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  作者: korudo
和解と出会い
15/18

15日の昼間 泥水の下

 桜はもう咲き競い、窓際のこの席は、ときおり春風の贈り物を受ける。弁当布に舞い落ちた桜の花びらを軽く払いながら、誰かを待つ。


 渡辺(わたなべ)さんは友人との短い言葉を交わした後、こちらの方へ歩いてきた。約束通り、報告の時間だ。


 なんだか私立探偵ごっこをしているような錯覚に襲われる。そう考えていると、目の前の渡辺さんが小さく深呼吸して口を開いた。


八鳥(やとり)くん、あの…この間お願いしたこと」

「はい、覚えてる。茂真(しげま)の落ち着いた様子が、一年の女子たちに好評だった」

「…」

「彼、顔立ちは元から整って、静かになったことで何か彼女たちを惹きつける要素が増えたのでしょう」


 渡辺さんの表情からは失望が溢れ出ている。それを無視して、僕は報告を続けた。


「でも茂真はあんまり楽しんでないみたい」

「そうなの」

「間違いなく。本人曰く、あの子たちはみんな渡辺さんに及ばない、と」

「そ、そうなんだ。へー」


 彼女は少し恥ずかしそうに、指先で横髪をいじりながら、薄らと赤らんだ頬は平静を装おうとしても喜びを隠しきれなかった。


「じゃ、ありがとう、八鳥くん。今度またお弁当ごちそうするね」

「ちょっと待って、渡辺さん」

「ん?どうしたの」

「僕は君らのことには深入りしないつもりだ。だからこの言葉は聞き流していい」

「はぁ…」

「気持ちが確かなら、伝えたほうがいい」

「え…あ、うん。わかった」


 そう言って渡辺さんに会釈すると、僕は後ろのドアへまっすぐ歩いていった。この関係をどう定義するかは結局彼らの選択で、僕にできるのは提案をすることだけだ。


 しかしおそらく僕は、自分以外の誰かが大切なものを手にする機会を逃すのを見るのは耐えられないのだ。


 特別棟へ向かう。図書室から最も近い部室が、文芸部の場所だ。


 ドアをノックして開けると、璃茉(りま)と先輩はすでに食事の最中だった。話は僕の入室で中断され、先輩は僕に微笑みを向けた。


「おかえり、八鳥くん」

「こんにちは、ご無沙汰しております、藍咲(あいざき)先輩」

「…?ご無沙汰?」


 ほんの昨日、同じ場所、同じ時間に会ったばかりなのに、なぜかこの言葉を言いたかった。


 璃茉の少し不満げな視線を無視して、本やフォルダーで埋め尽くされた書架の一角へ —— そこが僕の定位置だった。


 弁当箱を開け、二人の話題が再開すると同時に食事を始めた。ぼんやりと耳に入ってくる会話は、二人が共に読んでいるラブコメラノベルのことばかりだった。


 思わず顔を上げると、なぜか璃茉もこちらの方を向いていた。正確に言えば、僕の弁当箱の中の天ぷらをじっと見つめていて、目が合ったのを気にして彼女は顔を背けたが、それでも横目でまだ天ぷらから目を離していなかった。


