表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一兵卒と諸々  作者: くる ひなた
第二話
2/5

一兵卒と密命




 この春、十五歳の誕生日を迎えたロビーは、王城の門番として働く見習い兵士である。

 大らかな先輩兵士達に見守られ、大門を出入りする人々を捌く姿もようやく板についてきた。

 そんな彼のもとを毎日決まった時間に訪れるのは、たいへん可憐な客人だ。

 真っ直ぐな長い白金色の髪に、吸い込まれそうな透明感をたたえた薄青の瞳。けぶるような長い睫毛に、まろやかな薔薇色のほっぺ。

 小さな唇はぷるりと瑞々しく、そこから紡がれる声は小鳥のさえずりのように愛らしい。

 彼女の名前はアミーリア。

 この国の王家が留学という名目で預かっている、大切な大切な隣国の王女殿下だ。

 アミーリアは決して身分を鼻にかけることがなく、年嵩の門番達には敬意を持った態度で接する。

 そのくせ無邪気で世間知らずで、時々ちょっとだけ我がままな彼女は、城中の皆に愛されていた。

 もちろんロビーだって、恐れ多くも彼女を妹のように可愛いと思っていた。

 そんなアミーリアの訪問にようやく慣れてきた頃、ロビー達はまた新たな人物を迎えることとなる。

 この国の第二王子にして、全ての兵士にとって憧れと畏怖の象徴である軍の総司令官。

 燃えるような赤毛を短く整え、猛禽類のように鋭い金の瞳であらゆる猛者を従える、ジーニャリア殿下だ。

 なんとこの軍人王子は、七つも年下の、まだ子供子供した隣国の姫君にぞっこんらしい。

 そのため彼は当初、アミーリアが特別懐いている見習い兵士を目の敵にするという、非常に大人げない態度をとった。

 しかし、何度か接しているうちに、ロビーとアミーリアがお互い、まったく、これっぽっちも、異性として意識し合っていないと確信したらしい。ジーニャリアのロビーに対する態度は、徐々に軟化していった。


