事件
「なんなの?これは。」
現場に駆け付けた雅美は、犯人が逃げ去った後の光景を唖然として見回した。
無残に切り刻まれた人間、周辺に飛び散った血の跡。
サイバーサイコの関連の事件で武器を所持という話なのである程度は覚悟していたが、異常なのはその数と量である。
文字通り真っ二つになった遺体がそこら中に転がる。
おおよそ通りかかって目についた者すべてという感じだ。
抵抗を試みたのか銃を持ったまま殺された者が複数いる。犯人は彼らの銃撃をかいくぐり暴れまわったとでもいうのか?
被害者が何人いるかは考えたくもなかった。
そして、道の真ん中に横たわる無残に大破した車の数々。
その車体は何か大きな力を加えられたかのようにボンネットがへこみ、屋根がへこみドアがひしゃげている。
「犯人は重機でも乗り回していたの?」
そうとでも言わなければ納得できない光景であった。
「いや、目撃証言によれば。一人のサイバーサイコ犯の仕業という事ですが……。」
タブレットでもう一度情報を確認しながら、山南刑事が戸惑いながら答える。
彼も目の前の光景が信じられないと言った表情である。
だが、タブレットには、一人のボロボロのトレンチコートを着た人間が信じられない力で車と人間を破壊する様がしっかりと映っていた。
雅美もそれを覗き込み、顔をしかめる。
「……ちょっと信じられない光景ね。」
いくら正気を失っているとはいえ、あちこちから銃で撃たれながらこれだけの破壊行為をやってのけるのは並大抵のことではない。
いくら義手が固い金属でできていたとしてもこれだけの破壊力を出すことは考えにくい。
「薬物依存で神経リミッターが外れていたとしてもここまでできるとは思えませんね。犯人は軍用か何かのパワー型義手でも持っているのでしょうか?あるいは……改造品とか?」
山南がそういう見解を出すのも納得がいく話だった。
「いや、それは考えにくいな。」
二人の背後からそう言ったのは先に到着していた永倉刑事である。
山南刑事と違い最前線での軍務経験もある年上の彼は、太い腕の袖をまくり、自らの義手を二人に見せる。
「仮に、そんな破壊力のある義手があったとして、フルパワーで自動車なんかぶっ叩いたら、その反動が体に返って来る。機械の部分は何とかなるが、生身の部分がそれに耐えられん。骨が折れるか……最悪接合部から義手がもげちまうよ。」
なるほど、義手持ちの永倉刑事ならではの見解である。
片腕だけパワーアップしても、支える肉体が生身ならそんなものは扱いきれるものではない。
第一そんな機能あっても日常生活に支障をきたしかねない。
戦場でも銃の引き金が引ければ、それでいいのである。
「……じゃぁ、「これ」は何?」
だが、一つの可能性が否定されたところで、問題は解決しなかった。
タブレットの映像と周囲の光景を眺めながら訪ねる雅美に、永倉は首をすくめた。
「さぁ?何かの特殊装備か、後先考えずにイカれた改造してるのか……そうでもなきゃ改造人間か何かですかね?悪の組織に改造されて逃げ出してきたとか?」
「人型ドローンの暴走というのはどうです?軍が秘密裏に開発してたとか。」
冗談としては笑えない永倉と山南の見解に雅美は憮然とした顔でこめかみを抑え、ため息を付いた。
「……そうじゃないことを祈るわ。そんなもの、私たちじゃ対処しきれないわよ。」
そう言うと雅美はテキパキと鑑識作業を始めるドローンたちを憂鬱な顔で眺めた。
犯人は、一通り破壊活動を行い、夜の闇に消えた。
ドローンたちがどんなデータを叩きだすか解らないが、報告書を書くのに苦労しそうである。
今日は署で一夜を明かすことになりそうだ。
雅美はそんなことを考えながらもう一度ため息を付いた。