真犯人
「……サイボーグ兵士がもう一人いる……?」
雅美は熱田少佐が明かした事実が信じられず、思わず声を上げ立ち尽くした。
確かに、それであれば、話のつじつまが合う。
同時に、昨日の今日で余りも早く軍がこちらに介入してきた事情も納得がいくというものだ。
だが、それは同時に恐るべき殺人サイボーグが、拘束されずにこの街に潜んでいることも指しているのである。
雅美は、突然増えた情報に混乱して、言葉を失ってしまった。
「……どいつだ?」
そして草薙は、それに静かに、強く、熱田少佐に問う。
「どいつが、この札幌に来ている。」
その問いに、熱田少佐は目をつぶり、小さくため息をついた。
言いにくいが、言わなければならない。
彼はそう言った面持ちで、静かに答えた。
「……岡田曹長だ。」
その言葉に草薙は大きく目を見開き。同じくため息を付いて黙り込んだ。
それに熱田少佐はさらに状況を話し始める。
「岡田曹長は先日。ここ札幌の駐屯所に姿を現した。私は連絡を受け、彼の本人確認と保護のため、習志野からこちらに向かったところだったのだが、彼はメンテナンス不足のためか著しく精神の均衡を崩していたようでね。私が駆けつける前に、姿をくらました。」
熱田少佐の話は、二つの事実を暗に認めていた。
一つは、その岡田曹長という人物はいわゆる「サイバーサイコ化」しているという事。
そしてもう一つは、高性能サイボーグといえども、「狂う」リスクは無くなってはいないという事だ。
雅美は自分の知らない間にそのような事態が進行していたことを初めて知り、さすがに警察官として、驚きよりも怒りの方がこみ上げてきた。
「それに軍は何も対処しなかったの?」
責めるような雅美の言葉を、熱田少佐はすました顔で受け止める。
「対処?したさ。」
少佐はそう言うと、雅美の持っていたタブレットを取り上げ、昨日の事件の資料を今更のように彼女に見せた。
「おかげで我々は、優秀な特殊部隊員15名を失った。極秘裏に事態を収拾しようとした私のミスだ。周辺の被害など考慮せず。重火器と戦闘用ドローンを投入するべきだった。」
「……では、昨日の事件は……。」
「そうだ。おまけに市民の巻き添えも5名。君たちにも手間をかけることになった。」
熱田少佐の言葉と資料を、見比べ、雅美はようやく事態を把握できた気がした。
だが、解った所でどうにもならないという無力感も同時に感じる。
事態は、スタート地点からすでに警察はおろか軍の手にも余る状況なのである。
「と、いうわけで、我々は偶然警察の網に引っかかった君が「正常」かどうか確認しに来たわけだ。このままでは、我々はこの札幌市内で大規模なサイボーグ狩りをやることになる。市民の安全と、お前が軍に反抗的ではないことの証明のためにも、私に協力して欲しい。」
さながら、古い友人を説得するかのような優しい口調で熱田少佐は語り掛けた。
それに、草薙は鋭い目つきで睨み返す。
「……俺に踏み絵を踏ませる気か?」
「岡田はお前の弟分みたいなものだったからな。辛い気持ちはわかる。私とて断腸の思いだ。」
ほんの一瞬、熱田少佐は悲しげな表情で、睨む草薙を見た。
だがその表情は、すぐに現実を見据える軍人のそれに代わる。
彼は睨む草薙を正面から見据え、今度は言い聞かせるような口調で語り掛けた。
「だが、お前が「正常」であることを示すにはほかに手段がない。岡田がどれほど正気か解らんが、奴はお前を探していたそうだ。お前がたまたま近くに居たのは偶然ではない。……少なくとも、お偉方はそう考えている。」
「俺も同類と見なすか?」
「私の見解とは違うがね。だが、命令なら私も手を下さざるを得ないだろう。草薙。これ以上私の手を汚させないでくれ。君を救いたい。これは本心だ。」
最後の熱田少佐の言葉は、別段雅美の心には響かなかった。
むしろ詰め将棋のように選択肢を奪っておいた状態で仕掛けられた、陳腐で甘い罠のように聞こえた。
だが、実際彼にとって選択肢はそんなにないことは確かだろう。
同僚を「狩る」ことを拒否することによって、起る街の被害。そして草薙自身は狂ったサイボーグとして狩られる立場となる。
本気で彼が普通の生活を求めているのなら、それは絶望的な状況となることを示唆していた。
そういう損得勘定が果たしてできるのか?
雅美は、熱田少佐が、さらなるテストを草薙にしているように見えた。
「私の推測が当たっていれば、じきに岡田はお前の前に姿を現すだろう。こちらとしては時間がない。草薙特務曹長、答えを聞かせてくれ。」
そして、熱田少佐は、回答を保留するという逃げ道も塞いだ。
草薙はそれにしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく首をふり、息を吐くと、改めて熱田少佐を睨みつけた。
「いいだろう。岡田に会おう。ただし、どうするかは奴と話してからだ。」
色んな感情がごちゃ混ぜになった、絞り出すような草薙の言葉。
熱田少佐はそれに、よろしい、と一言言うと、満面の笑みを浮かべた。
なにか楽しそうにすら見える少佐の様子に、雅美は、彼の本心を本気で図りかねていた。