 ロビーの勤務は、毎日早朝から日暮れまでである。

 見習い兵士や老齢の兵士などは、主に昼間の警備に当てられているのだ。

 日が完全に落ちると、大門は閉ざされる。

 平和な国とはいえやはり夜の王城の警備は厳重で、屈強な兵士達が見回りに立っていた。

 王城に勤務する兵士の多くは、城内にある寄宿舎に住んでいる。

 しかし、ロビーは生家が城下町にあるので、勤務が終わると大門を出て家に帰る。

 ところがある時を境に、彼は毎日とある場所に立ち寄ってからでないと、帰途につくことができなくなった。

 門番としての仕事とは別に、思いもよらない任務が与えられたのだ。

 そして今日も、日暮れとともに勤務を終えたロビー少年は、もう一つの仕事を片付けるべく重厚な扉の前に立った。


 ――コンコン


 慣れない場所に緊張し、何度か唾を飲み込んでから、ロビーはようやく扉をノックした。

 ガチャリ、と重々しい音を立てて取っ手が動き、扉が開く。


「あら、いらっしゃい。ご苦労様です」

「あ、お、お疲れ様です!」


 扉から顔を出したのは、優しい笑顔を浮かべた女性だった。

 ロビーは彼女の労いの言葉に恐縮し、ペコリと頭を下げる。

 この女性もまた、平民出の見習い兵士などが言葉を交わす機会など滅多にないであろう人物。

 彼女は公爵家の姫君であり、軍の最高幹部の一人。現在、総司令官の補佐官を務めている。

 物腰柔らかで落ち着いた大人の女性に、初心なロビーはドキリと胸を高鳴らせた。

 ただし、男社会である軍隊を実力で伸し上がった彼女が、見た目通りたおやかなだけの人物であるはずがない。

 彼女の武勇伝については、ロビーも酔っぱらった先輩兵士に耳にタコができそうなくらい聞かされていた。

 その剣の腕前は、この国随一の剣豪と名高い総司令官閣下も一目置くほどだという。

 そしてその総司令官、第二王子ジーニャリアこそが、この部屋の主であった。


「閣下、ロビー君が来ましたよ」

「さっさと中に入れろ」


 補佐官の言葉に、ジーニャリアはそうそっけなく返す。

 そして、サインを終えた書類の束を彼女に押しつけ席を外すよう命じた。

 これからロビーとする話を、第三者の耳には入れたくないようだ。

 それを察した補佐官はくすくすと笑い、ロビーのを励ますように軽く肩を叩いてから部屋を出て行った。


「おい、見習い。報告書を寄越せ」

「あっ……は、はいっ!」


 補佐官が出て行ったのを確認すると、ジーニャリアはロビーに向かって顎をしゃくった。

 彼こそが、ロビーに新たな任務を与えた張本人。

 軍の頂点たる総司令官直々の依頼なんて、見習い兵士にとっては身に余り過ぎる栄誉であろう。

 しかし、ロビーはこの度のことについて、正直嬉しくも誇らしくも感じていない。

 というのも、その任務の内容が、どうにも個人的過ぎるのだ。

 ジーニャリアは、とにかく仕事の多い人だった。

 特にここ最近は、アミーリアとお茶を楽しむ時間もとれないほど、多忙を極めている。

 そして、己の立場を弁えている彼女は、軍の機密情報が溢れたこの執務室に足を踏み入れることはない。

 つまり、ジーニャリアの方から赴かなければ、アミーリアと会うことは難しいのである。

 そこでジーニャリアは、せめてもの自分への慰めにと、ロビーに任務を与えた。

 毎日大門を訪れるアミーリアの様子を報告書にまとめ、提出せよと命じたのだ。

 異性の様子を事細かに記すなど、思春期まっただ中の少年にとっては恥ずかしい任務である。

 その羞恥に耐えつつ綴った報告書を、ジーニャリアは国防関係の書類と同じくらい真剣な顔をして読んだ。

 そして、全て読み終えると、幾分穏やかな顔つきになって、「ご苦労だった」とロビーを労った。


「今日も、アミーリアは元気に過ごしたようだな」

「あ、はい。閣下から画集をいただいたとおっしゃって、たいへん喜んでいらっしゃいました」

「ああ、今朝届けさせたのだが……菓子の方がよかっただろうか……」

「いえ、画集をとても気に入っていらっしゃるご様子でしたよ。僕にも自慢げに見せて下さいましたから」


 それを聞いたジーニャリアは「そうか」と頷き、ほっと小さく息を吐いた。

