猫の薬屋さん 1
鈴花はドアを開けて待っているエルネストに招かれる様に書斎室に入った。
書斎室は紅い絨毯が敷き詰められそのふかふかとした足下に鈴花は驚く。天井近くまである窓から覗くのは、先ほど鈴花達が居たテラスだった。その窓を背にして、木造の執務机がどっしりと構えている。その執務机の目の前には、お客さんを招くための物だろうソファとテーブルが備えられている。
「今から仕事を片付けるからスズカはそこのソファに座っててくれないかい」
そう言うと、エルネストは執務机の椅子を引き腰掛けた。
鈴花は言われた通り、ソファに腰掛けたが何もする事がなく、ただ室内を見回す事しかする事がなかった。
暇を持て余した鈴花はエルネストの方へ顔を向ける。エルネストは引き出しからペーパーナイフを取り出すと封筒の封を切り便箋を取り出して読み始めた。
読み出しだんだんと険しくなる彼を見て、まだ若いはずの彼が仕事で苦労をしているのを鈴花は感じた。
一方自分はどうだろ?と膝の上に置いてある両手を見る。記憶がなく、幽霊になってしまった自分はもう普通の人達の様に人生を楽しむ事や仕事に追われたり、友達とお喋りしたりといった事が出来ないと思うと寂しい気持ちで一杯だった。
考えこんでいるとエルネストが近寄って来るのに気づき顔を上げた。
「気づくのが遅くなってすまないね、座り続けるのも暇だろから本を何冊か持って来たよ」
そう言って数冊の本をテーブルに置く。
「ありがとう」
エルネストに向かって言うとどういたしましてと返事を言われ、嬉しくなる。
鈴花は早速上の方にある本を手に取りページを捲る。
エルネストは執務机の椅子に座ると、向かいのソファに座り本を一冊取る鈴花を見てはたと気づく、見るからに異国の姿をしている鈴花がこの国の字を読めるのかと思い鈴花を見てみると案の定本を開き固まったままの鈴花がいた。
鈴花が開いた本には鈴花が見た事のない字が横一列に書かれており全く理解出来なかった。困り果てた鈴花はエルネストへと顔を向けると彼と目があった。途端に一部始終をエルネストに見られていたことに気づくと恥ずかしさで顔が紅くなってしった。その顔を見られないように本に視線を戻す。
「その様子だと、字は読めないようだね。」
鈴花はこくんと頷き、肯定した。
「こんな文字は初めて見ました。」
そう言って鈴花は本に書かれている文字に視線を落とす。頭に浮かんだひらがな、カタカナ、漢字やアルファベット、そのどれにも当てはまらない文字が本に書かれている。そこで鈴花はふとある事に気付いた。
「エル、私記憶がないって言ったけど、文字は憶えてる」
パタンと音を発てて本を閉じ、エルネストに顔を向けなおした。
「文字は憶えてる?」
エルネストが聞き返すと鈴花は頷き肯定した。
「今、本に書かれている文字を見て気付いたの。私の知っている文字と違うわ」
そう言って鈴花は立ち上がり、エルネストが座っている執務机に近づく。
エルネストは近づいて来る鈴花に紙と万年筆を差し出す。万年筆は濃い藍色をしていた。
「スズカの知っている文字を書いてくれるかい?」
差し出された万年筆と紙を受け取り、鈴花の知っている文字を全て書き始めた。