春 4月11日 夕
放課後、特に誰かに挨拶する必要もなく、一人で校門に向かい、家への道を踏み出した。
長い間、僕の日常はこうだった。突然予定された合コンに参加する部分を除けば、他に変わるところはない。これに対して不満はないが、満足感からも違い。
ただ、それを変える動力が僕の中には不在だ。
午後から日没前まで太陽のない空は、もうすぐ桜の花びらが散り始めるだろう。白樺台とは名付けても、校門前の定番の桜の木は確かにある。
いつの間にか家の前まで来ていた。鍵を取り出して、鍵穴に差し込みもうとしたら、ドアが締まっていないことに気づいた。
締め忘れたのかと自分を疑う思いが頬を伝い。ドアの向こう側の玄関には、僕が知っている一足の靴が並んでいた。
「ただいまー」
久しぶりの挨拶をして、人のいる家にいるのは、ずっと前のことだった。
「お帰りなさい」
リビングからあのひとの返事が聞こえてきた。僕は音の元へと足を進めると、郷愁を誘う味噌汁の香りが鼻に入り込んできた。他人の息遣いがもたらす温度は、まるで一人分の呼吸だけがあったこの家が、一度も存在しなかったようにかんじさせる。
余計に感傷して、僕が部屋に入る音に合わせて、あの人が身を振り返った。年の跡がうかがえない顔に柔らかい笑みを浮かべていて、その中で一番目を引くのは、瞳の色が淡いその目だった。
子供頃初めて会った時から、僕はこう思っていた —— その目は、まるで蛇のよう。
とは言え、それは見た目で人を判断することだけ。
「鈴さん、こにちわ」
食卓から漂ってくるのは、とんかつなどの家庭的な料理の香りで、今日はランチのパン以外は、一粒の米も口にしていない僕の食欲をそそった。
鈴さんは風見家と八鳥家の結婚によって、僕の親戚になりました。両親の仕事で故郷を引っ越し、僕は故郷の中学校を転校した。
転校から高校進学まで、ずっと鈴さんのお世話になった。血の繋がりはないが、僕は鈴さんを肉親として敬い、愛している。
鈴さんの家はそう遠くないが、近いでも言えない。少なくとも、気まぐれに訪ねていける距離ではない。鈴さんが招かれずに訪れる習慣は頭を抱えるが、割に合わないことを言うのは難しい。
「今日はどのようなことでお越しですか?普段はしばらくお会いしていなかったので」
「何か用事がなければ、見に来ちゃいけないの? ちょっとくらい前には、甘えん坊なのにね。海月くん、こんなに冷たいになっちゃって、おばさん悲しい…」
「いえ… ただ、お会いする機会は週末の方が多いですので。鈴さんにお会いできて、とても嬉しいです、本当に」
言葉は口から絞り出すように出た。会えて嬉しいのは嘘じゃないが、心のどこかでその喜びを否定する音が響き続けていた。
笑顔で隠すは上手くできてたかな、だが鈴さんはただ少し困ったように優しく笑った。その笑顔が僕には苦く感じられ、逃げ出すように二階に上がって着替えた。
リビングに戻ると、鈴さんはまだキッチンで味噌汁の味付けをしていた。久しぶりに訪ねてくれるなんて、どうしたことだろう。
春休みが終わった後、会う回数が減った。特に必要がなければ、鈴さんは普段は訪ねてくることはない。それが僕のことを配慮していることをわかっているけれど、自己嫌悪が広がっていく。
「それでは、鈴さん。今回の要件は…勉強…ではありません、ですよね?」
「ええ、今日はちょっとしたことで、君の意見を伺いに来たの」
意見?そう思いながら、キッチンから出てきた鈴さんはソファーに向かった。そばの座る場所を叩いて、座るように合図した。
僕はシングルソファーに座ると、鈴さんは不満そうに唇をへこませながらも、咳払いをして僕の方を向いた。
「君の従妹、璃茉ちゃん、覚えてる?今週から君の学校に転校する」