 それから彼は、読み終えた報告書をビリビリに破いてしまった。

 一度目を通せば充分な内容であるし、アミーリアの日常を万が一他の者に見られては面白くないからだ。

 ロビーとしても、アミーリアのプライバシーを侵害しかねる報告書など、さっさと処分してもらった方がありがたかった。

 ロビーはそれがくずかごに放り込まれたのを見届けると、一つため息をついた。

 彼は、今日で連続七日、報告書を提出しに来たことになる。

 裏を返すと、ジーニャリアはこの七日間、愛しい姫君との逢瀬の機会に恵まれていないということだ。

 ロビーが初めて間近で相対した時、ジーニャリアはとても威圧的で恐ろしかった。

 しかし、何度か接するうちに、ロビーは彼がとても真面目で、少し不器用な方だと知るようになった。

 そしてまた、とても深く、かの小さなお姫様――アミーリアを想っているということも……。 


「もう帰っていいぞ」


 そう告げつつ、ジーニャリアは疲れたように目頭を揉む。

 ロビーは彼に退室の挨拶をして扉に向かおうとしたが、ふと立ち止まって口を開いた。


「あ、あの……」

「なんだ」


 執務椅子に腰をかけたまま、ジーニャリアが億劫そうに答えた。

 ロビーは彼の方を振り返り、緊張しつつ言葉を続けた。


「アミー様……アミーリア様が、閣下がご無理をなさっていないか、とても案じておられました」

「……」

「それに、閣下に会えないのはとても寂しいけれど、我がままを言わずに待つ、と……」

「……そうか」


 アミーリア本人は、自分の言動が報告書としてまとめられ、ジーニャリアに届けられているなんて知りもしない。

 彼女はただ、年が近くて穏やかな性格のロビーに気を許しているのだ。

 だから、母国から付き添ってきた侍従にも話せないようなことも、彼には打ち明けてくれる。

 ここ数日、ジーニャリアとまともに言葉も交わせていなかったアミーリアは、ロビーの前では素直に「寂しい」と呟き、「でも我慢できる」と言って唇を噛み締めた。

 そのいじらしい姿に胸を打たれつつ、無力なロビーにはどうすることもできずに切なかった。

 だからせめて、彼女の健気な想いをジーニャリアに伝えてやりたかった。

 ロビーの言葉に、ジーニャリアはアミーリアを想ってか、その鋭い金の瞳を伏せた。

 しかし、すぐにロビーに向き直ると、力強い声で言った。


「十日後に執り行なわれる、建国記念パレードの警備計画で手こずっていたのだが、今日中に必ず片をつける。明日には、アミーリアを散歩に連れ出してやろうと思う」

「そうですか。アミーリア様は、きっとお喜びになりますね」


 ジーニャリアの宣言に、ロビーはほっとした。

 きっと、明日には笑顔いっぱいのアミーリアを大門で見送ることができるだろう。それが、我がことのように嬉しかったのだ。

 ロビーは恐れ多いと思いつつも、このストイックな恋人達の関係を見守っていきたいと願った。


「それでは、閣下。お先に失礼いたします」

「ああ、お疲れ」


 ロビーはさっきよりも柔らかな声でジーニャリアに労われ、部屋を出た。

 これでようやく、本日のロビーの仕事は終了である。

 あとはまっすぐ大門へと向かい、夜勤の兵士に挨拶をして家へと帰るだけだ。

 ロビーの父は軍属であるが、生家は大きな下宿屋で、その隣では叔父夫婦が食堂を営んでいる。

 下宿屋を切り盛りしているのはロビーの母だが、朝食と夕食は町一番のコックと評判の叔父が腕を振るう。

 身贔屓抜きにしても、叔父の料理は格別おいしいのだ。

 いつかジーニャリアとアミーリアを招待できたらいいな、などと思いつつ、ロビーはようやく大門の前までやってきた。

 ところがその時、背後から声が掛かった。


「おい、平民」


 それは、随分と感じの悪い声だった。

 言葉は、明らかにロビーを――平民を見下している。

 この平民兵士だらけの大門一帯に、喧嘩を売っているようなものだった。

 しかも無駄に大きな声だったので、その場にいた兵士達の視線が声の主へと集まった。

 ロビーは、本当は聞こえなかったふりをして、このままそそくさと帰りたかった。

