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Breakroom 新たな一歩。

シア編!


◇1/12 句読点修正。

 私が生まれたとき母は狂喜乱舞したといいます。


 それもそのはずでしょう、私が生まれたからこそ母は大嫌いな国と大嫌いな夫の下を離れ、懐かしの故郷へと帰れるのですから。


 私にはまだ父と姉の記憶が微かに残っている。


 さすがに生まれたばかりの私を、慣れない環境の下へ連れて行くのに珍しく父が反対したらしく、私は旅が出来ると判断されるまで家族と一緒に八王国の一つであるサンヴァリス王国、地獣族の治める国にいることになった。


 父は母を愛していた。嫌われようと関係なしに溺愛と言って良いほど愛していた。


 そんな父は「家族がいれば男はそれだけ強くなれる。どんなに罵られても父は最強だから効かん! 逆に気持ち良ささえ感じるぞ!」と余り気にしていない。


 大体母は嫌いな他種族である父の熱烈なアプローチで、エルフが生まれれば別れる事を条件に結婚を承諾したという。それでも父は嬉しかったらしく、たとえ母と離れる事になるとしても母の望みを叶え、そして愛し続けた。


 初めての子供は父似の犬耳と尻尾を生やした女の子だったが、その容姿のせいで母は実の娘であるその子さえ嫌った。


 母に育児放棄された姉は父が仕事の傍らに一生懸命育て上げ、美しいだけの母を嫌い、父にべったりな姉が出来上がった。


 私は姉が丁度8歳になった頃に生まれた。


 エルフであった私は母に愛され、父にも愛された。けれど姉には憎まれ、蔑まれ、そして危うく殺されかけた。


 子供だからこそ力加減が出来なかった当時、私を殺しそうになってしまったことを自覚した姉は震え、涙を流していた。なぜか私はその光景を見て殺されそうになったというのに、姉に嫌われたという悲しみの気持ちしかわいてこなかった。


 姉が私を殺しかけたのは母も父も知らない、何故なら私が決してその事を話さなかったからだ。


 恐ろしいほどに歪んだ愛を注いでくる母が私は大嫌いだった。だからだろうか、いつの間にか私は私を嫌う姉を好いていたのだ。


 姉は頭が良く、運動も出来る自慢の姉だった。だから私は姉の真似を良くしていた、どれだけ嫌われようと私は姉が好きだったから。


 私の容姿は母似だったがその性格は父似だったのだ。けれどそれが姉の感情に火をつける結果になっていることは明らかだった。


 結局私が姉と和解できたのは別れる間際だった。


 その頃私は9歳、姉は17歳で嫌がる私を無理やり連れて行く母に食って掛ったのだ。私はそれが嬉しくて仕方が無かった。


 容姿端麗で文武両道な姉は、ギルド職員になってから私を極端に嫌うことは無くなっていたとは思っていたが、この時はっきりと家族だと思っていてくれていたのだと実感できた。


 私が嫌いな姉は父がなだめるのもお構いなしに母を罵倒して泣き叫んだ。私も負けじと泣き叫んだが結局私はエルフの里まで連れて行かれた。


 私は大好きな姉を泣かせる母が大嫌いだ。




◇◇◇◇




 エルフの里に帰ってきてから私は長老の親戚と早速婚約させられた。


 私の意志などお構いなしに進んでいくその出来事を、母は只幸せそうに笑みを浮かべてみているだけだった。私がその笑みにどれほどの恐怖を感じたか周りの人はわからなかったでしょう。


 私はエルフから施される教育を受けながら外の教育との違いに唖然とし、前の知識を元に反論してみれば、体に傷が残らない程度に痛めつけられた。


 そんな私を不思議そうに見つめるエルフの子供達の瞳は、今も目に焼きついて離れない。遊ぶときは純真な光を灯していたはずだったのに、どうすればああまで瞳が濁るのか私には理解できなかった。


 月日がたっても私はエルフの偏った教育にどうしても馴染めず、一人姉と父に思いをはせながら泣きじゃくった。


 母はそれさえも笑ってみているだけだった。まるでここにいるだけで幸せだとでも言うように笑うだけだった。


 私は母の様にはなりたくは無い、里に住むエルフの様には絶対なりたくなかった。


 私は姉と父を心の支えに一人で頑張ることを誓い、支援物資を運んでくる他種族と積極的に交流して、隠れて他国の本を融通してもらえるようにした。


 そうやって抵抗しても徐々にエルフたちの教育は私に根付いていく、他種族はこうだと刷り込みのように繰り返し教えられ、反抗すれば体に覚えこまされる。


 綺麗な身なりで心はズタボロになり、私は表情を作ることを忘れてしまった。


 そして他種族とも親しい人以外とはなるべく接触しないようになってしまった。


 けれど私は貰った本を使って他種族の知識を増やすことを止めなかった。知識欲というのもあったが、何より止めてしまったら父と姉への繋がりが切れてしまうような気がして怖かったのだ。


