第2節:それぞれの輪郭
葵と玲奈ちゃんの丁々発止のやり取りは、結局、わたしが別の話題を振ることで収束した。新しくできた駅前の雑貨屋の話。可愛い文房具や小物の話題なら、二人とも少しは興味を示すだろうと思ったからだ。
「へえ、そんな店できたんだ。知らなかった」
葵が目を輝かせる。こういうところは、やっぱり普通の女の子なんだな、と思う。
「……どんな系統のお店なのですか? あまりごちゃごちゃしているのは好みではありませんけれど」
玲奈ちゃんも、少し興味を示したようだ。よかった。
《ふう、なんとか軌道修正できたかな》
わたしは内心で息をつく。こういう役割は、大家族で育ったせいか、すっかり板についてしまっていた。兄や姉、弟たちの間で、いつもこうして間に入って、場の空気を調整してきたから。
「結構おしゃれな感じだよ。輸入物の文具とか、ハンドメイドのアクセサリーとか置いてて」
「へえ! アクセサリーか……」
葵が呟く。その声には、ほんの少しだけ、普段の彼女にはない響きが混じっていた。
《葵も、本当は可愛いもの、好きなんだよね》
知っている。彼女が時々、スポーツバッグの隅に小さなキャラクターのキーホルダーを隠すように付けていることを。ボーイッシュな外見とは裏腹の、繊細な乙女心。
その時、隣でタブレットに没頭していたまひるちゃんが、突然「はっ!」と息を呑んだ。
「ど、どうしたの? まひるちゃん」
「……今度のイベント、限定グッズ……抽選……だと……?」
ぶつぶつと呟きながら、凄い速さで画面をスクロールしている。どうやら、彼女の好きなアニメかゲームのイベント情報らしい。こうなると、もう彼女は自分の世界から戻ってこない。
《ま、まひるちゃんはこれでいいか》
彼女は彼女の世界で満たされているなら、それでいい。無理にこちらの会話に引き込む必要はないだろう。わたしはそっと、まひるちゃんのコーラフロートのグラスが倒れないように、少しだけテーブルの中央に寄せた。
ふと、詩織ちゃんを見ると、彼女はいつの間にか本から顔を上げて、窓の外を見ていた。何か考え事をしているような、少し憂いを帯びた表情。
「詩織ちゃん? どうかした?」
「あ……ううん、なんでもない。……ただ、今日の雲、なんだか見たことある絵本の挿絵みたいだなって」
そう言って、詩織ちゃんは儚げに微笑んだ。彼女の言葉は、いつもどこか詩的で、現実から少しだけ浮いているような感じがする。それが彼女の魅力でもあるけれど、時々、ちゃんとこの場所にいるのかな、と心配になることもあった。
《詩織ちゃんは、言葉の世界の住人だもんね》
現実の、ざらざらした手触りの言葉よりも、物語の中の美しい言葉の方が、きっと彼女には心地いいのだろう。
視線を、少し離れた紬の席に向ける。彼女は相変わらず静かにハーブティーを飲んでいた。さっきよりも少しだけ、頬に赤みが差しているように見える。よかった、体調は悪くないのかもしれない。
紬は、わたしたちの会話を聞いているのか、いないのか。でも、時々、ふっと優しい視線をこちらに向けることがあった。まるで、すべてを理解しているかのように。病弱な彼女だけど、その心の中には、誰よりも強い何かが宿っている気がした。
《紬は、静かな水面みたい。その下には、きっと深い深い想いが沈んでいるんだろうな》
六人六様。
同じテーブルを囲んでいても(紬は少し離れているけれど)、見ているものも、感じていることも、きっと全然違う。
それでも、こうして同じ空間に集まっている。それは、ここが心地いいから? それとも、他に居場所がないから? あるいは、その両方なのかもしれない。