わざと、知らないふり
「うわー、なっつこの写真」
自分の横でそうつぶやくのは幼馴染のナツキ。
自分たちはぬるい空気が漂う部屋で、一冊の本に目を通している。
「これ9歳ぐらいだっけ?ミナトはあんまり変わらんねー」
それは古いアルバム。
昨日押し入れの掃除をしたときに見つけたものだ。
子供のころの写真がいくつも張られており在りし日の思い出を物語っている。
自分はいつものように部屋に遊びに来たナツキにアルバムを見せていた。
小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあり、常に一緒に遊んでいた。
そのためそこそこの頻度でナツキも映っている。
ナツキはページをめくり知っている写真をみつけては過去の思い出を語っている。
写真にはいろいろな場所が映っている。
近所の公園、入学式用に飾り付けられた校門、運動会で人がごった返す校庭……。
「あ、ここなつかしー。よく行ってたよね」
だが一番思い出深かったのは車で30分ほどいったところにある海の写真だ。
海は太陽の光でまばゆい青色に輝いている。
所々にぽつんと映っている雲は青い空にきざみつき、立体感さえ感じさせる。
そしてそれらを背景にピースサインを向ける少年と少女。
写真に写っている景色は在りし日の、懐かしい記憶を蘇らせる。
ここは近いこともあり、よく自分とナツキの家族で出かけていたところだ。
子供のころは単純なもので海にくれば大はしゃぎで泳いだり、水を掛け合ったりしていた。
幼稚園から小学生までの頃はよく行っていた。
高校3年生となった現在では部屋でそのころの写真を見返している通り、すっかり過去の思い出の場所となってしまったが。
「……そういえばさー」
不意にナツキがつぶやく。
「どうした」
「私たちさ、小5ぐらいのころにこの海で約束したことがあるんだけど」
「え、そうだっけ」
ナツキから言われ、自分は過去の記憶を思い出してみる。
言われてみればなにかいったような気もする。
しかし内容がどうにも思い出せない。
「……なんだっけ」
ナツキは一瞬残念そうな表情をした後
「ま、私も詳しく覚えてないけど」
そう言っていつものようにいたずらっぽく笑った。
「なんじゃそりゃ」
相変わらず不思議な奴だ。
それにしても自分はなにを約束したんだろうか。
まあ覚えていないということは大して重要ではないことだろうが。
そう思いながらちらりとナツキを見る。
ナツキは海の写真をみて物憂げな表情で思いをはせているようだった。
その姿を見た瞬間思い出した。
ああ。確かに自分は約束していた。
あれはいつものように海に遊びに来ていたときのこと。
小5にもなりはしゃいで遊ぶのになんとなく恥ずかしさを覚え、昔のように二人で行動することも少なくなってきたころだった。
空に夕日が浮かび、そろそろ帰ろうかというころ。
ナツキの姿が見えないため探して歩き回っていた。
ナツキは少し離れた浜辺に座り込んでいた。
物憂げな表情をうかべながら、地平線に沈みゆく夕日を眺めていた。
どうしたの、と聞いた。
ナツキは視線を前にむけたまま
「いつまで、こうしてられるんだろうなーって」
そうぽつりと呟いた。
小5にしては大げさと今でも思うが、確かにわからなくはなかった。
今でも親交は続いているが、海に一緒に行くこともなくなった。
一緒に通学することも、ごはんを食べることもなくなった。
このころもだんだんと一緒に遊ぶことが少なくなってきたころだった
成長すれば、確実に関係性は変わっている。
そのころのナツキはそれを感じ取っていたのかもしれない。
だから寂しくなってしまったのだろう。
当時の自分はそんなことつゆ知らず、かといってナツキが悲しそうなのが気になり。
「別になんも変わらないよ」
そんなことを口走っていた。
「なんで?」
「……なんとなく?」
「ふーん」
静寂がながれた後、自分は再び口を開いた。
「じゃあ、寂しくないように……」
自分も半分ほど沈み込んだ夕日を眺めながら
「いつまでも隣にいるからさ」そう言った。
自分の言葉を聞いたナツキは一瞬照れたような表情を浮かべたあと
「……約束ね」
とうれしそうにほほ笑んだ。
思い出すととてつもなくこっぱずかしい発言だった。
あの時はどこか様子が違ったナツキを励まそうというか、元気づけたくて必死だった。故にあんなことを口走ってしまった。
恥ずかしいから忘却の彼方へと追いやっていたのだが……。
海の写真とナツキの表情を見ておもいだしてしまった。
再びナツキの方を見る。
ナツキはいつものようにいたずらっぽい笑みと視線を向けている。
「思いだした?」
そう聞いてくる。からかうような口調だったが、その中には何割かの期待も含まれているようだった。
あれから数年。
関係性は変わってしまった。
幼馴染で友達であるが、それ以上に異性として意識してしまっていた。
もう一度あの時を思い出す。
―――いつまでも隣にいる。
これではほぼ告白みたいなものだ。
記憶から抜け落ちてこそいたが、思い出せたということ本心はずっと変わっていなかったのだろう。
約束は今のところ果たせている。
「思い出した」
そう言おうとして、やめた。
恥ずかしさと照れと言いたい気持ち。そんな想いがぐるぐると混ざり合って。
「……わすれたなあ」
わざと、知らないふりをしたのだった。