 それが功を奏したのかは分からないが、私はエルフの里で変人と呼ばれる存在になり、婚約も相手側から破棄された。だからといってそれで終わりではなく新しい婚約者が出来ただけだった。


 母はその事に相変わらず笑うだけで何も言わなかった。


 もう随分前から気づいていた。母は父と離れた時に壊れてしまっていた。母を唯一愛し続けた父の傍で無いと、母は自分を保つことが出来なかったのだ。


 だけど私にはどうする事も出来ない、母は役目を終えて帰ってきた。もう他種族の国に帰して恥を晒す必要も無く、とてもではないが新たな役目を負わせることも出来ずに放置されているのが現状である。


 私は母をここから出してやることが出来ない。大嫌いだが不憫な母に何かしてやることが出来ない自分に苛立ちながらも、私は自分を保つことで精一杯だった。




◇◇◇◇




 月日がたつのは早く、私ももう17歳。


 幾度と無く婚約者に襲われたが、姉を見て勝手に学んだ武術と知識で返り討ちにし、そういった事を繰り返すうちに、私は扱い辛い者として見事に孤立していた。


 母は相変わらず時折喋るが大体が笑うだけの毎日を送っている。結局私にはどうすることでも出来ていない。


 心境の変化か、最近では母をどうにかしたいと思っている。やはり孤立して母と一緒にいる時間が増えたからかもしれない。


 こんな母より、いつも父を嫌いだといいながら食事を作ったり、仕方ないと言い訳しつつ父の世話をしている母の方が好きだった。


 私は大嫌いだと思えない母より、大嫌いだと思える母でいてくれるほうが嬉しいのかもしれない。


 どうにかして父に会わせてやりたいけれど、生憎私は距離を置かれているエルフ達から、まだ有用だからと里の外に出してもらえない。


 私の持つ転移陣で逃げようとしても、結界の能力を持つエルフが張っているものに阻まれ、逃げ出すことも叶わない。


 いつか私が折れて誰かと子をなすとでも思っているのかもしれない。本当に愚かだ。


 いや、もしかしたら今度こそ集団で襲ってくるつもりなのかもしれない、そうすると逃げられる気がしない。


 どうにかして対策を練らないと……。


 結局私は自分を保つだけで精一杯な人生を歩んでいる。


 どうにかしたい。




◇◇◇◇




 転機は突然やってきた。


 少数の働き手たちに頼るエルフの里は、こちらが有利になる様な取引は絶対に見逃さない。


 そして今回、国の依頼で足りなくなった転移陣の貼れる者をエルフから出してくれれば、今渡している物資を増やしてもいいと、里まで遠路はるばるやってきたギルド職員が言ったのだ。


 只でさえ贅沢している私たちが、さらに贅沢の限りを尽くせることに里の者は喜びを隠せない。


 私は表面だけが美しく、内面が醜い里の者達が大嫌いだが今回ばかりは有難かった。何せ転移陣を貼れる者等、このエルフの里には私しかいない。


 必然、距離を置いて様子を見ようとしていたエルフ達は、しばらくこの里を離れさせて里のありがたみを感じさせるためにも良いのではないか、という結論を出して私を送り出すことになった。


 ただ一人の問題児である私よりも、もっと贅沢が出来る事の方が旨みがあるという本音が透けて見えていたが、私は気にすることなく、むしろ喜んでその提案に従った。


 あまりにも傲慢なエルフが住む里から離れられるなら、正直涙を流したくなるほど嬉しいが、母を残していくことが唯一の気がかりだった。


 転移陣と印を念のために貼っておいたが、結界が解かれない限りアレは使えない。


 私は自分の出来る範囲で母の安全を確保した後、護衛を却下されて憤慨してるギルド職員に連れられて里を発った。




◇◇◇◇




 里のエルフが嫌いらしいギルド職員はずっと嫌味ったらしく喋りかけてきたが、私はあえて無視した。必要以上に絡みたくなかったというのもあるが、姉がしている仕事に、こんな輩が付いているというのを信じたくなかったというのもあったと思う。