「はあ…どうぞ」

「おお、兄大好き」

「それはごぼう天ぷら?風見(かぜみ)ちゃん、半分の唐揚げと半分の天ぷらを交換しない?」


 先輩は僕が差し出した天ぷらを見て、そう提案した。流れに乗って、自分の弁当から半分に切った唐揚げを箸でつまみ、璃茉の方へ向けた。


「ほら、あーん」

「えっ、いや…その…」

「あっ、そうか。箸に唾液がついてるからね。ごめんね、風見ちゃん」

「違う、そういう意味じゃなくて…」


 先輩が箸を引っ込めようとするのを惜しむような目で見つめながら、璃茉は慌てて言葉を探し、結局覚悟を決めてその唐揚げを口にした。


 うつむいて咀嚼する璃茉の横顔は真っ赤で、微笑む先輩の顔には慈愛が溢れていた。


「ふふっ、美味しい?」

「…うん」

「じゃあ次は風見ちゃんの番だね。あーん」

「えっ?!」


 先輩は口を開けて璃茉からのお返しを待っていた。後者は少し当惑しながら、顔を赤らめて僕の方を見た。いや、僕を見ても仕方ないだろう。


 僕はうつむいて諦めるように合図した。


 璃茉はゆっくりと天ぷらを箸でつまみ、そっと先輩の口元へと運んだ。


「ん~、美味しい」

「せんっ、先輩が気に入ってくれたなら良かったです」


 幸せそうな先輩を見つめ、璃茉は少し恥ずかしそうにうつむいた。先輩の唾液が付いた箸を見て、思わずごくりと唾を飲み込んだ。


 これってさ…男子高校生かな。


「今日の弁当も八鳥くんの手作り?」

「はい、カレーは昨日の残りで、天ぷらは今朝揚げ直しました」

「へえー、家庭的な男の子ね。うーん…」


 僕に感心しながら、自分の弁当箱を見つめた先輩は一瞬考えてから、やはり唐揚げを一つつまみ、僕の方へ差し出した。


「ほら、八鳥くん。あーん」

「……」

「あっ…」


 先輩の独特な平等主義からなのか、僕にも「あーん」を要求するようだ。まさかとは思うが、これも相互的なものらしい。


 その様子を見ていた璃茉は、なぜか僕と先輩の間を見つめ、少し寂しそうだった。


 特に断る理由もないので、先輩の箸に触れないように気をつけながら、唐揚げを一口で食べた。普通に美味しかった。


「美味しい?」

「うん」

「じゃあ、私もカレー味見したいな。いい?」

「どうぞ」

「ありがとー。それじゃ、あーん」


 やっぱりね。ただ、カレーみたいな半液状の料理であーんするのは、確かに技術がいる。カレーの中のジャガイモを掬い、その上にご飯をちょっと載せて。


 この僕が「ミニカレーライス」と名付けた高度な技術の産物を差し出すと、先輩は躊躇なく箸を含み、一口で食べた。


 今度も幸せそうに「ん~」と声を漏らしてくれて、気に入ってくれたなら良かったです。璃茉から向けられた、どこか恨めしげな視線を必死に無視しながら、僕は弁当の残りを食べようとした。


 その時、箸が一本伸びてきて、僕の残りわずかなジャガイモを二つ奪い去った。


 栄養豊富なオーガニック・カレーポテトを、璃茉が一気に二つもたいらげた!


 璃茉は顔をそむけ、むくれている様子だった。


 そうして、お昼休みはふざけ合いと、僕の栄養失調の危機の中で過ぎていった。


「先輩、この前話していたあの物語、今のうちに話しておきましょうか」

「うん。覚えてるよ、差し支えなければ聞かせて」

「……」

「璃茉も、知りたいでしょ」

「うん…」


 弁当箱を片付けている二人にそう言うと、反応の異なる二人は静かに僕の続きを待った。


 僕、信子(のぶこ)、璃茉の三人は、岩見沢で共に生まれ育った。璃茉とは元々親戚同士で、信子と知り合ったのは小学生の頃。彼女の「明見(あけみ)」という名字とは対照的な陰気な印象に、僕は興味を惹かれたんだ。


 きっかけは僕の方から話しかけたことだった。最初は彼女の少し鋭い目つきに戸惑ったけれど、話してみると彼女も周りの他の子供たちと変わらないことに気がついた。


 友達を欲しがりながらも、人見知りの性格から知らず知らずのうちに目つきに力が入ってしまっていた。話を進めるうちに、お互いの家がほんの一歩の距離にあることが分かった。


 生徒数が多くない学校で、僕たちはずっと同じクラスだった。もともと隣人の璃茉も入学後に加わり、三人の小さなグループを形成した。登校、休み時間、昼食、下校。春夏秋冬、6年間を共に過ごした。


 共に過ごす毎日は、僕にとってかけがえのないものだった。大人になっても、ずっと一緒にいられるだろう、そう信じていた。


 あっという間に時が過ぎ、一歳年上の僕と信子は璃茉より先に中学校へ進学した。幼かった僕たちにとって、町外れにある学校は何もかも新鮮に映った。


 生徒数が増えるにつれて周囲の人数も多くなったが、それでも僕らは同じクラスに振り分けられた。


 昔の僕は比較的明るい性格で、自分から積極的にはしなかったものの、自然と話せる友達が何人かできた。でも、僕はあまり気にしていなかった。僕にとっては信子と璃茉さえいれば、他に友達なんて必要なかったから。


