15日の朝 僕と彼女、彼と彼女
「おはよう」
「おはー」
こんな日常もすでに慣れっこだ。相変わらず朝の挨拶をして洗面所へ向かう璃茉と、キッチンで朝食の準備をする僕。
お気に入りのエプロンを外し、リビングに戻ってきた璃茉と食事を始める。
「兄」
「何」
「今日も弁当ある?」
「残りカレー」
「王道だね」
「だろ」
「ふふふ~じゃあ今日の昼も一緒に食べられるね」
一緒に食事をする相手は言うまでもない。先輩は普段一人で部室で食べているようだが、僕の知らないうちに、璃茉と先輩は毎日一緒に昼食をとる約束をしていたらしい。
これでいいのだろうか、里奈さんを置き去りにして。まあ相手にも自分の交友関係があるだろう、僕が知らないだけだが。
「あ、そうだ。先輩が兄も来る?って聞いてたよ」
「遠慮する。昼飯の時間は、神聖なんだ」
「はーい」
言葉にはならない期待が、璃茉の表情を普段の無機質さから一変させた。ごく稀に、彼女はこんな表情を見せる。
窓の外を見つめる彼女は、まるで夕食に揚げ物が出ると知ったかのように、少女らしい笑顔を浮かべていた。
いや、それは期待とは少し違う。言うならば憧れ、どこかで見覚えのある他人の表情に似ている。
「…璃茉」
「んー?」
「先輩のことどう思ってる?」
「超優しいお姉さんで、それにすごく綺麗」
「そうか」
人間同士が関わると、必ず何らかの反応が生まれる。反応色は様々だ。たとえ同じ人間性でも、触れ合う相手が変われば反応も変わる。まるで多彩な花火のように、全く異なる色を導き出す。
それは眼底に焼き付いた烙印であり、人生という線の上で、「他人」という存在と接触した後、振り返った時に見える異色の点であり、その残る温もりが、人への印象となる。
僕はずっとそう信じてきた。あるいは、信じざるを得なかったのだ。
優しさ、包容力、平穏 —— これは短い時間のふれあいの中で、藍咲先輩が璃茉の心に残した印象だ。
一人でいることを受け入れ、話題が交わせる —— これだけの単純な行為でさえ、相手が他人である場合、璃茉にはなかなか成立しえないことだった。
数時間のふれあいでは、璃茉の他人に対する境界線は消えない。それでも感受性の強い彼女が先輩という存在を受け入れた。
三人で同時に過ごした時間は短いが、僕にも先輩が璃茉を気に入っていることはわかった。
だが相手の言葉が冗談であろうとなかろうと、璃茉はその優しさに身を委ねることに固執している。
恐らくこの独特な距離感も、彼女の傷に由来するのだろう。
ジャムを塗ったトーストにかじりつき、幸せそうな表情の璃茉を見て、「彼女を傷つけたくない」という思いが湧いた。たとえ肉親であれ、自分以外の人生に干渉することが果たして正しいのか、同時にそんな考えも浮かんだ。
答えは見出せぬまま、登校の時間が訪れた。
「璃茉」
「なに?」
「やっぱり昼飯は一緒に食おう」
「そう」
「信子との件が終わるから、やっぱり経緯を話そうと思って」
「うん、待ってる」
柔らかく微笑む、その小さな彼女の姿は、いつ振り返っても同じだった。やはり、こんな璃茉が傷つくのは見たくない。
正しいかどうかは、もう重要ではない。少なくともこの時間だけは、手に入れたいと思う。
金曜日。教室の空気にはかすかな解放感の予兆が漂う。今日の放課後の遊び場、女子グループへの誘い、そんな興奮に満ちた談笑が教室を満たしている。
「おはよう」
「おぉ」
「くらげおっす、昨日は助かったぜ」
「殺す…」
珍しく静かな茂真はさておき、なぜ田中までくらげ呼びを始めたのか。そしてなぜ佐藤はまだ殺意を向けてくるのか。
君らいったい何を言いやがった。
田中と佐藤、それに茂真以外の男子たちが話している。いじめられてるのか?いじめは良くないぞ、そう思いながら『実妹生活』を開く哀悼の意を込めて。
「くらげ、ちょっと話せるか?」
「…承知」
教室の一角へ移動する。昨日の合コン前の、あの話題の続きだろう。深く息を吸い込んだ茂真は、苦笑いを浮かべて僕を見た。
「結局、お前の言う通り、ついあの子たちと葵を比べちゃってさ」
「そうか。何を比べた?」
「あの子たちに目で追われてる時、つい思っちゃうんだ。葵はこんな目で見ないって。話してる時も相手の反応をそこまで気にしなくていいとか。いろいろ考えた」
人間には「眼差し」というものがある。たとえ言動がどれほど純粋に装われていても、目の中の何かを求める意図は露わになる。
おそらく渡辺さんと過ごした日々は楽しく純粋だったのだろう。だから同じ異性の存在に出会うと、無意識に彼女たちの一挙手一投足を比較材料にしてしまうのだ。
彼女の顔の方が可愛く、声の方が心地よく、髪の毛の方が柔らかい。その先には、一緒にいてより楽しく、共通の話題が多く、あるいは単純に知り合ってからの時間が長い。幼なじみとは、かくも不思議な存在だ。
「自分の感情が確かなら、そのまま伝えるのが一番だ」
「あ、うん。わかった」
僕らの間にはこんなに真剣な空気は滅多になく、少し照れくさそうな茂真が僕らの表情を見て、こくりとうなずいた。
親しい存在ほど、好意を伝えることは難しい。親に迷いなく「愛してる」と言える者は少ない。ましてや血縁ではなく、名付けられた「関係」で結ばれた他人なら尚更だ。
ただの「失いたくない」という言葉、あるいはもっと単純な「嫌われたくない」という一言でさえ、一つの心を救い戻すには十分なのだ。
相手を嫌っていないなら、そうしない理由はない。




