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  作者: korudo
和解と出会い
18/18

三度の「おやすみ」

 体表に残る微妙な湿り気を十分に感じた後、ようやくお風呂に入れた。やっぱり髪が長いと洗うのが面倒くさいよね。璃茉(りま)の髪は信子(のぶこ)より短いけど、かかる時間はそんなに変わらなかった。


 ちゃんと髪洗えてるね、お兄ちゃん感心だよ。


 ちなみに、一緒に入浴はしていない。冗談かどうかはさておき、璃茉に誘われたけど、「お風呂の時間は、神聖だ」って理由で断ったんだ。


「うん、わかった。心配しないで。うん、おやすみ」


 両親との通話を切り、信子は窓の外から視線を戻した。雨の勢いはまだ衰えていない。明見家は共働きで、迎えに行く時間がないほど忙しいわけではないが、面倒だからと信子に泊まるよう言ったらしい。


 日が落ちてからますます激しくなった雨が、僕の部屋の窓を打っている。ページをめくる音が聞こえ、その音の源は僕のベッドでうつ伏せになっている璃茉だった。


「ありがと、服借りるて」


 机の前に座っている信子が僕を見て、お礼を言った後、また少し大きめの白いTシャツに目をやった。気に入ってくれたならよかった。


 そういえばなんで僕の部屋に集まってるんだ?それに僕だけ床に座ってるし。部屋の真ん中には冬にコタツを置くスペースがあって、それ以外の季節は基本的に小さな丸テーブルで代用してるんだけど。


 この角度なら、信子が体をこっちに向ければ、股間のあたりが丸見えになってしまう。でもショートパンツは履いてるから大丈夫だろう、たぶん。


 女子の平均身長より少し高い彼女には、小柄な璃茉の服はサイズが合わない。もちろん体型以外にも、二人の間には大きな差がある部分があるけど。それは何かって言わない。


海月(かいげつ)くんの部屋、前とあんまり変わってないみたい」

「そうかもね。少し広くなって本も増えたけど、部屋のレイアウトにはあんまり興味ないんだ」

「機能重視だね」

「機能性って隠し場所のこと?エロ本探し作戦もそれで失敗したな。エージェント璃茉のキャリアに大きな汚点を刻んだぞ、誇らしく思え」

「今どきどんな時代だかはともかく、僕にそんなものはない。それに、僕の部屋を勝手に探さないでくれ。」

「いとこの性癖を知るのは妹の務め、もはや言わずもがな、次はパソコンを調査します」

「一週間揚げ物禁止」

「なんだと!ひどすぎる!そんな風に育てた覚えはないわよ!」


 いったいいつからこんなエロガキになったんだ。ベッドから転がり落ち、僕に飛びついてじたばた璃茉を片手で応対しながら、幼い頃の彼女を思い出し、思わず目頭が熱くなった。


 そんな時、信子はいつも微笑みながら僕らを観察している。ただし、おとなしい外見の下に隠された抜けた一面は、この二人の間ではどっちが上かわからない。でもそれはまた別の話だ。


