15日夕 再開
放課後、ついにこの時が来た。後ろのドアのそばの席を見ると、信子もこっちを見ていた。
相手が今何を考えているのか、表情を読み取れないまま彼女も教室を去った。茂真は別れの言葉もなく、渡辺さんは少し意外そうで、少し嬉しそうだった。
進展があれば何よりだ。それなら相手を待たせるのも悪いから、約束の前に一応部室に報告しておこう。そう考えて後ろのドアから特別棟へ向かった。
移動するにつれて生徒の密度は低くなり、図書室から約80メートルの廊下はもう静まり返っていて、窓の外から時折聞こえてくるのは青春を燃やす運動部の声だけだった。
部室のドアまで歩くと、空間から小さな会話の声が聞こえてきた。
ノックしてドアを押し開けて中に入ると、挨拶が聞こえる前にやはり先輩の笑顔が先に咲いた。
「おかえりなさい、八鳥くん」
「こんにちは、藍咲先輩」
璃茉は珍しく、二人の時間を邪魔されたという怨念の視線を送ってこなかった。彼女の方を見ると、口の形で「頑張って」と伝えていた。
「これから約束の場所に行くので、一応報告に来ました」
「分かった。行ってらっしゃい」
先輩の機嫌は良さそうだった。僕が持ち帰る結果を期待しているのか、それとも何か別の理由があるのか。僕には分からなかった。
うなずいて礼をすると、部室を後にして非常階段へと向かった。
忙しそうな両親を見つめ、家具が一つずつトラックに積み込まれていく様子を、札幌の新しい家の前まで眺め続けた。これで終わりなのか、という思いが胸に絡みついた。
一本の電話、一通のメール、あるいは一言の伝言さえあれば、この関係はここまで悪化しなかったかもしれない。
「ちゃんと話し合おう」そう言って。それでこの関係は続けられただろうか。
でも、それでどうなるというのだろう。
幼なじみ、親密無間、8年の付き合い、この関係をどんなに飾り立て、これが金よりも強い絆だと自分に言い聞かせた。大切だから、失いたくないから。隠し、偽って。だからこそ、失った。
単純な言葉で天真爛漫な幻想は打ち砕かれ、引っ越しによる物理的距離が関係を断絶させ、時の経過が関係を腐らせた。これからの人生で失ったことを嘆くだろう。
たとえ自分に関係が修復されたと嘘をついたとしても、別の何かが原因で壊れるだけだ。日々は過ぎ去り、時間は流れ続ける。
期待は外れ、信頼は裏切られ、友達との関係はこじれた、そんなことに悩めるのも今の僕だけだ。角が取れる前に、同化され、均され、社会の歯車の一つになる前に。
非常階段を降り、裏口の前のひっそりとした空き地では、春風が桜の花びらを運んでくる。片手で舞い上がる前髪を押さえながら、こっちに背を向けて待っていたのは、信子だった。
足音を聞いて彼女が振り向いた。メガネはかけていなかった。でもそれは、近視対策ではなく、人の目を見るのを避けるためだった。
「ごめんなさい」
沈黙は数秒だけ、先に口を開いたのは信子だった。
これで終わりなんだろう、僕には分かっていた。時間は何も癒やさない、ただ風化の跡を残すだけだ。そんな歪んだ残骸を前に、僕も彼女も自分を欺くことなどできなかった。
変化する世界の中には、変わらざるを得ない関係もあるだろう。二度と取り戻せないほど壊れてしまうものも、きっと存在する。
僕も信子も、関係が壊れたことで負った傷を抱えているから、分かるんだ。
だから、変わりたい、それに相応しい関係を築けるようになりたい、そう決心した。
「いいえ、謝るべきはずの人はずっと僕のほうだ。ごめんなさい、信子」
「…何で?どうして?海月くんは何も悪くない。あんな言葉を口にした私こそが謝るべきだ」
「君はただ、勝手に信頼を寄せていた人よりも、目の前の友人との絆を選んだだけだ。勝手な期待が裏切られて失望した、僕の行動はそんな子供じみたものだった」
「違う、それって嘘なんだ。私、海月くんのこと全然嫌いじゃなかった。たとえ嘘でも、私はあなたを裏切ったんだから」
