容疑者
翌日、出力されたデータを見ながら報告書の作成に頭を痛めていた雅美は、山南刑事からの突然の報告にその作業を中断せざるをえなくなっていた。
曰く、犯人と思わしき人物が見つかったというのである。
「一体どういう事?」
第一報を聞いた雅美は、信じがたいといった様子で山南に聞き返していた。
あれだけの事件を起こした犯人がそんな簡単に見つかるとは到底思えない。
今更良心の呵責に耐えかねて自首でもしてきたというのか。
山南はそれにそうでしょうね、といった表情でデータが映し出されたタブレットを雅美に提示した。
「はい、今朝方、偽造の疑いのある身分証を持つ人物がいまして。調べてみたところ。なんとも怪しげな人物でして。」
なるほど、決定的な証拠や自白があるわけではないのか。
これは用心してかからねばならない。
雅美は年下の山南が功を焦っているのでは、という疑いすら持ちつつ、彼の提示したタブレットの情報に目を通した。
「……「草薙大和」20歳、元防衛軍特務曹長。樺太の戦闘で戦死扱いになってるわね。」
「いまだ確認は取れていないですが、本人曰く、草薙本人で間違いないとの事です。自分が戦死扱いになっていることに気づいてなかった、と。」
「なんとも間抜けな話ね。指紋やDNAの鑑定でもすればじきにわかるんじゃない?」
「それなんですが……身体検査の結果がちょっと……。」
言いつつ、資料を見るよう促す山南。
それに従い資料を読み進めていった雅美は、その内容に思わず目を疑った。
「……何なの、これ?」
冗談かと思える内容に、雅美は思わず再度読み返した
山南はそれに、さもありなん、といった顔で頷いた。
「そうなんです。指紋はおろか、DNAすら取れる場所が存在しません。体全部が機械で出来ています。多分、生身なのは脳だけなのかと……。」
「完全なサイボーグってこと?」
冗談みたいな話だが、少なくとも身体検査の報告書にはそう書かれている。
雅美はもう一度報告書を見返したが、やはり出てくる結論に変わりはない。
どうにも、思考が繋がらない感じがするのは寝不足のせいもあるのだろう。
彼女は報告書を見据えながら、もう一度思考を整理した。
「……確かに技術的には可能かもしれない。でも、こんなものに神経が……というより脳が耐えられるの?」
「本人が特異な精神力の持ち主なのか、あるいはいっそ全身が機械の方がバランスが良いのか……。少なくとも普通に会話できる程度には正気のようです。本人がそう思っているだけで、実は高度なAIを積んだアンドロイドって線は捨てきれませんけど?何しろレントゲンも通りませんから。」
いまだにアンドロイド説を押す山南に思わず苦笑する雅美。
だが、それも否定できない程度におかしな人物が現れたことは否定のしようがない。
欠損した手足を補うどころか、脳のみを機械の体に移植するなどという行為は現在のサイバーサイコ事件が多発している現状においては正気とは思えない行為だ。
いっそ山南のアンドロイド説の方が現実味があるとすら思えてくる。
「確かに、この人物なら昨日の事件を起こすことも可能ね。一度話を聞いておいた方がいいみたいけど……彼は今どこに?」
確定ではないが、この人物が怪しく危険であることは間違いないようだ。
不明ならば一度会ってみるしかない。
雅美は結論を一時棚上げして、自分で確かめることにした。