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機人戦士クサナギ  作者: 宮城 英詞


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対サイボーグ

「始まったな。」

 双眼鏡で二人のサイボーグの姿を見守っていた熱田少佐は、予定通り、といった口調でつぶやいた。

 遠くで、二人のサイボーグが、対峙している。

 その姿を、雅美は双眼鏡を手に息を飲んでいた。

 腕に仕込んだ刃を展開する岡田に、素手で対峙する草薙。

 やはり、同僚への感情ゆえか、草薙から仕掛ける様子はない様だった。

「……これ、草薙特務曹長に勝ち目はあるの?」

「岡田の手の内を奴は知り尽くしている。岡田の壊れ方にもよるが、奴なりの考えがあってのことだろう。不安材料としては、草薙の体も完全ではないという事だ。脳は無事だが、一部、体に純正じゃないパーツもあるようで、本気で動けばどうなるか解らん。まぁ、五分五分、だろう。」

「……負けたらどうする気?」

「そのために、周囲にドローンと兵士を用意した。こちらとしては、岡田をある程度消耗させてくれればそれでいい。」

「……なるほど。」

 おそらく、相打ちにでもなってほしいと思っているのだろう。

 雅美は、そんな熱田少佐の態度に不愉快さを覚えた。

 雅美が、再度双眼鏡を覗き込んだ瞬間、岡田が動いた。

 爬虫類が捕食するときのような、構えからの瞬発的な斬撃。

 雅美がその動きを認識した瞬間には、草薙の背後にあった郵便ポストが、真二つに切り裂かれていた。

 草薙は、それを最小の動きで躱している。

 ギリギリの回避だったのか、彼のトレンチコートの一部が切り裂かれていることも見えた。

「ポストを切った?」

 サイボーグとは思えない動きもそうだが。刃の切れ味も恐ろしく鋭い。

 思わず声を上げた雅美に、熱田少佐は小さく頷いた。

「岡田の腕には対サイボーグを想定した人造ダイヤモンドを加工した刃が仕込まれている。あれが、先日私の部下を切り刻んだものの正体だ。あれで斬り付けられたら、銃弾を跳ね返す鋼鉄の体も、耐えられない。」

 少佐が、そう解説を加える間も、岡田は繰り返し草薙に斬撃を浴びせ続けている。

 そのたびに草薙は紙一重で刃を交わし、潜り抜け続けていた。

 それは、まるであらかじめ打ち合わせでもしたかのような、二人の動き。

 一つ一つの動きを、目で追う事すらできない。

 雅美は、その美しいというにはあまりにも危険なやり取りに言葉を失った。

 「サイボーグにあんな動きができるの?」

「神経加速だ。彼らのヘルメット、つまり「顔」にはもう一つ機能があってね。脳の神経を刺激して、感覚を加速させ、飛び交う弾丸でも回避できるほどの極限の集中状態にさせているのだ。彼らの感覚では、あれでもストップモーションの中で戦っているようなものだ。」

「……そんなもの、脳が耐えられないんじゃないの?」

「そう、だから、岡田は壊れた。おそらく神経が興奮状態に繰り返しなることによって、脳が壊れ始めている。恐怖から逃れるため、際限なく機能を使い続けた副作用だろう。もう、奴は処分するしかない。」

 雅美は、やはり彼の言いようが好きになれなかった。

 合理的な判断ではあろうが、自分の元部下にかける言葉にしては余りにも冷徹すぎると思わざるをえない。

 いや、そもそも、そうせざるをえない。あの戦争が、こういうものを必要としたのだろうか?

 お前らは正気なのか?

 雅美は、今更のように、草薙に言われた言葉を思い出していた。

 繰り返される攻防、岡田が切り付け、草薙が躱す。

 その動きに変化が訪れたのは、雅美が再度双眼鏡に目を落としたその瞬間だった。

 遠くで音がして、岡田の腕が肘から吹き飛んでいた。

 雅美は、一体何が起こったのか全く理解できなかった。

「関節技だ。腕が伸び切ったところを掴み、肘から力を加える。岡田の運動エネルギーはそのまま腕の関節へのダメージへと変わる。」

「……彼は、これを狙っていたの?」

「確かに銃弾を跳ね返すサイボーグの体も、関節だけは保護にも限界がある。古武道の心得のある草薙ならではの発想だな。」

 どこか嬉しそうな熱田少佐に、雅美は、もう、いちいち気を取られる気にはならなかった。

 その後どうなったかを確認するため、さらに双眼鏡で様子をうかがう。

 岡田は、片腕を失っても戦意を喪失してはいなかった。

 喪失感と恐怖心が、さらなる脳神経の加速と興奮状態を引き起こしたのか、此方にも聞こえるほどの雄叫びを上げる。

 それはもう、戦士ではなく、狂った獣そのものだった。

 草薙はそれにただ黙したまま、静かに拳を構える。

 そして飛び掛かってくる岡田の、無くした片腕の隙をついて、渾身の拳を岡田の顔面に叩きつけた。

 次の瞬間、周囲に爆音が轟く。

 ドン!、

 という何か大きな壁を殴ったような音が響いたと、雅美が思った時には、岡田の頭部と、草薙の拳が粉々に砕け散っていた。

 破片は草薙の前方に吹き飛び。

コントロールを失った岡田の体は、正面に突進する勢いのまま、半円を描いて地面に背中から叩きつけられる。

そして、距離の離れた雅美に、その衝撃波が遅れて伝わって来た。

「……何なのよ。これ。」

 普通のパンチでは起きえない現象に、雅美は呆然と立ち尽くした。

 無事、決着が付いたことよりも、今現在目の前で起きた光景が、ただただ理解できないといった思いしかなかった。

「義体のパワーを総動員して、比喩なしの音速でパンチを放ったのだ。運動エネルギーと衝撃波で相手を破壊する……草薙の技術が合わさって初めてできる芸当だ。隊内でもアレができるのは奴だけだ。……もっとも、腕が正規パーツではないから。反動には耐えられなかったようだが。」

 熱田少佐に説明されても、雅美はその事実を呑み込むことはできなかった。

 論理的には可能でも、それをやってしまうのは何の力なのか?

技術力?想像力?

恐らく、戦闘サイボーグとして優秀な兵士であり続けられるというのは一種の才能が必要なのだろう。

その点では、草薙は特異な才能を持ったサイボーグと言える。

雅美は、彼が壊れていなかった事を素直に神に感謝した。

そして草薙は、黙したまま、岡田の残骸を背にこちらに戻ってきた。

「作戦終了だな。」

 その姿を確認して、少佐は嬉しそうにつぶやく。

 その直後、岡田の残骸は、燃焼電池の暴走のためか大爆発を起こした。

 爆炎を背にこちらに歩いてくる草薙が、雅美にはひどく不気味なものに映った。


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