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青年は少女の手が自分の肩に触れずに通り抜けるのを目の当たりにし、少女が幽霊なのだと実感するしかなかった。
彼女が幽霊なら、何の気配もなく近づく事に納得が出来る。そう考えている青年に、鈴花は話しかけた。
「目が覚めると貴方の部屋に居たんです。何でその部屋に居たのか分からなくて名前以外何も思い出せなくて、取り敢えず誰かに会えば分かるかなと思ってたら貴方が部屋に入って来たんです。けど、中々気づいて貰えなくてその時に触れてみたらこの通り触る事が出来なくて初めて幽霊になった事に気づいたんです」
鈴花は出来るだけ分かりやすく伝えるよう心がけたつもりだが、自分の状況を彼に知って欲しくて喋り過ぎた事に気付くと慌て口を閉じた。
「すみません…喋り過ぎました。」
青年の双方から逃れるように俯いた鈴花を見る。青年は座って鈴花を見上げる形だが、鈴花の表情は前髪が掛かり見えなかった。
「いや、大丈夫だ。分かりやすい説明だったよ。いくつか質問をしても?」
鈴花は頷き質問を待った。
「私が君を見える様になった事に何か心当たりは?」
俯いていた顔をあげ彼の瞳を再び覗く。ニッコリと微笑む青年の双方の中に警戒心がある事に今更ながらに鈴花は気付いた。
その警戒心を感じた途端に鈴花自身にも彼に対して緊張しているのを感じた。
「分かりません。ただ貴方がその指輪を嵌めた後に貴方と目が合った事ぐらいしか心当たりがありません」
鈴花は青年が嵌めている指輪に視線を落とした。日の光に当たり輝く青玉に青年も視線を落とした。
実際の所青年もこの指輪と少女が関係している事に気付いていたが、彼女がその事に気付いているのか知りたくてわざと質問をしてみたのだった。
「私にも心当たりがあるとしたら、この指輪しかない」
そう言いながら青年は指輪に触れゆっくりと外していく。同時に目の前にいた少女が段々と消えていく。
指輪が外れる頃には、少女は完全に見えなくなった。
外した指輪を青年は目線の高さに持ってくる。じっくりと見るが魔力の様な力は何も感じる事は出来ない。指輪を嵌め直すと、少女が不安気に見ていた。
「指輪を外すと君が見えなくなったよ。やはり君は指輪と何か関係が有るようだが記憶がないと言っていたね?」
尋ねられて鈴花は素直にこくんと頷く。
「ちなみにこの指輪に見覚えは?」
「ありません」
「そうか…」
鈴花は首を軽く振りながら答える。青年は少女の瞳の中に隠し事があるとは思えなかった。
ふと青年は少女の名前をまだ聞いていない事に気づく。
「話しは変わるが私の名はエルネストだ。君の名も教えて欲しい」
「私は鈴花と言います。名字は分かりません。エルネストさんと呼んでも?」
「スズカ…余り聞かない名だが良い名だ。私の事は好きな様に呼んでも構わない。親しい人達はエルと呼んでいるよ」
そう言われた鈴花はエルと呼んでも良いのか少し迷い聞いてみる事にした。
「あのエルと呼んでも?」
「ああ大丈夫だ後、敬語もいらないよ。スズカとは長い付き合いになりそうだからね」
そう言われた鈴花は未だに彼から警戒心が消えていない事は分かってはいるが、居場所が見つかった安堵感からか涙が溢れ頬を流れるのを感じた。
エルネストは涙を流す鈴花をただ見る事しか出来なかった。