春 4月12日 夕
時間は瞬く間に過ぎ去り、午後の授業はベルと共に終わった。
なぜか分からないけど、SNSやメールで久しぶりに会う人と待ち合わせをすると、ネット友達とオフ会するような感じがする。
中庭を抜け、特別棟の非常階段出口へ回り込むと、学校の裏門に向かう不思議な空間がある。裏門は普段閉ざされているため、ほとんど人が近づくことなく、ここを昼食時の独り占めの聖地としている。
では、璃茉はいったいどうやってこの場所を知ったのだろう?僕はいくら考えても、来たばかりの彼女がどうやって僕の行動を把握したのか、さっぱりわからなかった。
日没までまだ少し時間がある。風も止み、特別棟と学校の柵の間に響くのは僕の足音だけだ。目的地がすぐそこに見える中、携帯を取り出して璃茉に「着いたよ」とメールを送る。すると角を曲がった先の静かな空間から、聞き慣れない着信音が響いてきた。
肩にかかるほどの黒いショートヘアは、先端だけが軽く跳ねており、整った前髪が眉を隠して目の上までかかっている。小さな銀色のヘアアクセサリーが、なめらかな髪の毛の間にさりげなく留められている。
細長く切れ上がった薄灰色の瞳には、記憶の中と同じ、かすかな距離感が漂っていた。足音に気付いて、こちらの方をちらりと見たのは —— 璃茉だった。
「こんにちは、璃茉。久しぶりだな」
「…うん、こんにちは。兄」
その呼び方も久しぶりだ。このあとは璃茉に帰り道を教えて、引越し後のあれこれを手伝うつもりだった。そう考えていたのに、璃茉はなぜか少し硬くなったようにその場に立ち尽くしていた。
以前一緒に過ごした経験が教えてくれる —— これは何かを言い出しにくがっている時の彼女のサインだ。
女性と会う時、場を和ませるには大抵二つの選択肢がある。一つは軽いボディタッチ、例えば握手やハグといったものだ、もう一つは相手の服装を褒めることだ。ならば、すべきことはおのずと明らかだろう。
彼女の服装を褒めろう。
「ハグしましょう」
「ハグ…?」
璃茉は首をかしげ、少し戸惑ったような視線を投げかけてきた。間違った。言い直そうとしたその時、彼女は足を動かし、ゆっくりと僕に向かって歩き出した。
目の前まで歩いてきた彼女は、両腕を広げるにつれて、二人の距離は一からゼロへと縮まった。他人の体温と柔らかな感触が胸の中で広がり、璃茉の小さな体は僕の肩までしか届かず、かすかに漂う独特の香りがゆっくりと鼻腔に染み込んでいった。
少し躊躇ってから、僕もそっと両腕を彼女の背中に回し、その抱擁に応えた。温かな鼓動が、ゆるやかな夕風の中で一つに響き合っている。
体温が僕の懐から離れ、二人の手が申し合わせたようにお互いの身体から引き上げられた。懐には、ただ残された感触だけがゆらめいている。
「兄、一つ聞いてもいい?」
「うん、何?」
距離を置き直した璃茉の表情は平静そのものだが、先ほどまでの硬さは跡形もなく消えていた。おそらく質問の内容は僕の想像と同じだろう。
そうだよな、彼女が気づかないはずがないし、黙って見過ごすはずがない。
「兄と信子姉さんの間…何かあったの?」
「ああ…些細なこと…かな…」
第三者に説明するのは思った以上に難しかった。あのことについて、僕はもうほとんど何も感じていなかったから。
これは自分を騙しているのでも、強がりなのでもない。たとえ思い返してみても、心に浮かぶのは微妙な不快感だけだ。僕が遺憾に思っているのは、間違いなく信子との関係そのものであって、あのこと自体ではない。
「とにかく、機会があれば説明する。心配しなくていい、すぐ終わりするから」
「そうか…」
「終わり」という言葉が口を離れた瞬間、僕の心はかすかに痛んだ。
適当に扱われた不满なのか、仲間外れにされた寂しさなのか —— 璃茉がわずかに伏せた瞳は数秒私を見つめた後、空へと移った。
これは彼女が何かを考える時の癖だ。その距離感に感謝しながら、僕も彼女の視線を追って空を見上げた。
校舎の一角から運動部の掛け声が遠く聞こえてくる。静寂が二人の間に広がっていった。
「では行きましょか。やることは山積みだから、時間を稼がないと」
そう言って僕はくるりと背を向け、正門の方へ歩き出した。一拍遅れてついてくる璃茉は階段に置いた鞄をさっと取り上げ、鞄を持たない僕の右側に並んだ。
璃茉と僕はスーパーへ続く住宅街の坂道を並んで歩いていた。いつしか同じ構図の中で、沈黙に取って代わられた三人目が存在していたのだ。
璃茉の突然の問いかけが、深淵に投げ込まれた石のように、この薄氷のような静寂を打ち破った。
「兄、あの後で信子姉さんと連絡取った?」
「いいえ、連絡どころか直接話すことさえなかった」
僕は顔を上げた。
四時過ぎの空は、なんとも不思議な色をしていた。昼間の紺碧が夕焼けの暖かい橙色に少しずつ浸食され、薄められていく。まるで未完成の水彩画のようだ。
陽光はすでに真昼の鋭さを失い、柔らかく傾きながら、咲き始めた枝垂れ桜を半透明の桜色に染め上げている。
木漏れ日が花葉の隙間から僕たちの足元のアスファルトに躍り、揺れる金色の小銭のように砕け散った。
「だっよね、メールアドレスまで変えたんだね」
「ハハ…」
なぜだか、こっちを見つめる璃茉の瞳には、少しばかり怨めしげな色が浮かんでいた。
僕と信子の間の隔たりも、メールアドレスを変えた理由も、結局のところどうでもよい些細なことだった。
こんなどうでもよい些細なことさえ素直に向き合えないのは、僕が本当に変われなかった証拠だ。
「起きたことでも、結末のあり方でも、二人だけのもの。だからこの言葉しか言えない」
璃茉は僕のそば、一歩後ろの位置を並んで歩いていた。
「どんなことになっても、わたしが二人を応援してるから」
「そうか、ありがとう」
角を曲がると、スーパーの見慣れた青看板が目に入った。生活はいつだって続いていく。今夜の食材を買いに行かねばならないように。