 隣の璃茉は騒ぎ疲れたのか、僕の肩にもたれかかってうたた寝を始めた。時計の針が動く音が静かな部屋に響いている。


 見上げると、普段の就寝時間にはまだ間があるけれど、雨の中を走ったことで多少風邪気味かもしれない。早めに寝るのが賢明だろう。


「信子」


 声を潜めて呼びかけると、机に向かって読書に没頭していた信子が振り向き、視線を返してきた。隣の璃茉もゆっくりと顔を上げた。


「今夜は僕のベッドで寝て。いいよな?」

「うん…え?じゃあ海月くんはどこで寝るの?」

「ソファー」

「ダメ」


 即座に却下された。


「室内でも、雨の夜は冷えるから、ちゃんとベッドで寝ないと病気になるよ」

「毛布を何枚も重ねれば大丈夫。睡眠時間は、神聖なものだ」

「またそれか」

「私が床で寝るから、海月くんは自分のベッドで寝て」

「床もソファーと大して変わらないぞ」

「それでも部屋の中だよ。とにかく、私だけが快適にベッドで寝るのは受け入れられない」

「……」


 家には客間がないので、話が平行線のまま。信子が何かを察したのか、僕も彼女も、三人目の選択肢 —— 信子と璃茉が同じベッドで寝ることは、暗黙のうちに避けていた。


 でもそんな気遣いは、逆に璃茉を傷つけるだけだろう。


 だからその前に、別の解決策を私から提示するのが一番だ。


「はあ…璃茉」

「なに?」

「僕と寝よう」

「えっ!?」

「やだ~まだ信子姉さんがいるのに、兄も大胆ね。しょうがないなあ」


 どうやら言い方が誤解を招いたみたいだけど、君もちょっと断ってくれよ。


「言い直す。僕と璃茉が一緒に寝よう。そうすれば誰かをリビングに追いやる必要もないし」

「うん…そうだね。それが一番いい解決策だと思う」

「えーっ、私の意見は?」

「僕の言うことを聞かずに何度も勝手に部屋に入ってくる罰として、君はリビングで寝なさい」

「やだよー。兄と一緒に寝るの一番好きー」

「じゃあ、璃茉、お願いね。おやすみ、海月くん」

「はーい」

「おやすみ」


 信子があごに手を当て、顔を赤らめながら何かを考えている様子だ。いつの間にか誤解がどんどん深まっているような気がする。彼女が部屋を出た後、寝る準備をするため、璃茉も部屋を出て行った。


 読みかけの本をしまい、乱れたベッドを整えると、ちょうど璃茉が戻ってきた。


「歯磨いた?」

「磨いた。子供じゃないし」

「どうかな」

「ふん」

「枕持ってこなかったの?」

「そんなの、予備なんてないでしょ」

「そっか。じゃあ横になって。電気消すぞ」

「うぃー」


 子供の頃、互いに泊まり合うことは珍しくなく、こんな風に同じ布団で寝ることもそうだった。昔のように寝る前の確認をすると、璃茉が先に布団に入り、奥側の場所を確保した。


 電気を消して僕も布団に入ると、二人分の体温が狭い布団の中に広がっていく。


「狭い」

「シングルベッドだからな」

「でもこんな風に温かいのは好きだよ」

「やっぱり一人で寝るのがいいと思うけど」

「かわいいかわいい美少女と一緒に寝るなのに、それが感想なの?」


 布団の中で僕の横腹をつつきながら、璃茉は不満をぶつけている。


 静寂に包まれた空間には呼吸の音だけが響き、暗闇に慣れた目には、まっすぐに見つめられているのがわかった。


 彼女は何か言いたいことがあるのかもしれない。正直、今はすごく眠い。だから適当に話題を振って寝よう。


「学校、楽しい?」

「…なんで急にそんなお父さんみたいな質問するの。普通だよ」

「友達とはうまくやってる?」

「先輩以外に友達なんて一人しかいないよ…最近の昼休みは部室で先輩と一緒にいるから、その子が放置されてるって感じで、連絡魔になっちゃった」


 目を閉じた璃茉は、学校での出来事を思い返しながら、はっきりとは口にしなかったものの、その口調にほのかな楽しさがにじんでいた。


 楽しめていることが何よりだ。


「あ、そういえば今日の休み時間、友達が泣きついてきたんだ。合コンで先輩とすごくいい雰囲気だったのに、連絡先交換してから一言もメッセージが来なくて、嫌われたんじゃないかって悩んでて」


