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対話

 留置所に入ると、男は相変わらず腰かけて瞑目したままだったが、雅美たちが歩み寄ると、それに気づいたか薄目を開けて目線だけをこちらに向けた。

 背後の熱田少佐にも気づいたはずだが、特に驚いた様子を示さなかった。

「久しぶりだな、特務曹長。元気そうで何よりだ。」

 先に言葉を発したのは熱田少佐の方だった。

 その言葉に草薙は

「大尉か。」

 と、煩わしそうに答えた。

 どうやら、熱田少佐は彼が草薙大和であると認識したようだった。

 熱田少佐はそれに

「今は少佐だ。」

 と短く訂正すると、特殊な形状のボトルをポケットから取り出した。

「まずは見舞いだ。貴官が無事でいてくれて大変うれしい。これは本心だ。」

 そう言ってボトルを檻の中に差し入れる熱田少佐。

 それに雅美は

「ちょっと!勝手な差し入れは……。」

 と思わず声を上げたが、熱田少佐は

「ただの栄養剤だ。」

 と、振り返りもせず、雅美の抗議を手で制した。

 さながら猛獣に餌でもやるかのような熱田少佐の様子を男はしばし眺める。

そしてゆっくり両手を上げ、自らの手に架せられた手錠をこちらに見せてきた。

「悪いがこの通りでな、まずはそこのお巡りさんに外すよう言ってくれないか?」

 雅美には別段面白いユーモアには聞こえなかったが、そんな草薙の言葉に熱田少佐はくすりと笑う。

 そして、再度草薙に問うた。

「なぜ逃げ出さない?」

「俺は犯罪者じゃない。お前らが勝手に死んだ事にしただけだ。」

 そう答える草薙に、いよいよ熱田少佐は小さく笑った。

 そして雅美の方を見ると、なぜか誇らしげに口を開く。

「ごらんの通り、彼は非常に自制的で、理性的に自我を保っている。彼の精神は正常だよ。いや、見事なものだ。」

「どういう事?」

 今のやり取りで一体何が判ったのか?

 雅美は訳が分からず聞き返した。

 それに熱田少佐は、

「手錠を外しても構わないかね?」

 と、さらに質問を重ねた。

 何か見せたいものがあるのだろう。

 雅美は

「わかったわ。」

 と頷くと、手錠の鍵を探そうとしたが、熱田少佐はそれに

「許可が出た。手錠を外せ。」

 と、草薙に声をかけたのである。

 驚いた雅美が草薙の方を見ると、彼は造作もなく手錠を破壊していた。

 そして、差し出された栄養剤のボトルを熱田少佐から受け取ると、首元にある穴にボトルの口を差し込み、オイルのように体内に注入し始めた。

「……ごらんの通り、彼の義体の前では、あの手錠や、そしてこの檻も無いに等しい。彼がおとなしくここに拘留されていたのは、一応なりとも法に従おうという理性の表れだよ。でなければ、私は彼に認識された時点で殺されていたことだろう。」

 確かに、明らかに常人をはるかに超えるパワーである。

 この檻を易々と出られるというのも、嘘ではないだろう。

 雅美は、今更ながら熱田少佐がそれなりの覚悟を持ってこの場に来たことをようやく理解した。

 なるほど、わざわざ完全武装の兵士を連れてきたのも納得である。

「もちろん、もう一つの可能性として、完全に無気力な廃人になっているかもしれないと心配していたが……その様子だと気力も衰えてはいないようだ。いや、安心したよ。これで安心して仕事を任せられる。」

 ボトルから液体を注入して、心なしか草薙は目つきに生気が出てきたように雅美には見えた。

 確かに何かの栄養剤のようなものだったようである。

彼は空になったボトルを引き抜くと、改めて熱田少佐を睨みつける。

どこかの回路が起動したのか、ある意味顔に表情が出てきたように見えた。

「一体何の用だ?俺は軍を抜けた。もう無関係だ。」

 どうやら意味がないらしい檻の向こうから睨みつけられても、熱田少佐は怯える様子はなかった。

 それどころか少しおどけた表情で胸ポケットから封筒を出す。

 そこから出てきたのは、メモ用紙にボールペンで書かれた退職届だった。

「ああ?これの事かね?特務曹長、悪いがこれは不受理となった。専用の用紙に書かれていないし、書式も整っていない。……第一、戦死者からの退職届など、わが軍には前例がない。」

