Room014 仲良くなるには正座から。
◇1/12 前書き削除。句読点修正。
マゼンダが配ってくれたはちみつリンゴを食べて、シアが仲間に加わった祝いをしていたはずなのに、どうして俺は吹っ切れた様子のシアに正座させられているんだろうか?
やっぱりアリサを元迷宮の主だと説明したのがいけなかったのか? それとも今までの待遇の不満が爆発したのか?
「もう遠慮する必要も無いので言わせて貰いますが、ノイリ嬢とマゼンダ嬢を放置しすぎです。子供というのは繊細だということを分かっていますか? やることがあるとしても時折顔を出してあげないといけません!」
確かに寂しそうな顔をノイリはしていた。知っていたし、見るたびに胸が締め付けられていた。けれど俺には考えないといけないことややるべきことが山のようにあるのだ。
そう簡単に相手できるものではないとシアも分かっているはずなのに、どうしてこんなことを言うのだろう?
「何故私がこんなことを言っているのか理解できていますか?」
すみません、出来てません。
「そもそも貴方が保護したのだから責任を持てといっているのです。悩むことも、ダンジョンを大きくすることも貴方にしか出来ないことですが、出来ることは他に任せてしまえばいいのです」
「とはいってもな、ほとんど俺にしか出来ない様なものだし……」
「それは嘘ですね。小道具作り、罠作りはアリサさんでも十分出来ますし、インプがいるのであれば任せてしまえば大抵のことは器用にこなしてくれるはずですよ」
確かにどちらもアリサに出来ることだ。だが向いていないから今まで俺がすべてやってきたし、アリサには戦闘を任せていればいいと思っていたのだが……何かドジっていたのか?
否、シアはまだアリサについて詳しくないからこんなことが言えるのだ。それにしてもインプ……?
「嘘じゃない、嘘だと思うのならアリサに細かいことをさせてみろ、すぐに変な事をし出すぞ。あいつは腹黒だが頭は結構悪いからな、戦闘に関してなら優秀だろうが罠とかに関してはてんで駄目だ。後インプの事は知らん」
「それは罠を作る際の心構えをきちんと教えた結果ですか? アリサさんが戦闘に精通していることは知っていますが、3年も迷宮を保っていた人物が罠に精通していないとは思えません。後インプは器用なのでそこは覚えておいてください」
インプが器用だったとは……、強いからいつも戦闘に参加させていただけだったけど、改めて活用する方法を考えてみるべきかもしれない。
アリサは3年も迷宮やっていると説明したはずだ。大体罠を張る前の注意事項は全てアリサから習ったものだし、俺がとやかく言わなくてもわかっているとは思うが……。
「インプの情報は有難い。アリサはあれでいて3年もダンジョンを維持していたやつだ。俺が教えなくともきちんと考えられる、とはいっても考えつくのは大体がPを大量に消費しすぎるものだ。とてもじゃないが任せられない」
「それが駄目だというのです。大量に消費しすぎる罠を考えられるなら消費しない罠も考えさせるべきです。貴方のやっていることはアリサさんを甘やかしているだけに過ぎません、もっと厳しくしてください」
そう言われてしまうと詰まってしまう。アリサは食べ物関係以外で馬鹿ではない、普通にものを考えられる方だ。
でも俺は今まで、自分が慣れている上に上手く出来るからという理由でアリサに教えるのを放棄して、勝手に役割分担を決めてやってきたわけだ。
今までそれで上手く言っていたわけだしこれからも大丈夫……、と言うのは無責任か。何かあった時、俺と同じように思考できるのであれば対処できることも増えるかもしれないのだ。
こう言われてみると改めて気づかされる点が多々あるな、と感心しつつシアの言葉に耳を傾ける。
「貴方は馬鹿ではありませんが身内に対して甘すぎます。もっと仲間を駆使しないと、とてもではないですがダンジョンで生き残るなんて不可能かと、さらに言えば貴方自身も積極的に戦えるようになるべきです」
「でも俺が死んでしまったら次にやってくるの俺の両親のどちらかだと思うし、正直アリサにまた死んで欲しくも無い」
「そんな甘い戯言はこの際捨て去ってください。命がかかるのはダンジョンにいれば当たり前だと子供でも知っています。それなのに死ぬ覚悟もなしにいるなんて愚か者です。
