プロローグ:午後のプレリュード
午後の光が、古いレンガ造りの壁を伝って、カフェ・ソラリスの大きな窓から斜めに差し込んでいた。使い込まれた木の床には、テーブルと椅子の長い影が伸びている。店内に漂うのは、香ばしいコーヒー豆の匂いと、焼き菓子の微かな甘さ。低いボリュームで流れるピアノジャズの旋律が、食器の触れ合う音や、カウンターの奥で店主の星野さんがコーヒーを淹れる静かな音に溶け合っていた。
窓に一番近い、六角形の大きなテーブル。その一角で、天野ひまりはノートを広げながら、ふと顔を上げて店内を見渡した。柔らかな笑顔が、午後の光の中で優しく見える。彼女の視線の先、少し離れたソファ席には高遠玲奈が座っていた。背筋をまっすぐに伸ばし、白いカップを両手で包むように持ちながら、静かに窓の外に目を向けている。その整った横顔には、影が落ちて表情を読み取りにくくしていた。
ひまりの隣では、結城まひるが猫背気味にタブレット端末を覗き込んでいる。時折、むふー、と奇妙な息遣いが聞こえるけれど、その瞳は画面の中の世界に完全に没入しているようだった。周囲の音は、まるで耳に入っていないかのように。
カウンター席には、橘葵が脚をぶらつかせながら座っていた。快活そうな短い髪が、窓からの光を受けてキラキラと跳ねている。彼女は時折、星野さんと二言三言交わしては、けらけらと笑い声を立てる。けれど、ふとした瞬間に窓の外の公園へ向けられる視線には、普段の彼女とは違う、どこか遠くを見るような色が混じった。
一番奥の、壁際の小さなテーブル。一ノ瀬詩織は、分厚い文庫本の世界に深く潜り込んでいた。少し大きめの眼鏡の奥の瞳は、ここではないどこかの風景を映している。長い黒髪の三つ編みが、白いブラウスの上に静かに垂れていた。ページをめくる指先だけが、彼女がこの空間に存在していることを示している。
そして、ひまりたちがいるのとは別の窓際の席。白石紬は、ただ静かに外を眺めていた。色素の薄い髪が午後の光に透けて、儚げな印象を与える。カップに注がれたハーブティーからは、淡い色の湯気が立ち昇っている。彼女は時折、そっと自分の胸に手を当てる。その仕草はあまりに自然で、誰も気づかないかもしれない。けれど、その大きな瞳は、公園の木々を揺らす風の動きや、空を流れる雲の形を、じっと捉えているようだった。
六人の少女たち。それぞれが、それぞれの時間を過ごす場所。カフェ・ソラリス。
時計の針が刻む音だけが、やけにはっきりと聞こえる。変わり映えのしない、穏やかな午後のひととき。
けれど、窓から差し込む光は、ゆっくりとその角度を変え、影の形を移ろわせていた。まるで、これから始まる何かを静かに予感させるように。