 しかし、背後からさらに苛立った声で「ロビーというのはお前だろう」と名前を出され、渋々振り返らざるを得なくなった。


「……あの、何か用かな?」

「口のきき方に気をつけろ、平民風情が」


 振り返った先にいた人物は、ロビーが敬語でなかったことが気に入らないらしい。

 しかし、それはおかしな話だ。

 何故なら、かの人物はロビーと同じく十五歳。

 同時期に城に上がったばかりの見習い兵士の一人なのだから。 

 年も一緒、肩書きも一緒の二人違いといえば、ロビーが平民出であるのに対し、相手が侯爵家の次男坊であるということくらいだ。

 ただし、軍部は基本実力社会。

 最高幹部ともなれば、さすがに家柄も必要になってくるが、一般の兵士は生まれた家のランクにより上下関係が生じたりはしない。

 どれだけ高貴な家に生まれようと、兵士は兵士。

 たとえ家格の低い相手でも、上司に対しては敬意を払わなければならないし、それが軍の常識である。

 だから、同じ見習い兵士であるロビーと侯爵家の息子もまた、今は対等な関係であるはずなのだ。

 しかし、それをいまだに理解できない、威張り散らしたい連中がいることも事実。

 今、ロビーの前に仁王立ちしている少年もそんな一人なのだろう。


「お前最近、総司令官閣下の側をうろうろしているらしいじゃないか」

「はあ、まあ……仕事だから」

「ただの平民の見習いが、一体どんな小賢しい手を使ったのかは知らないが、調子に乗るんじゃないぞ」

「いや、僕は何も……」

「口答えするな! 平民のくせにっ!!」

「……」


 無駄にプライドが高そうなこのご貴族様は、侯爵家の自分を差し置いて平民が優遇されていると思い込み、気分を害しているらしい。

 確かに、軍属したばかりの見習い兵士が、毎日のように総司令官のもとを訪れるのは、不自然に感じられるだろう。

 何かズルをしたのではないかと疑い、あるいは妬みたくなる気持ちもわからなくもない。

 しかし、命令に従っているだけのロビーにとっては、迷惑な話である。


「閣下の執務室に、何をしに行っているんだ!」

「それは、閣下のお許しがない限り答えられないよ」

「いやしいやつめ! 貴様、手柄を独り占めする気だな!」

「そんなつもりは……」


 侯爵家の次男坊は、嫉妬と憎悪に燃えた瞳でロビーを睨みつける。

 しかし、ここ最近ジーニャリアの鋭い視線に慣れ始めていたロビーには、同い年の少年の威嚇など恐れるに足らなかった。

 ただただ、面倒で鬱陶しい。

 うんざりとした気持ちがついつい顔に出てしまう。

 すると、それを見咎めた侯爵家の次男坊は、カッと怒りに顔を赤らめロビーの胸ぐらを掴んだ。


「貴様、この俺を馬鹿にしているのか!」

「べ、別に……」


 小柄なロビーに比べ、相手の方が頭一つ分背が高く、体格もがっしりとしている。

 そのため、胸ぐらを掴まれたロビーはそのまま持ち上げられ、わずかにつま先が地面から離れた。

 さすがに、見兼ねた先輩兵士の一人が「おい、やめろ」と駆け寄ってくる。

 しかし、ロビーを侯爵家次男坊の手から解放したのは、その先輩兵士ではなかった。


「――ロビーを放しなさいっ!」


 突然凛とした声が聞こえとかと思ったら、ロビーはガツンと腹に響くような大きな音と衝撃を感じた。


 次の瞬間――


「う、ぎゃあああっ……!!」


 悲痛な絶叫とともに、ロビーの胸ぐらを掴んでいた手が離れた。

 侯爵家次男坊の身体は、そのまま地面へと崩れ落ちる。

 その向こうから姿を現したのは、午後の休憩の終わりとともに王宮に戻ったはずの少女――大門のアイドル、アミーリア王女殿下であった。

 アミーリアは、その愛らしい顔を怒りと興奮で真っ赤に染め、振り上げていた片足をようやく地面に下ろしたところだった。

 ——そう。その足は今、蹴ったのだ。

 隣国の宝珠とたたえられる王女殿下の足は――。

 この国の王族方がこよなく愛するお姫様の足は――。

 鬼神の如く強く猛々しい総司令官閣下が溺愛する少女の足は――蹴り上げたのだ。


 傲慢な貴族の少年の、その――無防備な股間を……!