 草薙をからかっているのか怒らせたいのか、雅美は熱田少佐の物言いの真意が理解できなかった。

 それに草薙は、怒るでもなく、ただ静かに彼を見据え続ける。

「あんたらが勝手に書類上で殺しただけだ。それを何とかするのが軍隊なり、お役所の仕事だろう?だからこうやっておとなしく牢に入っている。自分たちのヘマは自分で修正してほしいもんだな。」

「……なるほど。それがここから逃げ出さない理由か。」

 熱田少佐の言葉に雅美は一見不可解に見える草薙の行動の意味が分かったような気がした。

 おそらく彼は、書類上死人となった自分が、この戦後社会でどういう扱いを受けるのか「試して」いるのだ。

 おそらく、軍務を離れて一般の生活を送りたいという気持ちは、どれほどのものかは判らないが確実にあるのだろう。

 彼はその可能性を探っているのだ。

 雅美は、それが追いつめられた彼が何とか導き出した結論なのだと理解できた。

 熱田少佐もそう解釈したらしい。

 彼はしばし考え込むと、ぽんと手を叩いて顔を上げ、いまだ自分を見据える草薙に提案をした。

「ではこうしよう。我々に協力してくれたら、退役への手続への協力を前向きに検討しよう。もちろん、各種消耗パーツの提供も行う。どうだ?」

「『前向きに検討』か……。」

 多分幾度となく期待を裏切られた過去があったのだろう。草薙は熱田少佐の提示した条件に不満のようだった。

 それに、熱田少佐は苦笑して答える。

「申し訳ないが私の権限で即決できるものではないのだ。宮仕えの辛いところさ。ある意味誠意ある条件提示と思ってくれ。」

 嘘は言っていない、これが精いっぱい。

 そんな様子で答える熱田少佐に草薙は舌打ちしてうつむいた。

「確かに、勝手に話を進められては困りますね。」

 雅美は、さすがに放置できなくなりそんな二人の会話に割って入った。

「先ほども言いましたが、彼には昨日の事件の容疑がかかっています。それが晴れるまではここから出すわけにはいきません。」

 こちらはこちらの仕事の領分がある。

 いかに彼が「正常」であったとしても、いまだ昨日の事件の容疑者であることに変わりはない。

しかも、今正常だとしても、過去どうだったかすらわからないのが「サイバーサイコ」の恐ろしい所なのだ。

 さながら狼男のように、突如暴れだす事例を、雅美はそれなりに見てきている。特に彼の場合、そのリスクはかなり高いように思えた。

 だがそれに熱田少佐は、そのことをすっかり忘れていたといわんばかりにきょとんとしていた。

 そして二、三度瞬きする内に、状況を整理できたのか、ああ、と頷いてやはり笑顔を雅美に向ける。

「ああ、なるほど。その件は大丈夫だ。彼は犯人ではない。」

 こともなげに言う熱田少佐に今度は雅美が目を丸くする番だった。

「なぜそんな事が言い切れるのですか?カメラには、今見たような信じがたい破壊活動を人間が行う姿がはっきり写っていました!あんなことができるのは彼以外に……」

「いるのだ。それが。」

 雅美の抗議に、熱田少佐は静かに答えた。

 言葉を遮られ、雅美は一瞬混乱したが、やがて彼の言わんとしていることが徐々に理解できてきて、愕然となった。

 熱田少佐はそんな自分の様子を確認し、もう一度念を押すように言った。

「『オロチ』の生き残りがもう一人、この札幌に居る。私はその兵士を止めるために来たのだ。」

 その言葉には雅美のみならず草薙も驚きを隠せないようだった。


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