 …面倒だから何も送らなかったけど、妹の友達だし、いつか会うかもしれないから、明日は一応「おはよう」って送っとくか。


「…ってか、兄、適当なおしゃべりで誤魔化してるでしょ」

「とんでもない、心配してるんだよ。さあ早寝早起きは体にいいからおやすみ」

「そんな態度だからずっと独り身なんだよ」

「うんうんー、はいはいー」

「むぅ…」

「はあ…で、何が言いたいの?」

「ありがとう、さっき」

「うん、それだけ?」


 うつむき加減で、璃茉は僕に感謝の言葉を口にした。でも彼女が言いたがっていることは、それだけじゃないはずだ。案の定、顔を上げてこっちを見た彼女は言葉を続けた。


「兄、恋愛に興味ある?」

「ない」

「即答かよ。それでいいの?せっかくの青春なのに」

「恋愛より、成長したい」

「成長?大人になること…あっ、もしかしてエッチなこと?」

「どこからそんなエロガキ発想が出てくるんだよ。文字通りだ」

「わかんない」

「人生は消えることが運命づけられてる。その過程で…」

「ああはいはい聞きたくない、おやすみ」


 ひどいな。


「恋愛に興味ないってことは、兄、将来結婚する気もないの?」

「恋愛と結婚に直接の関係はないだろ。結婚なんて取引の一種に過ぎない、感情が介在しない例も山ほどある」

「うわっ…じゃあ、結婚もなしってこと?」

「少なくとも今はそんな気はない」

「じゃあ一生私が兄の面倒を見なきゃいけないんだ。ふふん、困っちゃうな」

『今は』って言ったでしょ。それに面倒を見られる側なのは明らかに君の方だろ」

「口うるさいね」


 璃茉は手を伸ばして僕を抱き寄せ、頭を撫でながら「よしよし」とつぶやいた。動作は決して優しくなく、明日の僕の髪型はきっと鳥の巣のようになっているだろう。


 眠気に襲われた頭は抵抗するのも面倒で、彼女に任せることにした。


 穏やかな鼓動が薄い生地を通して伝わり、僕よりも高い体温を感じながら、どこか少し安心した。耳に届く呼吸も次第に落ち着き、こうして二人で眠りについた。


 むせ返るような感じで、窒息感が僕を夢から引きずり出した。眠気と戦いながら目を開けると、いつの間にか僕を抱きしめていた両腕の力が強まっていた。


 全力を尽くして、璃茉を起こさない程度に抜け出した。


 もし目が覚めてしまったら、再び眠りにつくのは難しくなる。デジタル時計が示す04:37を見て、諦めのため息がかすかに漏れた。


 まあいい、朝のジョギングに行こう。ちょうど最近運動をさぼり気味だったし。


 音を立てないように階段を下り、洗面所に向かおうとした時、リビングから微かな光が漏れているのに気づいた。泥棒…いや、泥棒が電気をつけるはずないか。でも懐中電灯かもしれない。息を殺して、そっとリビングに近づいた。


 眉を隠す前髪を耳にかけ、大きすぎる白いTシャツが白くてふっくらした太ももの危ういあたりまで覆っている。ほとんど付け根まで見えそうだ。信子か。


 白い光を通して、信子の顔に見える表情は、何か興奮しているようなものだ。彼女が何を書いているのか気になる。それ以上に、なぜショートパンツを脱いだのかが気になる。


 話しかけるの、難しいな。


「…っ!」


 多分陰キャ特有の視線への敏感さなんだろう、信子は扉の前に立つ僕を見上げた。


「あっ」

「こんばんは」


 気づかれた以上、挨拶するしかない。流れでリビングに入り、水を一杯汲もうとした。信子は慌てて机の上の原稿用紙を両手で隠した。そんなに見られたくない内容なのか、やっぱり窃盗計画書を書いてるのか…


