僕たちの新しい生活の始まり
ユウタは静かに、政府指定の新しい寮――二階の自室へと足を踏み入れた。
ドアが「カチッ」と音を立てて閉まると、彼は辺りを見渡した。
整ったベッド、木製の勉強机、小さなワードローブ、そして……何よりも、監視カメラがない。
「……本当に、カメラないんだな……」
ひとりごちる。
発表通り、プライベート空間――寝室やバスルームには監視機器が一切設置されていなかった。
それは「親密な関係の構築」のため。信頼、距離感、自然な交流……それらを“目的”として政府が設計した、前代未聞の共同生活だった。
「……つまり、男女がより“自然”に接する環境を作ったってわけか」
ユウタは首筋を掻きながら、ため息をつく。
「ほんと、政府もマッチングに本気すぎるだろ……」
荷物を整理し終えたユウタは、階下へと向かう。
今月はエリカと同じ階に住むことになるが……あまり深く考えないようにしていた。
(……確か、男子の部屋フロアは毎月ローテーションされるんだったな)
リビングに着くと、すでに他のメンバーたちが集まっていた。
ソファには天音と和泉がくつろぎながら、いつもの調子で軽口を叩いていた。
対面のソファには――舞、エリカ、ユキ。
それぞれ落ち着いた様子で、すでに“自分たちのスペース”を確保していた。
「ユウタ〜! こっちこっち! 初めての家会議、始めるよ〜!」
舞が元気に手を振る。
ユウタは軽くうなずき、男子側のソファへと腰を下ろす。
(……さて、“同居生活”ってやつの始まりだな)
空気が少しずつ変わっていく。
この部屋に、6人全員が揃ったことで――物語が、本格的に動き出した。
「よしっ、じゃあ!」
エリカが手を叩き、立ち上がる。
「まずは、みんなで重要なことを決めよう!……そう、家事の分担ね!」
ユウタは少し驚いた目でエリカを見る。
(……やっぱり、仕切るのうまいな。インスタで人気の理由も分かる。ああ見えて勉強は苦手だけど、あの明るさと堂々とした雰囲気はまさに“リーダー気質”だ)
「ええ〜、働くの〜? 面倒くさ〜い……」
舞が大げさに目を回す。
(……舞はホント、天真爛漫のかたまりだな。
子供っぽいけど……その無邪気さが魅力なんだろうな)
すると、ユキがメガネをクイッと上げて静かに言う。
「平和に過ごすには、得意な人が得意な作業をするべき。バランスが大事だから」
ユウタはユキを見つめる。
(……ユキって、口数少ないけど、話すときはいつも本質を突く。知的で冷静で……舞とは正反対。でも、その真面目な姿勢が……正直、すごく魅力的だ)
「……ああ。ユキの言う通りだ。ちゃんと計画立てた方がいい」
「で、具体的に誰が何するんだ?」
天音が身を乗り出す。
「俺は洗濯担当でいいぞ。実家がコインランドリーやってるし」
和泉が手を挙げてニヤッと笑う。
(……まぁ、女子の下着に期待してるんだろうけどな)
「じゃあ私は掃除!」
エリカが胸を張って宣言する。
「なら、舞は和泉くんと一緒に洗濯して。天音はエリカの掃除をサポートしてね」
ユキが落ち着いた声で指示を出す。
「はいはい〜、分かったよ〜」
舞はぷくっと頬を膨らませながらも頷く。
「でも……一番大事な役割がまだ残ってる」
ユキの声が少しだけ重くなる。
「……料理担当。朝昼晩、誰かが毎日作らないと」
場が、一瞬だけ静まった。
そして――
「俺がやるよ」
ユウタが静かに手を挙げた。
「マジか! ユウタの料理、ガチでうまいからな!」
天音が喜ぶ。
「中学の時、学年の料理大会で優勝してたよな!」
