えておりませんが?」
「それならいいですが……」
アリサなら心を読まれていたかもしれないがシア如きでは俺の内心を読めはしない。でも少し危なかった気もするのでこれから自重しよう。
「それにしてもいいタイミングで新しい能力が手に入ったものです。少し子ブリン達の教育に限界を感じていたので助かりますね」
そういって子ブリンに視線を向けたシアは早速文字列を鞭に変えて子ブリンにたたきつけた。
すると驚いた事に文字列がそのまま子ブリンに刻まれ、体の奥へと溶けていくのが見て取れた。
それにしてもさっき何か葛藤していたように思ったのだが気のせいだったのか?
そう思ったのはきっと俺だけではなかったはずだ。実際インプもポカーンと口をあけているし間違いない。
だというのにあの馬鹿な子ブリンたちが痛みを訴えている様子が無いのが不思議でならない。何せ結構イイ音響かせていたのだ。
もしかして馬鹿さのあまり痛さまで忘れてしまったのだろうか? そうやって超戦士として成長していくとか? ……ありえないな。
少し馬鹿な事を考えていたら叩かれた子ブリンたちが時間差で頭を抑えて唸り始めた。
叩かれたのは背中だったのにまさか馬鹿がここまで進行しているとは思わなかった。
シアは少し心配そうな顔をしてじっと見つめ続けている。
「痛みで覚えさせるの嫌だったんじゃないのか?」
「嫌ですよ。でも《教鞭》は攻撃ではなく知識を与えるためのものですし、《教鞭》の能力は一度本で見た覚えがあります。確か痛みを感じるはずは無いのですが……」
だんだんと辛そうな顔に変わっていくシアを見ながら、苦しんでいる子ブリン達を放っておくわけにもいかず助け起こす。
触ってみて気づいたが額が熱い。とここで俺の脳内に一つの仮説が浮上してきた。
「まさか知恵熱?」
考えても見れば一気に知識を無理やり吸収させられたのだ。とはいってもだ、たった1列の文字を叩き込んだぐらいで勉強して覚えるのと然程変わりは無いので問題ないようにも思える。
けれど今回覚えこまされたのは残念な事に残念な頭をした子ブリン達だ。
痛みは無かったが時間差で突然ふってわいた大量――子ブリンにとって――の知識に気づき、苦しんでいるのではないだろうか?
だとしたらなんという阿呆だろうか。
確か今シアが叩き入れていた文字列は……1+1=2という計算式だ。
まさかこれで此処まで重症になるはずが無い。ここまで説得力のある仮説も稀だとは思うが出来るなら外れていて欲しい。
「ああ、それはありえそうですね」
今まで指導してきたシアが頷いてしまったが本気で外れて欲しい予測である。
この能力があれば某有名大学等に合格するのも然程苦ではない気がしたが、子ブリンに関してこの能力を使ったところで最底辺の大学、いや、小学校にいくことすらも難しいかもしれない。
ま、それもこの仮説が正しければ話だが、いや絶対あたっているような、あるはずのない第六感が囁いている気さえするがここは外れていて欲しい。
そんな俺の願いをリアルは無残にも砕け散る事になったのは言うまでもない。
試しにインプに使ってみたら然したる痛みも感じずに、習っていない新しい知識を取り込む事が出来た。
ただ普通よりも疲れると言う事なので負担がでかいのだろう。
とはいっても1+1=2なんて簡単なものを詰め込んだところで負担などあるはずも無いのだ。
結局仮説は正しかったわけで、子ブリンはその後も1+2=3を詰め込んだら知恵熱を出して寝込んだ。
そうやって時間をかけて子ブリンには回復したところを《教鞭》を使ってまた寝込ませる、という作業を続けていく事になった。
シアも少し辛そうだったが、このまま馬鹿な状態で育ってしまうと暗い未来しか残っていないと分かっているので心を鬼にしているようだった。
少しトラウマがあるようだが頑張っているのには感心してしまう。
こうやって見ていると何かしないとという気持ちが湧き上がってくる。実際出来る事と言えば新しい仕掛けの考案と作成ぐらいだろうか。
侵入者対策……。
とはいっても殺しすぎたらさっきみたいにまばらに来るかもしれないしどうしたものか。
うーん、こればっかりは悩んでていても解決法があまり浮かばない。
宝箱作るにもコストがかかり過ぎるだろうし、宝箱に入れるものないしな。
ん?
