第5話 『冬の聖女』エステル
そして、俺たちは店の裏から出てしばらく行った路地まで来ていた。
裏通りなので人通りは少ない。このなら気兼ねなく話せそうだった。
「それで、俺に用心棒を頼みたいっていうのは? というか、事情を説明してもらわないとなんとも言えないけどな」
リタと、もう一人の少女、二人は少し押し黙ったがやがて語りだした。
「我々は聖空教の聖地を目指しています」
「聖空教の聖地? 『カナリアハン』ってやつか?」
聖空教の聖典に記された聖地と言ったらそこだろうか。俺は出身が東方で聖空教徒ではないからいまいち分かっていないが。
そこに聖主という聖空教の主神がおわすのだという。
しかし、
「カナリアハンって空にあるんじゃなかったか?」
「はい、カナリアハンは聖空教の最上の聖地。そここそが聖空教の信者たちが憧れ崇める地です。ですが、私たちが目指すのはカナリアハンではありません。聖空教で聖地というのはカナリアハンだけではないのです。最初に聖主様の声を聴いた8人の使徒、その使徒たちの縁の地も聖地とされています」
「ふぅん、そうだったのか」
二人で空に行こうとしてるのかと一瞬思ってしまった。とんでもないことだからさすがに違った。浮遊魔法は超高等魔法だから一般的ではないと聞くし。それを使える選ばれた魔法使いでも雲を超えた高度にはなかなか行けないとも聞くし。
「私たちが目指しているのは聖地『イストラ』、第3の使徒メルベリーが聖主様から聖典を賜ったと言われる地です」
「それはどこにあるんだ」
「このレスティア王国を超えた先、白雷山脈の中腹にあるとされています」
「白雷山脈!!??」
驚愕だった。なぜなら白雷山脈と言えば秘境も良いところだからだ。
いや、秘境と言うか人間の立ち入れる場所ではないのだ。雷のつく名前の通り年中気候が安定せず、一年の大半暴風が吹き荒れ、雷と雨と雪が降り注ぐ。ついでに魔物も頻繁に出没する。それが白雷山脈だ。
白雷山脈のせいでレスティア王国は山脈の向こうのアルマゼルクと1400年の間まともに国交を持てなかった。そして200年前、唯一開かれた登山道のみが整備され、そこが街道となっているがそれ以外に道はない。
はっきり言って、冒険者すらなかなか寄り付かない土地だ。人間の踏み入れる場所ではない。それも、こんな若い女性と少女がたった二人で向かう場所ではないのだ。
「驚かれるのも無理はありません」
「どういう場所かは分かってるのか」
「およそ、人の踏み入る土地ではないことは私たちの国でも有名な話です。それほど厳しい場所だからこそ、メルベリーは修業し、聖主様から聖典を賜ったというのが聖空教の教えです」
「でも、だからって。なんでわざわざそんなところに行くんだ。巡礼ならもっと生きやすい場所があるんじゃないのか?」
俺の言葉にリタはまた少し押し黙った。
「聖地に赴き、我が国の王族に与えられた『聖句』を聖地に返す。それが私たちがイストラを目指す目的です」
「『聖句』? なんだそれは」
「聖典の力を分け与えられた、聖典の一節が書き込まれた護符です。それをイストラ返すことは我が国においては最上の信仰を示す行為とされています。我が国の枢機卿は国王の許可を受け、これを行うことに決めたのです」
「シグウォートの宗教行事ってことか。でもなんでたった二人で? どう考えても無理があると思うんだがな」
例え、シグウォートの大事な宗教行事だったとしても女性たった二人で行うには無理がある。というか大事な宗教行事だからこそ、もっと入念な準備と人員の元に行われるべきなのではないか。
「あなたの疑問は最もです。こうして概要を聞いただけのあなたでも理不尽であることが分かってしまう。そういう状況に私たちはある」
「なにがどういうことなんだ。そもそも、国の命を受けた巡礼の旅だっていうならなんであんなにコソコソしてるんだ?」
それから、リタはずいと一歩出て俺の目を真っすぐに見た。
「ここから先の話は、あなたが仕事を請け負うとなっても聞かなかったことにしてください。あなたは、白雷山脈に入りたいという私たちの依頼を受けて同行することにした冒険者、それだけだということです」
「な、なんなんだ」
どうも話の雰囲気が不穏だった。
「良いよリタ。ここからは私が話した方が良いと思う」
と、そこで初めてリタの後ろでずっと黙っていた少女が言った。
「エステル、良いのですか」
「どの道、一緒に旅をするなら私がずっと姿を隠してるわけにはいかないから。最初に身分を明かした方が良いよ」
「そうですか。分かりました」
そう言って、少女はフードを外した。
中から現れたのは雪のように真っ白な髪をした少女だった。
「私はエステル。シグウォートの『冬の聖女』エステル・リィンスワード。よろしく、『碧刀のシズマ』さん」
少女は言った。