大体皆で死ねるのであればいいではないですか、それこそ贅沢です。親がどうしたというのですか、要するに貴方が死ななければ後のことなど心配する必要もありません。
無茶をいいますが無敵になってください、それぐらいでないと迷宮の主、いえ、世界の主になど到底なれません。貴方が最強になってください、それが一番の近道です」
極論だと吐き捨てることは簡単だがそうも言っていられない。確かに俺が誰にも負けない、殺されない存在になってしまえば世界の主になることなど容易いし、他の心配事もほとんどなくなる。
けれどそれだけに難しい、仲間を生き返らせるためのPを確保するのが今は難しい状況だ。だから死なないように周りを強化してきたわけだ。
第一俺が最強、いわば死なない強さを身に着けることなど現実的に考えて不可能では無いだろうか? 草案はあったが問題点もある。
「無理だ」
「私も自分が無理なお願いをしている自覚はありますが、迷宮の主など考えてみれば無理な事を易々とやってのける存在でしかありません。私を生き返らせて隷属させるなんてその最も足る例です。なら無理を通してやり遂げて下さい、迷宮の主である貴方なら出来ると私は思います」
無責任だ。
この上も無く無責任な考えだと思う。そしてシアらしくない考えだとも思う。
……イラつく、分かった様な言葉を吐いて今まで俺の考えだけで何もかも上手くいって来たのに今更口を挟まれているのだ。
でもだからこそ、シアはシアらしくない言葉を発しているのかもしれない。
そう自分でこの事に気づいたのは偶然だろう。
表情の変化があまり見られないシアが厳しい表情をしていたからこそ気づいたのだ。そこで何かを抑えるように冗談交じりでお願いしていたのに、俺はそこでようやく気がついた。そしてその意味を考えさせられた。
ほとんど今まで俺一人で考えてきた。それがどれほど恐ろしいことなのか俺は知っているはずだったのに今更気づかされた。
相手を嵌めるということは相手の思考をある程度読み解かないといけない、それは複数であればそれだけ予想の出来ないものになっていく。
逆に言えば一人であれば多少の誤差はあれど簡単だ。
もちろん予想外というのは起こりうるが一人で出来ることなど限られるのだ、であれば容易い。
そしてそれは今の俺に当てはめられる。
考えが一人のものであれば、頭の切れるものがやって来たら傾向と対策を練られてしまうかもしれない。そうなってしまえば後は簡単だ、攻略されるのを待つしかなくなってしまう。
頭にちらついていた考えだが意図して避けていたかもしれない。自分の限界を感じて、その先の終わりを感じて目をそらしていたのかもしれない。
こうして己の浅はかさに目を向けさせられるとイラついて仕方が無いが、感謝すべきなのだろう。無茶でも何でも新しい視点は刺激になる。
やはりシアを仲間にしたことは悪くなかった、いや、仲間にして良かったとはっきりいえる。
「無敵なパパさんになって下さいね」
「ん?」
可笑しいな、今結構いい考えしてたはずなのに謎な言葉で思考を粉砕されてしまった。
「何ていった?」
「このダンジョンが私たち家族の家なのですから、貴方は無敵なパパさんでしょう?」
「……」
どうしよう、俺って結構深読みしすぎてたのかもしれない。シアって結構メルヘンなやつなのか? 単純にファンタジーみたいにご都合主義全開の最強主人公、もとい白馬の親父になれと?
なんてこった。シアは頭脳労働担当だと思っていたのに花畑だったのか!
「ンンッ! 何か勘違いされているようなので訂正させていただきますが、私はママではありませんから」
駄目だ。さっきまでのシリアスで真面目な雰囲気は何処にいってしまったんだ。
家族に執着でもあるのか? さっきの重要そうな話よりも真剣そうな顔になってるのは気のせいか?
今までなにがあったか知らんがどうしてしまったんだ。
「さて、無敵なパパさんになるためにやるべきことをしましょう。丁度私は知識だけは豊富ですから、パパさん含め皆さんに厳しく指導してきますのでよろしくお願いします」
有難いけど、呼び名のせいで嬉しさを感じない。
そこでふとシアの言葉に違和感を感じた。先ほどよりもシアがお願いするのに力が入っていないように思える。これはどういうことだろうか?