「ひいっ……」


 思わずロビーは、己の股間を両手で押さえて竦み上がる。

 とたんに、それまで遠巻きに見ていた兵士達は真っな顔になり、わああっと声を上げて駆け寄ってきた。

 そして、地面に踞って悶える少年を囲み、「おとせー! おとせー!」と叫んで彼の腰を叩く。

 男達が全員涙目なのに対し、アミーリアだけがきょとんとしていた。


「アッ、ア、ア、アミーリア様っ……!?」

「ロビー、大丈夫だった?」


 何とか声を振り絞ったロビーに、当の少女は感謝せよとばかりに得意気に胸を張ってみせた。


「な、な、な、なんてことを……っ!!」

「何よ。ロビーが苛められていたから、助けてあげたんじゃない」

「いや、でもっ……だめ、駄目です! 男の股間は無闇に蹴っちゃ、絶対駄目です!」

「だって、先手必勝だって、マーシーが。いざとなったら迷わず、潰すつもりで蹴りなさいって」

「ひいいいっ……」


 マーシーとは、この国の第三王子マーシュリア殿下のこと。

 金髪碧眼の見目麗しい、絵に描いたようなキラキラの王子様だ。

 彼はその見た目に反し、実はなかなかに腹黒い人物でもある。

 次兄であるジーニャリアの反応を面白がって、アミーリアによからぬ入れ知恵をすることも度々。

 ロビーも今回ばかりは、姫になんて恐ろしいことを教えるんだ、とマーシュリアを呪いたくなった。

 地面をのたうち回る侯爵家次男坊を横目に、ロビーは青ざめブルブルと震える。

 すると、最初はヒーロー気分で胸を張っていたアミーリアの表情も曇り始めた。


「私……いけないことをしたの……?」


 アミーリアは眉を八の字にし、瞳には薄らと涙を浮かべてそう尋ねる。

 ロビーが、「えっと、あの……」と答えに窮していると、彼女は今度は小さく唇を尖らせて言った。

  

「ロビーが意地悪されるの、嫌だったんですもの。だって、ロビーは私の一番のお友達でしょう」


 その言葉に、ロビーの心はぎゅうう、と鷲掴みにされてしまった。

 

「ア、アミーリア様っ……!」


 彼は感極まった声を上げ、アミーリアの前に跪く。

 すぐ側でうんうん唸っている貴族少年に対する同情心は、ロビーの中で急激に萎んでいった。

 もう彼の大事なものが潰れていても、最悪将来使い物にならなくても仕方がない、とさえ思えてきた。

 それほど、アミーリアが自分を一番の友達だと言ってくれたことが、ロビーは嬉しかったのだ。

 ところがそこで、彼はたいへんなことに気が付いてしまう。

 ジーニャリアからは、ロビーが見聞きしたアミーリアに関することを一つも漏らさず伝えるように、と命じられていた。

 つまりロビーは、アミーリアが男の股間を蹴り潰すところだった、との報告書も提出しなければならないのだ。

 それを目にしたジーニャリアの反応は、恐ろし過ぎて想像したくもない。

 ロビーはいっそこの場にいる全員に、今し方起こったことを口外しないように頼んでみようか、と考えた。

 蹴られた侯爵家次男坊だって、こんな不名誉な話が広がるのは避けたいだろう。

 彼の股間に同情している門番達も、きっと同意してくれるに違いない。

 何もなかったことにすればいいのだ。

 そうすれば、わざわざジーニャリアに報告する必要もない。


(よしっ、それでいこう!)


 ロビーは我ながら名案だ、と満足げに頷いた。

 そして、まずはアミーリア本人に口止めしなければと思い、顔を上げる。

 ところが次の瞬間、ロビーはピキリと固まってしまった。


「な、ななな、なんということを……」


 そう声を震わせたのは、いつの間にかアミーリアの背後に立っていた人物――ロマンスグレーの髪と髭の老紳士。

 真っ青な顔をした彼は、全身をわなわなと震わせつつ叫んだ。


「ア、ア、アミーリア様が……っ! 私の、大切な、アミーリア王女殿下がっ……!!」


 この老紳士こそが、隣国王女殿下に付き添ってきていた侍従。

 ロビーがずっと“ジーヤ”だと勘違いしていた、アミーリア姫の爺やである。

 大切に大切に育ててきた王女様が、男の股間を蹴り上げる姿を目の当たりにしたのだ。そのショックは計り知れない。

 彼はそのまま卒倒し、慌てた門番達によって城の救護室に担ぎこまれる騒ぎとなった。

 その騒動は総司令官閣下の耳にまで届いてしまい、結局ロビーは事の顛末を正直に報告する他なくなってしまった。


 ――アミーリア王女殿下は、理不尽な暴力にさらされていた見習い兵士を助けようと、勇敢にも暴漢の股間を背後から蹴り上げ見事退治なさいました――


 その報告書を読んだジーニャリアの顔を、ロビーは一生忘れないだろう。


「おい、見習い! なんだっ……これはっ……!!」

「ひいいいっ……申し訳ありません~!」


 幸い、総司令官閣下の怒りの矛先は、アミーリアに余計なことを吹き込んだ弟王子に向けられた。

 ただし、ロビーはその後一週間、赤毛と金目の怪物に追い回される悪夢にうなされることになった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