 道中退屈ではあったが依頼のあったレイゴール帝国に着いてからは見るものに目を奪われ続けた。


 本でしか見たことの無い他種族や果物、日用雑貨、果ては娯楽品に至るまで興味を引くものはいくらでもあった。


 虫族の王国だからか一風変わった物もたくさんある為、飽きる事など無かった。


 幸いにしてギルドは転生迷宮と呼ばれる王族の管理しないダンジョンが、今回レイゴール帝国の領土内にあることは分かっているが、虫族の王国はとにかく山賊が多い為にダンジョンの入り口を見つけるのに時間がかかっていた。


 各国を順に回る様に現れる迷宮というのは面白いと思う。実際他の王国は丁度世代交代で次代の王がダンジョンを持った訳だが、全て八王国が連なる円の中央、丁度どの国の領土でもない空白地帯に転生陣が現れる。


 色でどの国のダンジョンかわかるわけだが、どの国も他のダンジョン全てに懸賞金をかけているので正直識別出来ても関係ない状況だ。


 そんな中で各国を巡り、ダンジョンの知識を引き継ぐ訳ではない為か、ダンジョンの構成がほとんど変わる転生迷宮は相当な変り種だといえる。今回私をわざわざ呼んだのには中を調べろということもあるのだろう。


 実際蝿の王との謁見もあったが醜い以外の感想が出てこなかったが、確かそこら辺の話をそれとなくされた。あれで知恵も武勇も優れているというのだから世の中分からないものである。


 とりあえず幾ばくかのお金を貰い、転生迷宮が見つかるまで存分に首都であるアウトロンドを満喫した。虫族はその繁殖力の為に治安が良いとはあまり言えないはずなのだが、流石は王のお膝元というべきか、常に守備兵と呼ばれる治安を守る兵が巡回していてあまり問題は起きていない。


 本当なら姉と、父と連絡を取りたかったが生憎と監視がついている。


 国からではなくエルフの里から依頼されているのだろうが、ここで迂闊な行動をすれば何があっても不思議ではない。


 私は結局知識を集めることしか出来ない。


 いつかコレが役に立つと信じてやるしかないのだ。




◇◇◇◇


 ダンジョンが見つかったと言う報を聞き、私はギルドに転生陣と印を貼ってから帝国を発った。


 元々八王国の中でも南端に位置する帝国だが、今回転生迷宮が見つかったのがよりにもよって大陸の端ということだ。


 あそこは国からの干渉がほとんど無い為に、山賊がよく逃げ場、一時凌ぎの場として使っている為、捜査が難航していた場所だ。


 もしかしたら山賊が転生迷宮に入っているかもしれないという話しだったが、潰してくれるならそれで国としては助かるわけだから気にもかけない、実際前例も無いわけではないし、国としてはどうでもいいのだろう。