こんなことはもちろん僕の同意を求める必要はない。思った通り、少し間を置いた鈴さんが話を続けた。
「で、その子はもともと私の家に住もうとしていたんだけど、私が仕事の都合でもうすぐ札幌を離れなければならなくなった。璃茉ちゃんの父親は、その子を一人で住まわせるのがどうしても安心できないんだ。だから、もし君に異議がなければ、明日からその子が君と同居することになるんだ」
「どうだい?」と、鈴さんは目で僕に問いかけた。
家族が合併した後、大半のメンバーは岩見沢に集まったが、鈴さんは一人で札幌に住んでいる。本家との微妙な関係も含め、鈴さんには知り合った時から謎が多い。
高校進学で両親に独居を申し出たが、希望が薄いと思ったら、鈴さんがさっと空き一軒家を譲ってくれた。
鈴さんの不動産、ちょっと多すぎてじゃない?この人一体何の仕事してる。
「承知しました… 本人が異議がないだったら、僕は大丈夫だ。これは鈴さんの家ですし、最終的な決定権は鈴さんにあります。僕はただの住人ですから」
しかし、転校することなんて、初耳だな…僕もしかして、嫌われしている?
「君、それ以来メールを換ちゃったでしょ?SNSとっか使ういないし」
僕の考えを見抜いて、苦笑いを禁じ得ないように、鈴さんは口を覆いながらこう説明した。
ああ、そうだな。両親以外は鈴さんだけが知ってるこのメールアドレス、高二に上がってから換えたんだ。
璃茉という少女のことは、僕の頭の中にまだはっきりと記憶が残っている。そうは言っても、別れてからまだ一年も経っていない。
小さい時、故郷で僕と信子とよく一緒に遊んでいたな。
璃茉に関する一番の記憶は、僕と信子の後ろに静かについてくる姿だ。少言寡語でマイペースな性格で、ちょっと油断すると姿を消してしまうから。それで、どこへ行っても手を繋ぐ習慣がついたんだ。
中学まで同校だったし、家が近いこともあって、登校・下校は三人で一緒だった。だが、年を重ねるうえに学年も違ってきたから、往来はだんだん少なくなった。
考えと思い出に浸っている間に、食事を終えた鈴さんもそろそろお帰りになる準備をしていた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。お皿はそのままです、後で僕が片付けしますから。鈴さんもまだいろいろ用事があるですよね?」
「ふふっ、じゃお言葉に甘えてね。ああ、そうだ!璃茉ちゃんは明日放課後、君がいつも昼ご飯を食べる場所で待っているから、必ず合流してね。」
「承知しました……ん?いえ…どうしてそれを知ってるの?」
だが鈴さんはただ笑みを深め、「君は見守られてるよ」と言い残して、颯爽と去っていった。
恐い。
「あ、そそ。君に璃茉ちゃんのメールアドレスあげるなくじゃ、あと、あの子の荷物は明日、引越し業者に届けさせるね。お隣の部屋にしても問題ない?」
スマホの通知音とともに、鈴さんからのメールを受け取った。「じゃあバイバイ」と言いながら、鈴さんはリビングから出ていった。
他人の気配が消えて、再びにこの家は僕の存在だけな空間になった。思わずリビングの時計を上げて見た、16 時 39 分。お湯が沸くまでの、この微妙な時間をどう過ごせばいいんだろう。
こういう時、自分の趣味がある人を羨ましく思う。時間を忘れて何かに心を込めて没頭できるのは、それは何より素晴らしいことだ。
夕食の時間がいつもより早く終わったので、食前のジョギングをキャンセルしかない。とはいえ、運動は必ずやるべき、健康のために散歩行きましょうか。
家を出た後、今後の共同生活のために挨拶を練習しようと思って、「行ってきます」という言葉を慣れなくて口に出した。




