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発端

「警部!事件です!」

 この日、近藤雅美こんどうまさみ警部補の自販機前でのささやかな休憩は、駆け込んできた山南巡査の言葉ではかなくも終わりを告げた。

 美貌の女刑事はその声にうんざりした顔で舌打ちすると、まだ熱いコーヒーを飲み干し、握りつぶした紙コップを感情を込めてゴミ箱に投げつける。

 職務上致し方ないとはいえ、朝から働き詰めで、物思いにふける間もなく事件である。

 物にでもあたらなければやっていられないというものである。

 だが、その感情を年下の部下にぶつけるほど雅美も愚かではなかった。

 様々な事情があるとはいえ、20代そこそこの刑事係長となれば、それなりに理性的でいなければ、それこそ部下はついてこないというものである。

 雅美は首をすくめる山南を尻目に無ゴミ箱の前で一呼吸置くと、できる上司の顔で部下に向き直った。

「出動ね?話は移動しながら聞くわ。」

 言いつつ、傍らに置いてあった防弾ベストを羽織りながら雅美は速足で地下の駐車場に向かった。

こんなことが日常茶飯事なので、ホルスターは外さない癖がついてしまった。

多分定時になど帰れまい。

自分は婚期を逃しつつあるのでは?

という不安を抱きつつパトカーの運転席に乗り込んだ。

エンジンが始動すると同時にナビゲーションシステムが立ち上がる。

助手席の山南が端末を操作すると、ナビシステムに目的が映し出される。

雅美は、さっそくそれに従い、サイレンのスイッチを入れ、アクセルを踏んだ。

猛スピードで車が地下から飛び出し、雅美たちの目の前に札幌の市内の様子が飛び込んでくる。

それは、きらびやかなビルの明かりと崩れ落ち廃墟となった建物が混在する混沌とした光景だった。

 日本が四年にも渡る戦争をどうにか終わらせてから一年。この札幌のみならず日本中がいまだ復興の途上にあった。

 ここ札幌市内も、戦争中に受けた空爆のため半分以上が瓦礫の山となり。いまだにその傷跡が残っている。

 現在は戦争を起因とする人手不足と物資不足のため、迅速な復興もままならない状況だった。

 そしてそれは、警察組織としても同じことだった。

 雅美自身も、戦時中に警察官となり、人手不足の中出世してしまった口である。

 でなければ、こんな青二才が警部補になって年上の男性たちに指示を出すことなどなかっただろう。

 良いかどうかはともかく、昔からすれば警察も様変わりしてしまった。

 それは、やはり戦争を起因とした治安の悪化も大きく影響している。

「山南君。状況は?」

 流石に運転に集中しながら、雅美は山南に尋ねた。

 場所を聞かないのはすでにナビに答えが示されているからだ。

 昨年まで軍の会計課に居たという山南はそれに手元のタブレットを操作して内容を確認する。

「5分ほど前、通りで男が暴れているとの通報がありました。防犯カメラの映像から武器を所持している模様、とのことです。現在パトロール中の永倉さんたちが急行中、あとから井上さんの班も追いつきます。」

「また、樺太帰りの復員兵かしらね。」

 山南の報告にうんざりしたような顔で雅美が答える。山南はそれに恐らく、と同じくうんざりしたような顔で頷いた。

 日本は北方において四年にも渡り泥沼の地上戦を戦う事となり、それはハイテク化された戦場においても補いきれないほどの深刻な数の死傷者とそれに伴う兵士不足を招いた。

 これに対し国防軍は国家総動員体制を敷き、徴兵を実施。

 結果、終戦に至った現在。日本中に復員兵が溢れることになったのである。

 恩給金をもらったとはいえ、急に軍隊から放り出された何万人もの人間が無職になり、結果的に治安を悪化させた。

 おかげで、雅美たちが連日起きる事件に対応するため走り回らねばならない状況が出来てしまったのである。

国内もあらゆるインフラや生産力が破壊されてしまったため容易に働き口が見当たらないという事情もあるのだが、この問題はもう一つの深刻な問題を孕んでいた。

「まったく、いくら戦時下の非常態勢とはいえ、あんな雑なサイバー化手術の解禁なんかするべきじゃなかったんですよ。でなけりゃ「サイバーサイコ事件」なんか起きなかったのに……。」