 でも、信子は違った。


 彼女は一貫して友達を欲しがっていたが、性格的になかなか一歩を踏み出せずにいた。だから、新しい環境を機に初めて自分の交友関係を広げようと試みたんだ。


 そんな彼女を、僕はもちろん応援していた。


 横から話を合わせたり、会話の橋渡しを手伝ったり、最初はいろいろと失敗もした。でも、こうして二人で何かを試みること自体、僕も楽しんでいた。


 結局、信子の努力で二人の友達ができた。自分の交友関係を持った彼女は、当然ながら僕や璃茉と三人で過ごす時間が少しずつ減っていった。


 町外れの学校へ通うため、僕たちはいつもバスを利用していた。一番早起きな僕がバス停で二人を待つのが、中学に上がってからの日課になっていた。最初に到着するのはいつも信子で、その次に璃茉がやってくる。


 信子を待つ間、僕は道端の畑で働く人々を眺めていた。璃茉を待つ間、信子が友達との出来事を楽しそうに話すのを聞いていた。


 三人でバスを待ち、乗車しながら、それぞれが自分の日常を語り合った。


 学校に着くと、三人はそれぞれ別々の方向へ向かう。


 当時の僕は、たとえ自分の居場所があったとしても、やっぱり信子や璃茉と一緒にいたいと思っていた。ただ、現実には学年の違う璃茉とは校内でなかなか会えなかった。


 だから、僕は信子とその二人の友達の輪に入ろうと試みたんだ。


 最初は異性である僕が入ることで押し付けがましくなったり、嫌がられて信子まで嫌われるんじゃないかと心配した。でも、意外にもあの二人は簡単に僕を受け入れてくれた。


 性別の違いはやはりあるものだ。話についていけなかったり、何の話をしているのか分からなかったり、そんなドタバタも時々あった。笑顔でごまかし、冗談を飛ばされ、気まずい空気もいつしか笑いに包まれた。


 信子がいるから、僕はやっぱり楽しかった。


 信子に意見を聞いてみると、彼女も同じように楽しんでいるという返事だった。


 こうして続いていけるんだろうか、この無条件の、子供の頃からの親密な関係が。大人になっても、僕らは笑い合っていられるだろうか。


 そんな期待を抱きながら、高校三年生になり、二学期を迎えた。


 秋真っ盛りの頃で、一週間後は学園祭だった。放課後の教室はその前夜祭のような浮ついた雰囲気に包まれていた。僕は信子と彼女の友人と一緒に、教室が僕らだけの空間になるまで話し込んでいた。


 話題はいつの間にか僕に向けられ、そのうちの一人が遠回しに褒め言葉を投げかけていた。もう一人もそれに合わせて、信子もおそらく同意していたのだろう。


 居心地の悪さを感じつつも、僕は笑顔を向けていた。


「本当だよ〜?ほら、笑顔可愛いじゃん〜」

「そうそう、信子ちゃんもそう思うでしょ?」

「あ、うん。私も…そう思う」

「え〜?信子ちゃん照れてる〜。あっ、もしかして信子ちゃん好きなの?八鳥くんのこと」

「マジで〜?」

「ち、違うよ、そんなこと…」


 異質な空気が漂っていた。友達同士で誰が好きかからかうのはよくあることだけど、お互いが話題の中心にいるとなんともやりきれない気分になる。


 だから僕は遠回しに二人を止めるように言った。


 彼女たちは悪い人じゃない、むしろそれが信子が彼女たちと友達になれた理由の一つでもあった。だからからかいはぴたりと止んだ。


 話題が再び僕に戻り、普段の僕の行動や言葉について話すうちに、一人の視線がなぜかべとつくような不快感を覚えさせた。


 商品を評価するような言葉が信子の沈黙の中で交わされ、もう一人が僕に飲み物を買ってくるように頼んだ。


 求めていた切り抜けのチャンスに、僕は快く応じた。


 教室に戻ると、話題はすでに切り替わっており、今度は僕を貶すような内容になっていた。


 後ろのドアのそばに立っていた僕は彼女たちに気づかれていなかった。具体的な言葉は頭の中でぼやけている。おそらく、覚えたくなかったのだろう。見た目から笑顔、話し方まで、さっき褒められていたすべてが、飲み物を買ってこいと言った彼女()によって否定されていた。