「子供っぽいことをしたのは、私の方だよ」僕をまっすぐ見つめる彼女の目には、苦味がにじんでいた。
謝罪は僕にとって自己満足に過ぎない。罪悪感に縛られ、「ごめんなさい」と口にする前に勇気を振り絞り、悩み、嘆く、それだけのこと。
傷つけられた側こそが一番苦しいのに、加害者はたった一言で満足を得てしまう。
でも、謝罪の言葉を口にしなければ、自己罰の第一歩すら完了できない。信子に罪悪感を抱かせたのは、最初から未熟だった僕であり、彼女に謝らざるを得なくさせたのも僕だった。
だから僕は言わなければならなかったし、聞かなければならなかった。
「うん。じゃあ、僕は君を許す、信子。君も僕を許してくれるかな」
「うん…分かった。私も…海月くんを許す」
もし責任を問うなら、どちらも未熟だったのが間違いだろう。でも、もうそんなことはどうでもいい。僕と彼女の謝罪は、とっくに朽ちた棺の蓋に釘を打たれている。
黒い髪は束ねられておらず、前髪の間から鋭い目が不機嫌そうな印象を与えていた。昔、この目はいつも僕を惹きつけていたし、今も変わらない。
骨肉に例えるなら、かつて僕が親密と定義し、信頼を寄せていた関係は、今の僕らを結ぶただ痛みに震える皮一枚だ。
些細なことで互いを傷つけ合い、関係の断絶でそれぞれ心を痛め、最後には取り戻せないと悟って暗澹たる思いを抱いてきた。これは、僕がどうしても受け入れられないことだった。
信子も僕も、お互いを傷つけたことを笑って済ませられないと分かっている。だからこそ、僕は彼女との関係を諦めきれないのだ。
この関係を手に入れ、持ち続けたいという思いも諦められない。少なくともその時までは欲しい、その時までは諦めきれない。
だから。
その美しい目は、今にも涙があふれ出しそうだった。閉じる前には期待と恥じらい、悲しみがあり、最後には諦めがあった。
『これで終わりなんだろう』
『うん』
沈黙が寄せては返すまなざしに染み込み、二人の間に広がった。こんな風に言葉を交わし、もがきながら、結局は涙にも言葉にも耐えきれなくなった。
これから僕たちは別々の道を歩み、見知らぬ他人と変わらないだろう。ならば。
「初めまして…いや、これも変か。久しぶり…いや、久しぶりに話す、って感じかな。信子」
「……?」
「人はよく、殴り合って仲良くなるって言うよね」
理解できず、彼女は私の意図を汲み取れなかった。でもそれでいい。私はゆっくりと信子に近づき、そっと彼女の目尻の涙をぬぐった。
そして、すぐ目の前の彼女に。
拳を振るった。
「……っ!」
力は強くなかったので、少しよろめいた信子はすぐに姿勢を立て直し、少し腫れた頬に手を当て、訝しげな顔で僕の続きを待った。
「ここまで言ってもわからないなんて、僕たちも成長したんじゃないかな、信公」
「信公…?」
「あの後、僕はたくさん考えたんだ。関係の修復なんて、最初から不可能だったって」
「そう…だね」
「だから、もう一度始めよう。殴り合いという形で」
「殴り合い…?」
僕は一歩前に出た。信子の表情の疑念が次第に「この人本気か」というものに変わっていった。それでも、悲しみは少しずつ表情から剥がれ落ちていった。
「そう、その通り。だから拳を振るおう、カモン!」
「いや、それはちょっと…」
「大丈夫だよ、拳で語ろうぜ、信公!」
「だからその呼び方…ああ、分かったよ!」
「えいっ!」ぐにゃりとした掛け声と共に、左の頬に衝撃が走り、それに応じる鈍い痛みが広がり、思わずよろけて尻もちをつきそうになった。
「あっ、ごめん、つい力が入りすぎちゃった」
「うっ…大丈夫」
「そ、そうなんだ」
「会えて嬉しい」
「…うん、私も」
差し出された彼女の手を、少しためらってから握り返すと、ほんのり温かい感触が伝わってきた。
厄介で歪んだ性格、この点は僕たちに共通しているからこそ、笑って済ませることも、自分を許すこともできない。だから、これからすれ違っていく人生にも同じように胸が締め付けられる。
