自販機で女の子が買えたらいいね
その夜、自販機の前に座る少女を見つけたのは偶然だった。パソコンですっかり固まった体をほぐそうと近所のコンビニへ行き、適当な弁当を買ってアパートへ戻ろうと夜の住宅街を歩いているとタバコ屋の横の自販機の前に一人の少女が膝を抱えてうずくまっていた。白いワンピースに白い肌。長い銀色の髪の毛は外国人のように輝いている。年齢は13、4歳くらいだろうか。虚ろな目でボーッと何も無い空間を見つめる表情はもっと大人びて見えた。僕はそれを不思議に思ったが、見て見ぬフリをして横を通り過ぎた。それが正しい日本人の姿だ。あの子が危険な目に会おうと自分に責任は無い。そう自分に言い聞かせて、アパートに帰りテレビを見ながら夕食を食べ、パソコンを立ち上げた頃には忘れてしまっていた。
それから数日の後、人通りも無くなった深夜。こんどはコンビニへ行く途中で少女に出会った。また前と同じ格好、同じ姿勢で座っている。まるで何かを待っているようだ。僕はまた少女の方を少しだけ見てそのまま通り過ぎた。だが時刻はもう日付が変わった頃だ。あんな少女が一人でいたら危険じゃないだろうか。コンビニでまた適当な夜食を買った僕は意を決して自販機へと向かった。少女に声をかけたら自分の方が犯罪者に誤解されかねない。だが自分の心のモヤを晴らしたかったし、何よりも少女は恐ろしいほどに綺麗な顔立ちをしていた。
自販機の前にたどり着くとやはり少し緊張した。そもそも他人に声をかけるなど人生で初めてだったが、何故か僕の足は自然に少女の方へ向かっていった。
「何してるの?」
ぎこちない声で尋ねる。この声のかけ方じゃまるでナンパじゃないかと心の中で後悔した。だが少女の方は驚いて呆気にとられたような顔で僕を見上げている。
「いや、別に変な意味じゃなくて、こんな時間に一人じゃ危ないよって」
すると少女は夢でも見ているかのように僕の目を覗き込んできた。
「私が見えるの?」
今度は呆気にとられたのが僕の方だった。すると少女は片手を電柱の影に入れる。するとたちまち腕が消え、自販機の蛍光灯が照らす反対側に手の先が現れた。まるで見えない布で消しているかのようだ。
「君は…」
「よく分からないけど、この自販機の照らす場所だけで見えるみたいなの」
僕はまだ半信半疑だったが、少女が片足を光の届かない自販機の横に突き出して消えるのを見て何故か納得してしまった。現実に起きている事を夢と思って逃避していてもしょうがない。
「いつ生まれたのかも分からない。気がついたらここに座ってたから、自分が幽霊か妖精かも分からない」
「じゃあずっと一人でここに座ってたの?」
そう聞くと少女は悲しそうに隣の自販機を指差した。
「タバコの自販機とビールの自販機。そこの二つにも私みたいな人がついてたの。優しいおじさんとお兄さん」
「その二人は?」
「消えちゃった。タバコのおじさんはタスポの機械を付けるために工場に行った後。ビールのお兄さんは免許証を読み取る機械を付けに工場に送られて、帰ってきたら消えてたの」
「そうなんだ…」
それは死んだと表現するべきなのだろうか。なんだか不思議な気分だった。
「でもあなたに会えて良かった。タバコのおじさんがね、時々私達が見える人がいるんだって言ってたの」
「僕は毎日ここに来られないよ」
「私が本当に存在するって証明になったから、これだけでいいの。もう十分よ」
そう言うと少女はまた自販機の前に座り込み、僕に立ち去るよう言って手を振った。その時タバコの自販機に客が来ていたが、やはり彼女は見えていないようだった。
それからまた数日してコンビニに行った時、既に彼女はいなかった。少し自販機に近付いて見ると真新しいsuicaのパネルがついている。彼女も死んでしまったのだろうか。あれが夢だったのかどうかは分からず終いだった。