「あなたもそう思うでしょ?」


 まるで共感を求めるように。


「う、うん、そうだよね、あんなの誰が好きになれるもん。ねえ、信子ちゃん」


 もう一人()が横でうつむいて黙っている信子(慰め)に共感を求めた。


「えっ、あ…その、私…」


 信子が上げた顔は苦渋に満ちていた。肯定から否定への急転、その理由は僕にも分かっていたし、動機も理解できた。要するに、思春期の恋愛において、ライバルを牽制する手段に過ぎなかったのだ。


 彼女たちの僕に対する感情は、投げかけられる視線だけで分かった。


 歪んだ所有欲、恋愛対象としての価値判断、そんなくだらないことが、こんなくだらない理由で繰り広げられていた。


 だからどんなに辛辣な言葉でも、僕が気にかけていない人からなら気にも留めない。


 だからせめて君だけには否定してほしかった。嘘でも本当でも、君にだけは嫌われたくなかった。


「言われてみれば…そうね、あんなの…私も、嫌い、あんな人」


 そう言いながら信子が後ろのドアの方を見ると、驚愕が彼女の顔を真っ青に染めた。沈黙が彼女と、一緒に視線を向けた二人の間に広がっていった。


 ドアの前に買ってきたジュースを置くと、僕は砕けた期待から逃げるように去った。


 最初は足が鉛のように重かったが、歩幅を広げるにつれ、やがて走り出した。誰もいない廊下には孤独な足音が響き、秋の涼しい空気が疲れた肺を乾かして痛んだ。


 8年ぶりに一人だけの放課後、バス停の上には日没の空が広がっていた。


 前から声がして、車のドアを開け、歩いた。


 車の中から見た夕焼け空、心と比べて色は鮮やかだった。


 それは憎らしいほどに。


 家までずっと、ゆらゆら心は揺れていた。「ただいま」とリビングから顔を出した母に応え、制服を脱がないまま部屋に戻った。


 二時間ほど眠った後、目を覚ますと、涙が溢れていた。


 いったい何が嫌われたのだろう、もしあんまり楽しそうな笑顔を減らしていたら、もし彼女たちのことをもっと理解していたら、もし…


 頭の中には数えきれないほどの「もし」が渦巻き、苦い後悔が口の中に流れ込む涙に染み渡った。


 これは正しい考え方じゃない、僕には分かっていた。信子は本当に僕を嫌っているわけじゃない、向けられた目つきで分かる。僕たちの間には間違いなく親密さがあった、共に過ごした日々の記憶がそう告げている。


