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青年の姿が視界から消えて鈴花もバルコニーへと足を向けた。
丁度人が一人分通れるぐらいのドアが開いていたのでその隙間から鈴花はバルコニーへと出る。
外は晴天で小鳥の囀ずりが辺りに響いていた。バルコニーの直ぐ近くに銀杏に似た大木が青々と葉を茂らしている。
青年はバルコニーに備えられていたイスに座り、一緒に持って来ていた本を読んでいた。
鈴花がバルコニーへ出て来た事にも気づいていない。一歩一歩近づくも全く気づく様子がなかった。
青年の隣に立ち、彼に触れるため手を伸ばしてみる。たったそれだけの事なのに今の鈴花にはとても大変な労力に感じた。
鈴花は恐る恐る指先を伸ばし青年の肩を叩こうとした。普通なら指先は肩に触れるが、止まる事なく鈴花の指先は肩を通り抜けてゆく。
いくら自分に記憶が無くても今のこの状態が異常な事は分かった。
――-ゆうれい
鈴花の頭の中に単語が思い浮かぶ。
死んだ人の魂が成仏出来ずにこの世に留まる事。そう思い出した鈴花は呆然とした。
自分は死んでしまったのかも知れない。
さっきの鈴花の呼びかけにも全くと言っていいほど青年は反応を示さなかったし、部屋の中でぶつかりそうになったのにぶつからず鈴花の存在にすら気付かずに外へ出ることができた彼の様子に今なら納得ができる。
幽霊になった今の鈴花だからこそ、彼には見える事も聞こえる事もできなかったのかもしれない。
青年の肩を通り抜けた右手を見る。自分の手は透ける事なく見えている。
違和感を感じる様な事は何一つなかった。
もし記憶があったら何時もの右手の様に感じただろうか。
何が何だかもう分からない。足下だって透けているわけではなくちゃんと床に立っている。
そう考えて鈴花に疑問が生まれた。青年には触れられないのに、どうして床に立っている事が出来るのか?幽霊なら浮かぶはずなのに、しっかりと足を床につき立っている。なら、他の物はどうなんだろう。
試しに椅子とセットなのだろう、丸いテーブルに触れてみた。
今度はちゃんと触れる事ができ、スベスベな鉱石で作られている事が感触でわかる。
人には触れられず、物には触れる事ができる。幽霊ってそんなものなのだろうか。いろいろと疑問が浮かんでくるが、余計に解らなくなりそうで、気分を変えようと青年の手前にある手摺に凭れかかり、庭を眺めることにした。
庭と言うより庭園といったほうがいいのかもしれないそこは、手入れが行き届いており、中央には噴水が水しぶきをあげでいた。
その噴水と屋敷を繋ぐ小道の左右には桃色の花が綺麗に咲いている。
鈴花が庭園に目を奪われている間に青年が立ち上がり、部屋の中に入っていく。
慌て鈴花もついて行こうかと思ったが、読みかけの本がテーブルに置かれているのを見つけ、また戻って来るのだろうと思い、庭園を眺める事にした。
何だか、青年の私生活を見ている事に申し訳なさを感じたが、今はできるだけ一人になりたくなかった。
暫くすると青年は指輪の入った小箱を片手に持ちやって来た。
またイスに座り直し、その指輪を長い指でつまみ上げ取り出す。
鈴花は指輪が見たくなり、青年の横に近よる。
指はリングの部分が銀色で中央には青年の瞳と同じ透き通った青い石が程よい大きさで存在していた。男性用として作られたのだろう指輪は無駄な装飾はなくシンプルだった。
暫くその指輪を見つめていた青年は指輪を右手の薬指にはめた。
鈴花はその様子を側でみながら、恋人からのプレゼント何だろうなぁと暢気な事を考えていると青年が鈴花の方に顔を向け彼と目が合った。