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草薙大和

 薄暗い留置所の中、その男は檻の中で静かに座っていた。

 人造皮膚なのか、一見顔は普通の人間に見えるし、髪の毛もあった。

 その様子を見た雅美は、本当に彼が全身機械の人間であるとは判断が付かなかった。

「草薙大和さん?」

 流石に確認もなしに取調室で話を聞くのは危険と言われたこともあって、雅美は鉄格子の向こうから、声をかけた。

 背後には山南が銃を手に立っている。相手が話し合いが通じる相手か解らない以上、やむを得ない処置だった。

「そうだ。」

 そう答えた男、草薙は不愛想な顔でこちらを見据える。ところどころ皮膚が「破損」はしているものの、やはり遠目には普通の人間に見えた。

「あなたが本物の草薙大和かどうかは現在、軍に問い合わせ中よ。申し訳ないんだけどしばらく我慢して頂戴。」

 彼女が穏やかな口調で語り掛けると彼はやはり無表情なままだった。

 纏う空気のようなものはどこか無機質な物を感じさせる。

 よく見ると、瞬きをしていないようだ。

「この大げさな手錠もか?」

 そう言って男は自分に架せられた手錠を見せる。

 どうも、表情を作る部分はさほど精巧にはできていないようだった。

 動かない表情のせいで嫌味なのか本気なのかも解らなかった。

 雅美はそれに苦笑すると、あえて刺激しないよう微笑みを見せながらそれに頷いた。

「そうね、申し訳ないけど、あなたには他の事件の容疑もかかっているわ。……それに加えてその体……こちらとしては容疑が晴れて安全が確認できない限り。それは外せないわ。」

「安全?」

「あなたが正気かどうかよ。」

 単刀直入に雅美が言っても、男の表情は変わる様子がなかった。

 雅美の背後で銃を構える山南と、自分に架せられた手錠を交互に見て静かにうなづく。

「自信はないな。戦場で正気な奴はみんな死んだ。」

 どうも皮肉を言っているようだった。

「お前らは正気なのか?」

 雅美はそう言う男に小さく首を振ると

「……確かに、そう言われると私たちも正気かどうか怪しいものね。」

 そう返し、背後の山南に武器をしまうように目くばせをする。

 山南はそれに従い、不服そうな顔で銃をしまった。

「無礼は詫びるわ。でも、あなたの体の状態を見れば警戒したくなるのも理解して頂戴。」

「好きでこうなったわけじゃない。」

 いまいち表情が読めないが、やはり狂っているとはいいがたい返しだった。通常の会話がどうやらできるらしいことを確認した雅美は、タブレット端末を起動させ、再び彼に話しかけた。

「その体は軍で?」

「そう、他の奴と同じだ。」

「終戦から一年。何をしていたの?」

「ハバロフスクでの作戦で戦場に取り残された。終戦したと知り、自力で帰国して昨日、札幌にたどり着いた所だ。」

 ざっと聞けば、シンプルだがなんとも壮絶な話だ。

 そもそもそんな事が、この機械の体で可能なのか?

 その間、彼はこの精神状態を保ちながらここまで来たというのか?

 雅美は背後の山南と目を見合わせ、信じられないという表情を見せあう。

 本当だとするれば、超人的な精神力と判断力とが無ければ帰ってこれなかったに違いない。

「体のメンテナンスはどうしていたの?」

「小型の燃料電池だ。水が補給できれば何とかなる……あとはもろもろ現地で拝借した。戦場には、義手や義足の残骸がそこら中にあったからな。」

「……本当だとしたら、超人的なサバイバル能力と、強靭な肉体ね。」

 どうやら、体もかなり先進的な技術が使われているらしい。

 現状、燃料電池は車には使われているとはいえ、体に収まるほど小さなもので、かつ長時間稼働し続けられるものがあったとは聞いたことがなかった。

「このまま原隊復帰する気?」

「軍には先日退職届を郵送した。ここで仕事を探したい。」

 何気ない確認だったが、返ってきた言葉を雅美はどう受け取っていいか戸惑った。

 これはこれで正気とは思えない。

 優秀な兵士、それも全身軍事機密の塊のような人間が、そんな簡単な方法で軍を除隊できるとは到底思えない。

 仮に除隊がかなったとして、この体で普通の生活が送れるのか?

 ジョークとしてはセンスもないし状況も解っていなさすぎる。

 山南もそれに、理解できない、といった形で首をすくめていた。

「わかったわ。その辺りは軍と連絡がついたらゆっくり話し合ってちょうだい。」

 結果、雅美は彼の今後の方針については深く関わらないことにした。

 そして、いまだ無表情な彼に重要な質問を投げかける。

「最後に一つ、確認させて。……昨日の夜八時、何をしていた?」

「廃ビルの中で休んでいた。」

「誰か証明できる人間は?」

「近くにホームレスの子供が居た……もっとも、警察とは仲良くなりたくはなさそうだったがな。」

 男は雅美の質問にそう答えると、瞬きをしなかった目を閉じた。

 まるで、こちらがどう感じようがお構いなし、といった態度に、雅美はかける言葉が見当たらなかった。



「……どう思います。」

 留置所を一歩出た瞬間、山岡が雅美に声をかけた。

 彼女はそれに立ち止まり、なんともいえない表情でうなり声を上げた。

「……正常ね。話した感じは普通の人間に感じるわ。話の内容は……何とも信じがたいけど。」

「同感です。サイボーグ兵士なんて、都市伝説程度の話かと思っていましたが……。」

「記憶が妄想の産物の可能性はあると思う?」

「否定できませんね。今はおとなしくても、何かのきっかけで暴れだすかも。」

「置かれた境遇には同情するけど、何を基準に信用していいのか判らないわね。」

 なんとも言えない。

 確かに話した感じでは、無表情ではあるがそれなりに話はできている。

 だが、それは継続的なものなのか?

 話している内容は真実としてとらえて良いのか?

 何しろあの体だ、脳がちゃんと機能しているのかの保証がない。

 昨日の事件の容疑者である可能性もいまだ消えていない。

 今、彼を町中に解き放つことはリスクが大きすぎるとしか言いようがなかった。

「……軍の回答を待った方がよさそうね。」

 それが今雅美が出せる最善の回答だった。

 


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