いや、賭けにはなるけどあるじゃないか……とっておきのものが。
◇◇◇◇
駆け出しの奴等に分かるかどうかは微妙な線だが、やらないよりマシだろうと、とりあえず例のブツを最初のフロアに転がしておいた。
最後に一気に殺したせいか、相手側はまたまばらに種族を投入してくるようになった。
ある者は食べ、ある者はスルーし、またある者は嬉々として持ち帰っていった。
マゼンダから貰った例のブツ事、はちみつリンゴを敵にくれてやるのは少し悲しかったがこの際仕方が無い。
これで結果が出なかったら悲しすぎるが、どうやら無駄ではなかったようで今では敵が一気に来て一気に死んでいく。
学習能力を持っていないのかと疑問に思ってしまうが、欲に目がくらんだらそんなのお構いなしなのかもしれない。
とはいっても慎重なやつらは相変わらず存在している。おかげで種族別で来るときと一気に来るときのばらつきがあって対処がし辛い。でもまあ最初のフロアの扉の開き方を変えているので奥に進もうとするやつらは今のところ全て落ちている。
嬉しいぐらいP的には美味しくなったものの掃除を含めた面倒な事が増えたのは困りものである。
懸念材料は強すぎる奴等が来ないかどうかという事だった。けれど少しも敵の強さが変わっていない辺り駆出しのやつ等で情報が止まっているのかもしれない。
と考えている間にもまた敵がやってきたみたいだ。
今回は他種族混合の2PT程だが《投影》で見る限り今までの敵よりもLvが明らかに違う。
というのも身に着けている防具等が全く別物だから分かる事である。
布の服を着てた敵がいきなり鉄の鎧を装備しているのだから、そりゃ今までの敵よりも強いと思っても問題ないはずだ。
こうもタイミング良く来るのはこの世界にフラグというシステムが導入されているのではないか、と言う仮説の足がかりになるのではないだろうか?
我ながら無駄な仮説をたてるものだと思いつつ敵の様子を見守る。
外で情報を得ているのならそのまま落ちて美味しく頂くだけだが果たして違いはあるのだろうか?
んー、外見とこれ以上ないぐらい辺りを警戒しているのはわかるけれど、ドアノブに手をかけた時点で他と変わりないなという印象しか残らない。
案の定落ちて……。
結構高いと聞いていたのに、また敵が強力瞬間接着タイプの取っ手を持ってくるとは……中々にお金持ちみたいです。まさかこんな攻略法があるとは思わなかった、悔しいことに1つのパーティーは落ちずに先に進みやがりましたよ。
忌々しい、あれ後で取るのどれだけ面倒だと思ってるんだと愚痴をはきつつ狩場へと赴く。
せめていつもどおり楽に倒せるといいのだが……。
シア「1+1=?」
ノイリ・インプ「2!」
シア「マゼンダ嬢、ちゃんと地面に書いた文字は見ているので落ち込まないでください」
ノイリ「そうだよ、一緒にがんばろ!」
マゼンダ(コクリ)
インプ「僕喋れないのが辛いってのは痛いほど分かるから、算数も言葉も頑張って覚えよう」
マゼンダ(プイッ)
インプ「え!?」
シア「はい、次の問題いきますよー」
◇真・後書き◇
他の作品息抜きで書くと執筆が進みますねー。
物語は相変わらず進まないのですが最近はそれがこの物語の味なんだとポジティブに思ってたりします。