和泉も興奮気味に加勢する。
「えっ……ユウタって、理想の旦那じゃん……」
エリカが頬を染めながらつぶやく。
「じゃあ、今月のペアはユウタと私ね〜♡」
舞が満面の笑みで手を挙げる。
「違うわよ。今月は私がユウタとペアでしょ」
エリカがニヤリと笑い返す。
「ちぇ〜、じゃあ私は和泉くんで……まぁ、いいや」
舞は少し照れながら和泉をチラッと見る。
「お、おい……」
和泉も赤面して目をそらす。
「じゃあ、ユウタと私は料理担当。
その他の作業は、溜まった時点で臨機応変に対応ってことで」
ユキがまとめる。
「生活費は月ごとに政府から支給される。でも無限じゃない。節約は大事だ」
ユウタが真剣な表情で補足する。
「買い出しとかも、みんなで交代しような」
天音が続ける。
「おっ、珍しくまともなこと言ったね〜」
エリカが軽くからかうと、天音の耳が赤くなる。
「……うるせぇ」
「じゃあ最後にまとめよう。
個人の出費は部屋のペアで分担。
夕飯とか共有するものは、全員で平等に負担。異議ある?」
全員、静かにうなずく。
こうして、彼らの生活は少しずつ“形”を取り始めていった――。
その時、エリカが立ち上がって大声で叫ぶ。
「よし、気合入れていこうー!!」
両手を前に差し出すと、順番に皆が手を重ねた。
全員で高く掲げたその手は、まるで“絆の証”のように輝いていた。
ユウタは、ほんの少しだけ笑って時計を見た。
「そろそろ、夕飯の買い出し行ってくるわ」
その瞬間、ユキが静かに立ち上がる。
「……私も行く。今日の夕飯、一緒に作るし。自然でしょ?」
ユウタは驚いた表情を浮かべ、ほんのりと頬を染めながらうなずいた。
夕方・商店街
人で混み合う中、ユキが野菜売り場の前で体を傾けたその瞬間――
後ろから来た人に押されて、彼女はユウタの胸元へと倒れ込んだ。
「……ご、ごめん」
ユキは小さな声で言う。
「混んでるから……くっついてた方が安全かも」
ユウタの心臓が一瞬だけ、跳ね上がった。
(な、なんだ今の……)
夜・夕食の時間
ユウタがキッチンでエプロンを締め、黙々と料理を作る。
その姿はまるでプロの料理人のように無駄がなく、美しかった。
隣で見ていたユキは、ふと目が離せなくなっていた。
(……なんでこんなに格好いいの。なんで、こんなに見ちゃうんだろう……)
顔が一気に赤くなる。
「……ちょっと、トイレ行ってくる」
逃げるようにその場を離れた。
ユウタもまた――耳まで真っ赤になっていた。
(さっきの……ユキの温もり。
……なんか、変わってきてる?)
食卓にて
色とりどりの料理がテーブルに並ぶ。
「うっまっ!! ユウタ、実は結婚してるとかないよね!?」
エリカが大げさに驚く。
「やば〜い! ユウタくん、結婚しよ〜♡」
舞がニコニコしながらフォークをくるくる回す。
その言葉に、場の空気がピタリと止まる。
「ゲホッ!」
和泉がむせる。
「……マジかよ」
天音がポカンとする。
エリカは意味深な笑み。
ユキは……スプーンを止めたまま、無表情。でも耳は赤い。
ユウタは、汗をかきながら固まっていた。
「じょ、冗談だよ〜ん☆」
舞が笑いながらフォローする。
皆が安堵の笑いを漏らす。
「飯中に爆弾落とすなよな……」
和泉がぼそり。
「心臓止まるかと思った……」
天音が呟く。
エリカはウィンクを飛ばす。
「でも……案外、アリかもね」
ユキは何も言わず、静かに微笑んでいた。
そしてユウタ――
「……ありがとな」
照れながら、優しく笑った。
テーブルの温もりが、6人の距離を少しずつ縮めていく――