 僕は愚かな感情の中で被害者役を押し付けられただけで、解くべき誤解さえ存在せず、ただ明日信子にはっきり話せばいいだけだった。


 信子に伝えよう、僕が知っているのは、これが未熟さから来るものだということだ。もしあの二人との交友関係を続けることで信子が傷つくなら、やめるよう勧めよう。


 そうすれば、この関係のひび割れも修復できるだろう。


 学校を休んだ、だけど朝制服に袖を通した。


 昨夜食べられなかった夕飯を無理やり口に詰め込み、昨日の夜聞き逃していた —— 仕事の都合で札幌へ引っ越すことになるという両親の話を聞きながら。


 風見家へ行き、引っ越しの挨拶を親戚にするためだった。久しぶりの顔ぶれ、初めて見た顔ぶれ。


 心ん中綯交ぜで、軽い会釈は上手くできてたかな。


 和室で座る椅子、布越しでも冷たくて。


 バス停へ向かう途中に自動販売機があり、コーヒーを一缶買った。味がしないそれを飲み干してく度に時間は去ってく。


 前から声がして、車のドアを開け、歩いた。


 別れは近づく、バス停は吸い込まれてく。止められないほど溢れたのは汗か涙かわかんない。


 広がる快晴な空が窓の向こうでどこまでも広がってた。


「つまり、こんなことがあってしまいました」

「……」

「……」


 放課後の教室で起きた会話から僕が逃げ出すまでの出来事を話した。物語は短かった、たった十数分の間に起きたことだから。


 それを聞き終えた二人は黙り込んだ。璃茉は言葉にしがたい複雑な表情で僕をまっすぐ見つめ、先輩は苦々しい無理やりな笑みを浮かべて窓の外の遠くを見つめていた。


 しばらくして、改めて僕の方を見た先輩が口を開いた。


「八鳥くんが信子って呼んでた人、風見ちゃんも知ってるの?」

「はい。三人で知り合ってたのは8年ぐらいだと思います」

「…」


 先輩から確認の視線を向けられた璃茉が無言でうなずいた。すると先輩は再び口を開いた。


「じゃあ八鳥くんが私にこの話をしたのは、どんな意見が欲しかったの?」

「まあ、だいたい予想はついてるんですが、やっぱり聞いてみたいんです。先輩は、僕たちの関係は元通りに修復できると思いますか」

「うーん…たぶん、無理だと思う。だって二人はもう一年近くも話してないんでしょ?私から見たら、それはもう絶交状態だよ」

「やっぱりそうですか。じゃあ話題を変えましょう。もし先輩が同じ立場だったら、どうしますか?」


 否定しつつ、先輩は二つ目の質問にしばし考え込んだ後、僕を見た。


「私はこの質問には答えられないな。この関係はあなたちのもので、これからどうするかは、あなたちだけが答えを出せることだから」

「なるほど、分かりました」


 人間関係に対する認識は個人ごとに孤立していて、対処の仕方も当事者だけが答えを出せるもので、他人の言葉は微塵も影響しない。これは僕が一貫して持っていた考えだった。


 まるで僕自身が出しそうな答えで、少し驚いた。もし先輩が本当に彼女が与える優しい印象そのままなら、こんな答えの中に僕と似た冷淡さをにじませたりはしないだろう。


「…兄」


 さっきからずっと黙っていた璃茉が、ここで口を開いた。彼女の目には痛みと罪悪感があり、口元は苦い感情で歪んでいた。


「信子姉さんと仲直りしたいのは、私のため?もしそうなら、無理しなくていいよ。私は、これでいいから」


「これでいいから」そう言う璃茉の表情に、揺らめくような儚い笑みが浮かんだ。関係への未練、その未練が生んだ現実への罪悪感が、その笑みを歪ませていた。


 そんな璃茉を見て、先輩の表情は悲しげだったが、どうすることもできずにいた。


 僕も笑っていたかもしれない。でも心の底から嬉しかった。だって、僕たちの関係に対する答えを見つけられたんだから。決裂して、腐って、憎しみにまで発展する、そんな結末以外のものにたどり着いたんだ。


「ありがとう、璃茉」


 僕の答えのせいか、笑顔のせいか、二人とも驚いた様子だった。でも、それは無視した。


「大丈夫、今日の放課後、信子を君の前に連れてくるから。もちろん元通りには戻れないだろうけど、これから三人でそれ以上に親しくなれるって約束するよ」

「…うん、分かった。信じてる」


 疑問は残っていたが、璃茉はそれでも信頼を託すことを選んだ。目尻の涙をぬぐい、彼女の笑顔に期待がこもった。


 その時、そばで黙っていた先輩から、強い視線が注がれた。無視できず、思わず先輩と目が合った。


 これは多分、僕が初めて先輩の目をきちんと見つめた瞬間だった。それだけで先輩の表情はより喜びに満ち、その視線には僕への関心と観察が包み隠さず込められており、まるで僕を見透かさんばかりだった。


 奇妙なことに、僕はそれに対して嫌悪感を覚えなかった。


「八鳥くん、あなたって本当に面白い人ね」


 昼休み終了のチャイムが鳴り響く中、この言葉が本当に僕の耳に届いたのかどうか、確かなのはただ一つ、その一瞬の藍咲先輩の、あまりにも美しい笑顔から僕は目を離せなかったということだけだった。

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