 うん、冗談。


 少し冷たい水を飲み、乾いた喉を潤す。それから振り返って信子に話しかけた。


「眠れないの?」

「うん、ちょっと。海月くんも?」

「途中で目が覚めた」

「璃茉の寝相、悪いの?」

「いえ。意外と大人しいけど、肺呼吸する生物にはちょっと厳しいかも」

「はあ…」


 首をかしげて、信子は僕の言葉に少し理解できない様子だったが、それ以上は追及せず、時々まだ原稿用紙を隠している両手をちらりと見た。


 マジで何を書いてるんだ、そんなに必死に隠して。いいや、知りたくない。十中八九、変な官能小説だろう。


 逸らした視線は、自然と目立つ白いTシャツに吸い寄せられた。運動不足か、それとも遺伝子のせいか、信子の体格は璃茉に比べてふくよかだった。少し大きめのサイズを着ていても、胸元には何かが存在感を主張していた。


 璃茉が言うように、しばらく会わないうちに、こんなに立派な少女に成長していたんだな。思わず少し感心してしまった。


 沈黙した凝視が信子を居心地悪くさせたのか、彼女はおずおずと僕に話しかけてきた。


「どうしたの?じっと見てる…まさか私に変なこと考えてる…」

「変なことって。璃茉は本当に君そっくりだな…君が悪い影響を与えてないか?おい、目をそらさないで」

「私たちはただ定期的にオンライン女子会をしてるだけだよ。悪い影響とか、大げさだな」

「官能小説を書く人って、話すだけで汚染されそう」

「それは偏見…それに、これは国語の宿題です」


 口ではそう言ってるけど、この逸らす視線、赤くなった耳の先、もうバレバレだな。それに僕らは同じクラス。


 そういえば僕が昼ご飯を食べてる場所、やっぱり璃茉に教えたんだな。どうやって知ってた?それになぜ鈴さんも知ってるの?僕の知らないところで一体何が起きてたんだ。


 背筋が凍る。


「はあ…君が何を書こうが僕は構わないけど、あまり夜更かしはしないで。いや、それ以前に場所をわきまえて」

「わかった…それにこれは国語の宿題です」

「…君の太もも、見えてるぞ」

「うぎゃっ!」


 自分の服装に気づいた信子は、慌ててTシャツの裾を伸ばして太ももを隠した。僕は机の上の原稿用紙に手を伸ばし、そこに書かれていた内容は予想通り、官能小説だった。


 誰もが知る名作の一場面を、目立たない小物の視点から、登場人物の情事を細かく描写する…僕は一体何を見ているんだろう。


 信子はBLには興味がないから、登場人物はだいたい異性だ。でもこれを官能小説って呼ぶのはどうかと思う、これはいったい何ジャンルなんだろう。


「ああっ見ないで!」

「今度はピュアラブか。安心すべきかどうか…」

「うう…まだ完成してないのに…」


 君が気にしているのは内容が適切かどうかじゃなくて、未完成ってことなんだ。ちなみに今までのテーマはNTRか凌辱系ばっかりだった。


 信子が椅子から立ち上がり、手を伸ばして原稿を取り戻した。こんな光景はもう何度目かわからないくらい繰り返され、僕は突っ込むのも疲れた。


 僕の幼なじみは、一体どんな風になっていくんだろう…


「とにかく早く寝ろ。あと、ズボンは履いといて、風邪引くぞ」

「はい…」

「僕はジョギングに行ってくる。帰りに朝ごはんも作っておくね。トースト…いや、今日は和食にしよう。時間もあるだし」

「うん」

「君、たくあん嫌いだったろ?代わりにピクルスでどう?」

「うん。ふふっ…覚えてくれてたんだ」

「僕も子供の頃嫌いだったから。とにかく早く寝てろ。ズボン履いて、風邪引くから」

「うん」


 素直にうなずく信子は、原稿用紙をきちんと重ねて、リビングの出口へと歩き出した。ドアの前で振り返ってこちらを見た。


「おやすみ」

「…おやすみ」


 何が彼女を嬉しそうにさせたのか、廊下に消えていく信子の顔には笑みが浮かんでいた。

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