 まだ精鋭が中に入って十分に戦えるほどダンジョンが成長していないかを確認することが、とりあえずの第一目標らしい。


 道なき道を歩んで森の奥深くに入ってようやくその場所を見つけた。


 仮設された建物にギルドの兵士が詰めている。私はそこに転移陣を貼るためにレイゴール帝国内のギルドに貼り付けた印を思い浮かべる。


 転移陣はそもそもダンジョンに通じるものを除いて片方では機能しない。その為に印を貼らなければいけないのだがコレがまた面倒である。


 印を正確に思い浮かべなければ十中八九失敗する様な物だ。MPの消費も激しく、失敗すればしばらく待たなければいけない。


 そんな中私は2つも転移陣を貼らないといけないわけだから大変である。


 なんとかギルドへの転移陣を貼り終え、ためしに兵士が行き来して完了証明を貰ってエルフの里に送ってもらう。


 後は転生迷宮内の転移陣だが本来コレは護衛を付けていくはずなのだが、今回長老が事前に断った為についてこない。


 優しい人が何人か護衛をしようかと声をかけてきたが、横からエルフの里に来たギルド職員が親切にも断りを入れてくれた。


 ギルド職員へ無闇に変な態度をとれば自分が不利になる事は、冒険者と呼ばれる人にとっては常識なのだろう。皆素直に引いていってしまった。


 しばらく休憩をとった後、私は一人転生迷宮への転移陣に印を張ってからダンジョンの中へと入った。


 転移された場所には何もない簡素な部屋しかなく、思わずホッとして冷静に作業を始め、無事に1回で転移陣を貼ることに成功した。


 けれど貼り終わった瞬間に何かが振ってきて、反射で頭をかばうことに成功したが、どうやら液状のものだったらしく、見事に庇ったところ以外に付着してしまった。


 ねちゃねちゃして気持ちが悪いこの液体に吸着性があるせいで身動きが取れない。


 身動きが取れないことを確認した何かが近づいてきたのが足音で分かった。


「随分と手荒い歓迎をしてくれますね」


 思ったよりも落ち着いている自分に驚く、けれどそれは自分だけではなく目の前の人物――声からして男だろう――も驚いた声を出していた。


 それからはいきなり取引の話が始まり、私は取引が成功すれば出れるかもしれないという希望にすがってあくまでもまじめに対応した。


 けれどそんな希望はたやすく打ち砕かれ、相手は私を所望してきた。


 恐らく転移陣の存在を知っていてそれを狙ってきているのだ。ここの主は他と根本的に違うと聞いている、他の主ならダンジョンに嬉々として残るだろうが、此処の人物はダンジョンから出たがる人がいると文献に載っていた。


 かなり昔の本だがエルフが書いているものなので内容については信頼できる、まず間違いなく出たいのだろう。


 そして問うてみれば案の定それが狙いだったようで話が進んでいく。


 私は決して隷属者になどなりたくはない、エルフの里にいた時変わらない扱いを受けていた気がするが、私は本物を見たことがある。


 サンヴァリス王国でも、レイゴール帝国でも隷属者は一通り酷く生きることに疲れ、自分を失っていた。何より私に根付くエルフの教えが隷属者になることを拒否していた。


 私はあんなふうになりたくない、第一わたしはまだ父に姉にも再会していないし、母も救い出せてはいない。


 私が隷属者になるなんてとてもではないが無理だ。


 けれどそんなことお構いなしに男は私を負ぶって何処かへ連れ込んだ。乱暴されるかとも思ったがどうやらそういうことでは無いらしく、男は顔を拭うだけだった。


 男の顔をはっきり見た時嫌悪感が自分の中に根付くのを感じた。


 人間族は本でもあまり良い評価をされていない。数は多いが同族殺しが大好きで、尚且つ他種族を殺すのも大好きで、それこそエルフの様に欲望だらけだとされている。


 他の本では人間に助けられた話もあったがそんな話は圧倒的に少なかった。


 人間族の歴史書のほとんどが闘争の歴史であり、平和を謳歌していても他国が何もしないうちにいつの間にか内から崩れていく、そんな感じだった。


 そんな嫌な種族がもう1人増えたことで、私の中で嫌な感情が膨れていくのがよく分かった。


 けれどそんな感情など長くは続かなかった。


 2人のとぼけた会話に流されて私はいつしか嫌悪感ではなく純然たる怒りを覚えていた。


 人をおちょくるその姿はまるで妖精族の様であり、勝手に愛称をつける所はマイペースな地獣族にも似ていて、常にこちらのペースを乱してくる。


 何よりその無知さが私を非常にいらだたせた。


 何故そんなに無知であるのに気楽に、幸せそうに生きていられるのか。


 だからだろうか、私はいつの間にか相手の口車に乗って自慢の知識を披露していた。その事に気をよくした相手がまた隷属者になれと迫ってきたが断った。


 なのにそれを断るとはどういうことだろうか。本当に可笑しな話だ。


 それからもやり取りが続き、どうして隷属者になってくれないのかと問われた。


 そんなもの誰でもなりたくないと思ったが素直に少しだけ本音を、心をなくしたくないと話した、すると何故かもっと酷い言葉が返ってきた。


 隷属しなくても心ぐらい壊せる、という言葉に確かにその通りだと納得してまう。現に私の母は壊れてしまった。


 そんな会話があったあとでも男は相変わらず私を隷属者にしようとしてくる。


 話に巻き込まれて話す今の自分を思ってふと嫌いな言葉をこぼしてしまった。


「はあ……、森の民たる私が何でこんなことに……」


 言った後にものすごく嫌な気持ちになったが幸い相手は気づいていなかった。


 ホッとしつつ今回は諦めるといって去っていく男を見ながらこれからのことに思いをはせる。


 私は一体どうなるのだろう。



◇◇◇◇




 今までの人生から見ればかなり短い時間であったにもかかわらず、私の下にお嬢さん、ノイリと呼ばれる少女がきてからは幸せな気持ちに浸ることが出来た。


 元々子供は好きだ。


 無邪気で、甘えたがりで、見栄っ張りで、全てが可愛く見える。


 里のエルフの子達でさえ教育を受けなければ可愛く思えた。


 しかし何故こんな子供がここにいるのか、と疑問にも思ったがどうやらあの男が保護したらしいと少女から聞いてわかった。思ったよりも優しい男らしく、子供である者は戦闘に参加させないらしい。