今まで見て観察していて大丈夫かと思っていたがやはり俺とアリサの様に何かが知らずに変わっているのかもしれない。
俺が生き物を殺すのに何の戸惑い、感慨すら覚えないように。アリサが俺を冗談で刃物で刺す事に違和感を感じないように。此処は何処かが知らずにずれて行く。
まるでここに順応するように俺たちは変わっていく、肉体がそうであるように精神も負荷があまりかからないようになっていく。
感情はあるし、相手の心情も察することは出来るが以前のように重いと感じる感覚も薄い。
そこで何かを悩む俺に周りが訝しげな視線を送ってきているのに気づき、あわてて取り繕う。ここで考えるべきことではない。もう少し情報がないと。
「パパさんはどう考えてもおかしくないか? 別に迷宮の主なんだから主とかでも良いじゃないか、パパさんは可笑しいだろ? な?」
「私はあなたのことを主とは呼びたくありませんし、呼べません。だからパパさんが一番妥当かと思われますが、何か不自然でしたか? 確かに私は父のことは父と呼びますが、パパという愛称もそれはそれで愛嬌があるかと思うのですが」
……どうしてこうなった。
「おかしい、まず俺とお前は血の繋がりもなければ家族でもない。そして俺はまだ若い! 18歳だぞ。確かに大人びてるとは言われたこともあるし、アリサのお守りしてたからそう思われても不思議じゃないが断固として父ではない!」
「残念ながら18歳といえば立派な父になりえる年齢ですよ。元の世界がどうだか知りませんがこちらの世界ではもっと若い人たち(早熟な種族に限る)が親になっていますよ」
「今何か含みがなかったか? てかその理屈を聞いても可笑しいだろ、呼ぶならせめて前みたいにノリトとか、あるいはさん付けで呼べ」
「……はあ、こんなこともわからないのですか? ダンジョンにいる仲間の結束を強くするには何が必要か考えてください。わかりましたね? 絆ですよ。だからノリトさんはパパさんです」
「無理やりすぎる!」
「無理を通すのが迷宮の主だとさっきも言いました。無理だと思ってもやってください」
「いやいやいやいやいや」
そんな変な無理を通す必要性を感じない! 第一そんな話ではなかったはずなのに何時の間にこうなった。考え事していたうちにシアの頭の中で取り返しのつかない結論に達してしまったのか!?
「よろしくお願い致します。パパさん」
言いたいことだけ言ってこちらを完全無視したシアは、未だにリンゴを齧っているアリサの元に向かっていった。
「……誰だあいつ仲間にしたの」
俺である。
◇◇◇◇
シアの策略にはまった俺はあえなく皆のパパ役に……、とはいかなかった。
アリサがママ役に志願したと思ったら、ノイリがママ役がやりたいと駄々をこね始めたのだ。
「ノイリがお嫁さんになりたい!」
「ノイリちゃん、後で交代してあげますから」
「いや、いーやーだ!」
駄々っ子モード全開のノイリは見ていて癒されるが、それと同時にシアからの冷たい目線があるのでプラスマイナスゼロといった具合。
正直さっさとこの場を収めないとまた無理難題をシアから吹っかけられそうである。
「俺パパ役じゃなくていいからさ、お兄ちゃんとかでどうだ?」
何でだ。何で皆からこいつ何言ってるんだって目を向けられなくちゃいけないんだ! 好き嫌いはあると思うが俺一人しかいないんだし無難な役がいいと思わないか?
「ノリト兄さんはパパ役、そして私のお、お、お婿さん役になってもらわないと困ります。第一兄がいて父がいない家庭とかどんな家庭なんですか」
「いや確かにそうだけど……」
「ノリトお兄ちゃんの嫁さんになるのノイリとマゼンダだよ!」
マゼンダも参戦か、どうしてこうなったんだ。否、シアが仲間になってから急速にへんな方向に進み始めている。女の子はどうしてここまでままごとに執着するのだろうか……。
「アリサさん大人気な」
「誰にも決まらないなら私が主の番になろう!」
突然空気を読まずに出現したおーちゃんは、皆からの冷たい視線に晒されながらも関係ないとばかりにこちらに腕を絡めてくる。
「本当はなりたいんだけど……って違う。なりたくないんだけど相手が決まらないと主が可哀想だからな」
ふにふにとした感触が気持ちいい。肉球装備取り外し可能だったら今度貸してもらおうかな……。
「ノリト兄さん何鼻の下伸ばしてるんですか!」
「ノイリ嬢、パパさんのだらしない姿は目の毒だから見ては駄目ですよ。ああいう人はしっかりした人がお嫁になるべきだとは思いますので、ノイリ嬢にはまだ早いですよ」
