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狩り場

 夕刻、雅美は空爆によって生まれた街の閉鎖区画に来ていた。

 周囲は瓦礫と廃ビル、廃墟で囲まれている。

 かつては有名な繁華街だったが、インフラは破壊され、建物は倒壊の危険のあるビルばかりなので、解体作業も復興作業も完全に後回しにされている区域である。

 もっとも、閉鎖と言っても行政上の都合であって、実態は人手不足から、区域の封鎖は書類上のもので、ただ単純に警察が関与しない区域というだけの場所になっている。

噂では戦災から生まれた浮浪児や、復員してきたばかりの兵隊崩れの根城になっているようで、雅美たち警官も丸腰では近づくこともためらわれる区域だった。

 秋風が、砂埃を舞い上げる見渡す限り瓦礫と廃墟の景色の中に人影が見当たらない。

 それは、本当に人がいないのか、雅美たち警官を警戒して姿を現さないのか、雅美には判断が付かなかった。

「あなたも酔狂な人だ。殺人事件は軍の方で「処理」するのだ。ここまで付き合わなくても良かったのだがな。」

 そう背後から声をかけたのは、黒いヘルメットのようなものを持った熱田少佐だった。

 軍服に双眼鏡、そして耳には通信インカムをつけている。

 周囲に部下を配置し、準備は万端。

 今から戦争でも始めるのかという出で立ちを雅美は複雑な顔で眺めた。

「ここまでは話を聞かされて、聞かなかったことにもできないわ。それに、こちらの把握していない所でサイボーグ狩りなんか始められたら。それこそ後始末が大変なのよ。」

「その点においては、感謝している。我々もこの辺り……特に戦後の情報は、データが不十分だったのでね。おかげである程度人目を気にせずに動ける。」

「一応、警察は関知していないことになっているけど、不法占拠ながら住人がいないこともないから、それなりには配慮してほしいのだけれど?」

「善処しよう。そのために彼を呼んだのだ。」

 熱田少佐がそう言って振り向くと、そこには、遠くから歩いてくる草薙の姿があった。

 おんぼろのトレンチコートに先ほど支給された迷彩服で現れた彼は、やはり無表情でこちらに歩いてくる。腰にナイフは刺しているようだが、手に武器は持っていなかった。

 彼の目が、不気味に光って見える。

 その姿に、雅美は恐怖を覚え、熱田少佐は満足げな顔でそれを出迎えた。

「小銃は持たないのか?トラックに準備はさせたはずだが?」

 そう言う熱田少佐に草薙は彼を睨みつけた。

 それは、決して懐くことのない、獣のような表情だった。

「まずは、話をしてからと言ったはずだ。岡田を刺激したくない。……それに、「俺たち」同士では小銃も、威嚇にしか使えない。」

「……なるほど、では特務曹長の判断に任せよう。」

 草薙の言葉におどけた調子で答えると、少佐は手に持ったヘルメットを草薙にパスした。

「こちらで「顔」は用意した。前の奴は、戦場で壊したんだろう?それなりに最新の改良を加えてある。一応、持っていけ、君が必要と判断したら使えばいい。」

 「顔」と呼ばれたヘルメットを受けとった草薙は、それには特にコメントしをなかった。

 ただ、黙ってそれを抱え、さらに二人からゆっくりと離れていく。

 そんな草薙の後ろ姿に、雅美はあの奇妙なヘルメットがただの防具ではないことがよくわかった。

「あのヘルメットは?」

「戦闘用のセンサー類などが内蔵されたものだ、今見ている彼の「顔」は人間を擬態した仮のものに過ぎない。あれが、サイボーグとしての本来の顔だ。」

 熱田少佐の解説を尻目に、草薙はどんどん離れていく。

そして、なんとか、目視で確認できそうな距離で、草薙は手筈通り、トレンチコートのポケットから、信号弾用のピストルを取り出した。

上に掲げ、引き金を引く。

信号弾は、まだ赤く染まる前の青空で煙を上げながら飛んでいく。

その姿を雅美は不安げな顔で見上げる。

「……本当にこれで岡田は来るの?」

「部隊集合の合図だ。岡田がどの程度狂ってるかは判らないが、これは訓練と実戦で体に……いや、脳にしみ込んだものだ。草薙の意見も一致している。うまくいけば、我々の意図する場所で迎撃できるのだ。試してみる価値はある。」

 確かに、どこに潜んでいるか解らない岡田曹長を探すのは手間だ、警察官の雅美にとってすら途方もない手間と、恐ろしい危険を伴った仕事になる。

 特に、この区域のように、半ば無法地帯となった区域に隠れられたら厄介だし、万が一、住人の居る市街地で戦闘を始められたらそれこそたまったものではない。

 一か八か、草薙を餌に、都合のいい場所におびき寄せられるのであれば、それが一番だ。

 雅美はこの後の事を考えれば、現れてくれ、と祈りたい気分だった。

 しかし、いかに相手が正気ではないとはいえ、こんな見え見えの罠に引っかかるものなのか?

 雅美は不安げに、手にした双眼鏡で周囲を見回した。


 そして、間もなく事態が動いた。

 インカムから何やら聞こえたのか。熱田少佐が、慌ててポケットからスマホを取りだし、そして方位を確認すると物陰に隠れるように、雅美に合図を送った。

「当たりだ。先ほど、南側に配置した偵察ドローンが破壊された。多分、こちらに向かっている。」

 南側を指さす少佐の言葉に、雅美に緊張が走った。

 少佐にならい、なるだけ身を隠し、双眼鏡を構える。

 そこに移った草薙は、ただうつむいて座り、静かに戦友が来るのを待っていた。


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