 それどころか何もないこの場所で一緒に遊べる遊びを考えてまで遊んでやるほどとか。


 正直話を聞いていて疑わしかったが、この子が嘘をついているとも思えず、人は見かけによらないと再度認識される結果になった。


 それからというものその子と、その子の親友であるマゼンダと呼ばれる子の相手をさせられる様になった。たまに空腹で死にそうになるとマゼンダと呼ばれた少女が甘いリンゴをくれた。


 私はそうして2人の少女をいとおしく思うようになっていった。


 そして同時にあまり彼女達と遊んであげていない、あのノリトと呼ばれる男に怒りを覚えた。けれど所詮は虜囚の身である。迂闊なことを言えば本当に殺されかねない、そんなことをすれば家族に会えなくなってしまう。そう考えると彼女達を不憫に思いながらも睨むぐらいしか出来なかった。




◇◇◇◇




 幸せの中で時が進むうちに私はいつしかこの仲間の輪に入りたいと思うようになっていた。


 家族のことを諦めたわけではないが自分はこの幸せな、仲間、いや……これはもう家族といって申し分ないほどの輪に入っていきたかった。


 自分には転移陣がある。仲間になっても家族の下にはいける、否、いまよりもずっと自由に行動させてもらえるのなら今の状況よりも希望がある。


 でも困ったことに私には隷属者になる誓いなど出来ない。


 私に刻み込まれたエルフの教えが決してそれだけは言わせてくれない。たとえ命を落としても隷属者にはなってはならないと体に染み付いている。


 隷属者はエルフではない、人間でも無い、只の家畜なのだと教わった私には、例えノリト達が理想的な家族に見えても、隷属者には進んでなれはしない。


 悩みに悩んでいたそのとき、アリサと呼ばれる少女と、新しく仲間になったという妄想癖のある狼少女の話し合いで、死んでも隷属者になれるという話題が挙がり、自分はそれで仲間になったとアリサに教えてもらった。


 これなら出来るのではないかと降って湧いた気持ちを抑えきれず、私は事実を打ち明けて仲間にしてもらおうと思った。


 けれどいざ殺してくれと言おうとすると、不甲斐無いが体が震えて仕方がなくなってしまう。死ぬのが嫌だという気持ちもあるが、殺してくれという少なからず懇願する形になるのが私に大きな負荷を与えているのだ。


 根付いたエルフの教育は他種族に頭を下げることを良しとはしない。


 けれど今此処でそれに屈するわけには行かないのだ。唇を噛み切り、痛みを与えることで己の思考を麻痺させ、辛うじて言葉を発することが出来た。


 次の瞬間、私は壮絶な痛みと共に、全てから解放されたかの様な感覚を味わうことになった。




◇◇◇◇




 次に目覚めたとき私は思わず涙した。


 枷が外れたかのような気がした。新たな枷に繋がれたはずなのに、私は何かから解き放たれた様に体が軽かった。まるで体が作り変えられたかのような力強さが内にあることにも気づいた。


 ダンジョンの恩恵かどうかは知らないけれど私は変わったのだと実感できた。


 思わずかの男に感謝の意を表してしまうほど、私にとってそれはあまりにも衝撃的だった。


 これならどんな事も出来そうだ。


 こちらに配慮して私の顔を見ずに手を引っ張って前へと進んでいくノリトさんに、心の中で再度感謝する。


 言った通り隷属しながらも自由を設けてくれたノリトさんにきっと報いてみせる。そして父と姉に再会し、母を助け出してみせる。


 新たな私の新たな誓い。


 まずはノリトさんの意見しか取り入れられていない状況を打開しましょうか、きっとそれが新しい私の大切な一歩になるはずだから……。

シア(しかしどうやって今の危機的状況を伝えればいいのでしょうか)

シア(誰かに説教するなんてやったことがありませんし……本を参考に形から入ってみてれば大丈夫ですね)

シア(現状上手くいっている分異なる見解は言い辛いですし、説き伏せられるだけの策は生憎と持ち合わせがありませんね……)

シア(ここはあえて論理的でない物言いをして様子を見ましょうか、幸いノリトさんは顔に出やすいですからそれでもいけるでしょう)

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