「どうして暗くするの? まだ早いって何? ノイリも何しているか見たい! シアどいてー」
ため息をつきたくなる状況だ、差し迫る現実を前にして俺たちはあまりにものほほんとしている。
でも案外これでいいのかもしれない、シアも考えていないわけではないだろうがあまり死を意識しすぎてもいけないだろう。今までのペースを保ちながら少しずつ、死なない程度に進んでいけばいい。
「パパさん何やってるんですか? いい加減狼少女から離れてください」
「私はおーちゃんという主が付けてくださった名前があるのだ! 貴様に新たに名づけられる気はない!」
「狼少女は嘘が得意ですね。魔人の次は名前ですか、とてもではないですがパパさんがそんな気を利かせるとは到底思えませんが」
「……」
仲良くなっているはずなのに心が痛い。シアの目から見て俺はいったいどう映ってるんだろうか。
これは早急に対処しなければいけない。
「俺だって気を使うぐらい出来るぞ、それにおーちゃんは嘘をつける様な子じゃない。魔人狼っていう種族なのも本当だし俺が名前、というより愛称をつけてやったのも本当だ」
「……っ!?」
「なんだその心底驚いたって顔は、もちろん魔人狼の情報に驚いたんだよな? 俺が気遣い出来るって事じゃないよな?」
シアはどれほど問うてみても答えてはくれなかった。
真実を言ったら可哀想みたいな雰囲気を垂れ流すのをやめてほしいが、それはシアに限らず話を聞いていたアリサでさえも垂れ流していたのだから、俺が把握していないだけで、俺は結構気がきないのかもしれない。
「ノリト兄さんの美点は気遣いではなく優しさです。シアさんの言うことなんて気にする必要ありませんよ」
アリサ、その言葉が俺の心をえぐっていると気づいてくれ。
「何をイチャイチャしているんですか、パパさんはそろそろ私とダンジョン経営について話し合いましょうか。ただでさえ時間がないというのに何をしているんだかわかりません」
突っ込み役がほしい、的確で迅速な対応を心がける素敵な突っ込み役が心底ほしい。
とても俺一人では女5人集まった姦しい状況に対処できない。
「ノリトお兄ちゃん、マゼンダも一緒に遊べる遊び教えて!」
だからこそ俺がこの後ノイリの提案に逃げたのは予想するに難くなかっただろう。ノイリの癒し成分を堪能した後俺はシアに引き摺られてドナドナされることになったが……。
◇◇◇◇
シアときちんと話してみて分かったことだがこいつは恐ろしくマイペースな奴だ。
今までちゃんと人とかかわってこれたんだろうかと思うぐらいマイペースだが、思うところもあるし、言うに言えない状況は些か辛いものがある。
「魔人狼の件もそうですが、私の把握できていないことが多すぎます。まずそれを教えてください、それを私の知識と照らし合わせれば何か活用法を見出せるかもしれませんし」
でも素直に頼めるようになったのはよかったかもしれない、捕虜のときよりも生き生きとしている気がするし少しぐらい振り回されても我慢しよう。
「聞いているんですか? さっさとステータスを開いて私に情報を提供しろといっているんです」
すぐに反応しないと言い方がきつくなっていくのも辛いが、少なくとも仏頂面していないシアが見れるんだからそれで満足すべき……。
「全く、私にここまで言われて何も言い返さないなんてまるで父みたいですね。やはり貴方はパパさんがお似合いなのです。どうして皆パパさんと呼ばないのか不思議でなりませんが」
何だか話がまたややこしくなりそうなので急ぎステータス画面を開く。
転移陣は出来れば残っていてほしいが果たして……。
――――――《光魔術:蘇生が使用可能になりました》
アリサ「マゼンダちゃんもっとリンゴ出せない?」
ノイリ「マゼンダが無理だって」
アリサ「そっか……、ノイリちゃんからお願いしても?」
ノイリ「無理だよ! アリサお姉ちゃんの食いしん坊!」
アリサ「ノイリちゃん、人は食べないと成長しないのよ? 私はノリト兄さんのために成長しようと頑張ってるだけなの」
ノイリ「そうなの?」
アリサ「ええ、もちろん!」
ノイリ「ノイリもアリサお姉ちゃんたくさん食べないといけないのかな……」
アリサ「そんなことありませんよ。ノイリちゃんの食べられる分だけでいいんです」
ノイリ「わかった! アリサお姉ちゃんありがとう!」
アリサ「お礼にリン……、ちょっと私薬草畑にいってきますね」
ノイリ「はーい!」