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カフェ・ソラリスの窓辺で ―― 少女たちの微熱と星座  作者: 霧崎薫
第1章:六角形のテーブルとカプチーノの泡
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第2節:それぞれの輪郭

 葵と玲奈ちゃんの丁々発止のやり取りは、結局、わたしが別の話題を振ることで収束した。新しくできた駅前の雑貨屋の話。可愛い文房具や小物の話題なら、二人とも少しは興味を示すだろうと思ったからだ。

「へえ、そんな店できたんだ。知らなかった」

 葵が目を輝かせる。こういうところは、やっぱり普通の女の子なんだな、と思う。

「……どんな系統のお店なのですか? あまりごちゃごちゃしているのは好みではありませんけれど」

 玲奈ちゃんも、少し興味を示したようだ。よかった。

《ふう、なんとか軌道修正できたかな》

 わたしは内心で息をつく。こういう役割は、大家族で育ったせいか、すっかり板についてしまっていた。兄や姉、弟たちの間で、いつもこうして間に入って、場の空気を調整してきたから。

「結構おしゃれな感じだよ。輸入物の文具とか、ハンドメイドのアクセサリーとか置いてて」

「へえ! アクセサリーか……」

 葵が呟く。その声には、ほんの少しだけ、普段の彼女にはない響きが混じっていた。

《葵も、本当は可愛いもの、好きなんだよね》

 知っている。彼女が時々、スポーツバッグの隅に小さなキャラクターのキーホルダーを隠すように付けていることを。ボーイッシュな外見とは裏腹の、繊細な乙女心。

 その時、隣でタブレットに没頭していたまひるちゃんが、突然「はっ!」と息を呑んだ。

「ど、どうしたの? まひるちゃん」

「……今度のイベント、限定グッズ……抽選……だと……?」

 ぶつぶつと呟きながら、凄い速さで画面をスクロールしている。どうやら、彼女の好きなアニメかゲームのイベント情報らしい。こうなると、もう彼女は自分の世界から戻ってこない。

《ま、まひるちゃんはこれでいいか》

 彼女は彼女の世界で満たされているなら、それでいい。無理にこちらの会話に引き込む必要はないだろう。わたしはそっと、まひるちゃんのコーラフロートのグラスが倒れないように、少しだけテーブルの中央に寄せた。

 ふと、詩織ちゃんを見ると、彼女はいつの間にか本から顔を上げて、窓の外を見ていた。何か考え事をしているような、少し憂いを帯びた表情。

「詩織ちゃん? どうかした?」

「あ……ううん、なんでもない。……ただ、今日の雲、なんだか見たことある絵本の挿絵みたいだなって」

 そう言って、詩織ちゃんは儚げに微笑んだ。彼女の言葉は、いつもどこか詩的で、現実から少しだけ浮いているような感じがする。それが彼女の魅力でもあるけれど、時々、ちゃんとこの場所にいるのかな、と心配になることもあった。

《詩織ちゃんは、言葉の世界の住人だもんね》

 現実の、ざらざらした手触りの言葉よりも、物語の中の美しい言葉の方が、きっと彼女には心地いいのだろう。

 視線を、少し離れた紬の席に向ける。彼女は相変わらず静かにハーブティーを飲んでいた。さっきよりも少しだけ、頬に赤みが差しているように見える。よかった、体調は悪くないのかもしれない。

 紬は、わたしたちの会話を聞いているのか、いないのか。でも、時々、ふっと優しい視線をこちらに向けることがあった。まるで、すべてを理解しているかのように。病弱な彼女だけど、その心の中には、誰よりも強い何かが宿っている気がした。

《紬は、静かな水面みたい。その下には、きっと深い深い想いが沈んでいるんだろうな》

 六人六様。

 同じテーブルを囲んでいても(紬は少し離れているけれど)、見ているものも、感じていることも、きっと全然違う。

 それでも、こうして同じ空間に集まっている。それは、ここが心地いいから? それとも、他に居場所がないから? あるいは、その両方なのかもしれない。

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