山南は拳銃に弾丸を詰めながらぼやいた。

雅美はそれに複雑な顔で即答を差し控えた。

北方における泥沼の地上戦は、大量のケガ人と徴兵でも補えないほどの兵士不足を招いた。

それに対し日本は傷痍兵のサイバー化を進め、一気にテクノロジーによる事態の解決を図ったのである。

だが、それは戦時下におけるドサクサでなし崩し的に黙認された、実に雑で未開発のテクノロジーだった。

人体を使った数限りない「試行錯誤」の末、技術は飛躍的に進歩したが、終後そのあまりにも雑なテクノロジー普及は大きく影を落とした。


いわゆる、「サイバーサイコ事件」の多発である。


終戦直後から、体の一部をサイバー化した人々が精神疾患を訴える症状が多発し始めた。

ある者は無くした体のかゆみを訴え、ある者は聞こえるはずのない銃弾の音におびえ、またある者は獣のように狂暴化して暴れだす。

戦場のストレスや、体に機械を入れたことによる神経の負担、サイバー化を補助するために投与された薬物の影響と、推察される理由は人によって様々ではあるが、一様にサイバー化、特に神経系に機械を繋いだ復員兵に症状が現れやすいことは、この一年の経験則でもはや一般常識になりつつある。

一般生活に戻ることを想定しない雑なサイバー化が災いしたか、戦場という特殊な状況下で問題が見えづらかったのかはわからないが、それは深刻な社会問題として雅美たちにのしかかっていた。

さらに、一時地上戦も行われた北海道では、地上戦に備え民間に配られていた上、終戦の混乱期に復員兵が非合法に武器を持ち込んだ事が治安の悪化に拍車をかけていた。

かつて、空気と安全は無料で買えると言われた日本の治安はそこにはなく、それは、雅美たち警察官の仕事をさらに危険なものにしていた。

「……結果、今の私たちがあるんだから、あまり滅多なことも言えないんだけど。何とかしてもらいたいのは確かね。」

 助手席でショットガンの準備を始める山南を横目に雅美は複雑な顔でつぶやいた。

 サイバー化した復員兵に対する恐怖心は、結果的に彼らの社会復帰を妨げている一面もある。

働き口を拒まれ、社会に居場所のない彼らが貧困から体のメンテナンス不足、あるいは薬物の過剰投与によってサイバーサイコ化するケースもある。

 雅美の部下にもサイバー化したものがいる以上。滅多な事は言う事が出来ないのだが、しかし、危険な仕事の矢面に立っている以上、街中で義手義足の人間を見かけると警戒してしまうことは確かである。

 街中はある種、疑心暗鬼が渦巻く、非常に複雑な状況にあった。

「まったく、俺たち「捜査課」なのに、いつから、兵隊崩れの「退治」が仕事になったんだか……。」

 揺れる車内で後部座席の制圧用ドローンの設定を行ないながらも山南のぼやきは止まらない。

 何しろこちらも身を守らねばならないため。問答無用で銃撃戦になることは決して珍しい事ではなかった。

 「話し合い」なんかにこだわった警官はみんな病院か、あの世送りになってしまった。

 おかげで、特に事件と聞いて現場に駆け付ける際は、猛獣狩りのように完全武装で行かねばならなくなってしまった。

 加えて人手不足による組織の混乱が拍車をかける。

 おかげで雅美たちは、ただ、所内で勤務中というだけで便利屋よろしく現場に派遣されることになるのである。

「どれもこれも人手不足のせいね。一人くらいこっちに協力してくれないかしら。」

 いつから警官とはこんな危険な仕事になったのだろう。

 雅美はやるせない思いで、さらにアクセルを踏んだ。


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