だから悩みは尽き、涙は枯れ、自分への罰は謝罪という第一歩を終え、残りは相手に委ねる拳だけだ。
「いかにもあなたらしいね、殴り合いでまた始めるとか」
「ハハ…」
信子は呆れたように笑いながら、柵の上へ、どこか陰鬱に広がる空を見上げた。彼女の視線を追いかけるように、僕は口を開いた。
「あの後、あの二人とはどうなったの?」
「ああ…一人はあんなこと言うんじゃなかったって責めてきて、それで喧嘩になっちゃった。結局、付き合わなくなった」
「それは災難だな」
「ふふっ…」
「ハ、ハハハ…」
肩をすくめると、目が合って気まずそうに笑った。左の頬に鈍い痛みが走る、彼女は結構本気で殴ってきたんだな。
「それで、これから僕、部活があるんだけど、璃茉もいるし、あなたも部活入ってないよね。来る?」
「うん、いいよ。どんな部活?」
「文学部」
「うん…え?文学部って、あの藍咲先輩の文学部?」
「そうだよ」
「プレイボーイ」
「……」
そうして、二人は沈黙の中、部室へと向かった。
階段を踏み上げると、その空き地に背を向け、湿り気を含んだ風が吹きつけてきた。雨が降りそうだ。
部室のドアをノックし、中に押し入った。二人が視線を向けてきた。
「おかえり…どうしたの?」
「……」
「色々あったんだ」
腫れた僕の左頬を見て、先輩の顔に笑顔や考え込む表情以外のものが浮かぶのを、おそらく初めて目にした。
璃茉は既に早足で僕の前に歩み寄り、手を伸ばして触れようとしたが、その手は中途で止まった。彼女の当惑した表情を見て、僕は誤解がさらに膨らむ前に本題に入ることにした。
「とにかく、お二人が想像なさっていることはご心配なく。それで、先輩にご紹介したい方が一人います」
手招きして信子を部室に入れると、いつの間にかメガネが再び顔にかかっていた。なんでこの二人は人見知りがこんなに激しいんだろう。
入り口を曲がった途端、彼女はうつむいて頭を下げた。璃茉はもう気づいていたようで、表情は驚きに満ちていた。
入り口を曲がるやいなや、彼女はうつむいて深々と頭を下げた。璃茉はもう気づいたようで、表情が一瞬で驚きに変わった。
「は、初めまして…私、海月くんと同じクラスの明見 信子です。よろしくお願いします」
「信子…姉さん」
そのあと信子が顔を上げると、殴り合いの後に残った赤みがかった跡が、当然ながら二人の目を逃れるはずもなかった。
「本当に何があったの…」
璃茉の表情は驚きから呆れに変わり、先輩は諦め笑いを浮かべて私たちを席に招いた。
少し落ち着きを取り戻した璃茉は、信子を見つめた。
「正面から話すの、久しぶりだね、信子姉さん」
「うん、会えて嬉しい、璃茉」
「顔の傷、大丈夫?」
「あっ…平気だよ」
訊かれて少し困った様子の信子は、なぜか僕を見て、また少し罪悪感を覚えたように目をそらした。
こっちを見てきた璃茉は、ため息をついて、一番気になることを尋ねた。
「とりあえず、なぜ二人とも顔にケガをしているのかは聞かないとして、兄と信子姉さんはもう仲直りした、そう考えていいの?」
「…どう思う?」
「僕に聞くのか。あえて言うなら、そうだな」
「……」
ホッとしたのか、それとも長く押し殺していた感情が一気に溢れ出したのか、「よかった」という言葉と共に、璃茉の目尻が潤んだ光を帯びた。
そっと泣きじゃくる彼女を抱きしめ、信子が耳元で優しく慰めた。
これでいい、これでよかった。
「八鳥くん」
その時、顔をこちらに向けず、長く黙っていた先輩が僕に声をかけた。
「具体的に何があったかは、聞かないようにする。ただ教えてほしい、その傷も含めて、これはあなたの選択の結果なの?」
「はい」
「そう。じゃあ、質問を変えるね。あなたはこれで満足なの?」
「…そうかもしれない」
「それなら良かった」
満足とは一体何を指すのだろうか。今三人が再び一緒にいられることか、それとも僕の選択がこの関係を失わせなかったことか。僕は知り得ない。
僕の目をまっすぐ見つめ、藍咲先輩は優しく微笑んだ。




