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最初の誓い

「よくその状況から逃げ延びてくれた、アゼリア。嫌な話をさせてしまったな」


「いえ。いつまでも、隠し通せるものでもありませんでしたから」


「事情は分かった。ただ、もうひとつ問いたい。己がそのような状態だったのに、先程はどうして力を使った?」


 そんなことをすれば正体は間違いなく割れる。あれだけの人がいたのだ、いかにクルトが尽力しても、確実に隠し通せない。そのリスクを理解しながら何故、という問いだ。


「それは……」


 だが、改めて問われたリアの表情には、意外にも後悔も迷いも浮かびはしなかった。ただ真っ直ぐに、クルトを見ている。


「私の、最初の誓いだからです」


「最初の誓い?」


「はい。何があろうと、相手が何者であろうと、命を救うことに全力を尽くす、と」


「そのせいで嵌められ、命すら落としかけたのに、か?」


「私、きっかけになった暗殺者に力を使ったことは、後悔していないんです。ああしなければ、彼は死んでいたかもしれません」


 実際は、リアに治療をさせるために自傷でもしたのだろう。それを理解した上で、彼女ははっきりと口にする。


「悪意や罪を、放置していいとは思いません。ですが、死んでしまえば、それでおしまいですから」


「……まずは救うことが前提、と?」


「はい。私の判断で、救うか救わないかを選び始めてしまえば……それこそ、神を騙るような傲慢でしょう?」


 神子という名を、彼女は好いていなかった。人々の希望として分かりやすい象徴となるために、受け入れただけだ。それでも、それを適当に扱いたくもなかった。救えなかったものを忘れはしないが、救ったものは誇りだから。


「神子の名は、自分には大きすぎると思っています。だからこそ……その名に驕ることはしたくない。恥じずに済むよう、ひとつでも多くを救う……そう、決めたんです」


 それと同時に、思う。こうして追われ、必要でなくなったというのならば、自分は消えるべきなのだろうと。


「そうか……その誓いが、貴女の源動力なんだな」


「いきなり神子なんて呼ばれて、何か決めないと大変だっただけですけどね。……愚かだと思いますか?」


「他者の信念を、愚かなどと言うものか。それが貴女のあるべきと思うならば、貫くことを止めはしない」


「クルト様……」


「今はまず、当面の話をしよう。ここを離れるつもりだと言っていたな。当てもなく、逃げ続けるのか?」


「……はい。このまま留まれば、周りを巻き込んでしまう。そうなる前に……」


 先のことなど、考える間もなかった。未だに、どうすればいいか検討もつかない。ただ、このままではいけないという気持ちだけがある。

 だからこそ、決心が鈍らないようにと言葉を続けようとした。


「ならば、逃げた先ではどうする? 貴女が力を使い続けるならば、いつか敵にもその噂が届くだろう」


 だが、クルトははっきりとリアの意見を制止する。それが焦りによって導かれた結論だと、彼には分かっているから。


「相手も、そのうち強硬策に出てくるかもしれない。それこそ、周りを巻き込むような手でな」


「………………っ」


「このままでは、限界がある。いずれ貴女が力尽きるだけだ」


 クルトの言うことは、正しい。リアにだって、分かっていた。どうにもならないと冷めた心を無視して、希望のある振りをした。だから、それを他者に突きつけられるのは、辛かった。


「だけど……誰かを頼って、巻き込んで……それで争いでも起きたら、私は……!」


「違うな。貴女が命を落とせば、それこそ争いの火種になる。想像はできるだろう?」


「……それ、は」


 神子の不自然な死。それは確実に、世論を割る。陰謀に乗せられなかった者は、犯人を糾弾するだろう。王家もまた、その横暴を許しはしない。だが、敵もまたそれを予測した上で、行動を起こしたはずだ。数多の思惑が、衝突することになる。


「争いを憂うならばなおのこと、貴女がすべきは牙を見せ付けることだ。貴女を襲うのが愚かしいと、外敵に知らしめることだ」


「……そんなことを、言われても。私に、牙など……どうしろと、言うんですか」


 治癒以外の魔法も使えはする。だが、一人で敵に脅威を知らしめるほどの手段は持っていない。無茶を言っているようにしか聞こえなかった。

 その返答に、クルトはただ、静かに言葉を続ける。


「俺という牙では、不足か?」


「え……」


「貴女自身が牙を持つ必要はない。貴女を害せば牙を剥く猟獣がいればいい。それだけの話だ」


 最初から、クルトの主張は一貫していた。リア一人ではどうにもならないのだと告げているのは、だから頼ればいいという単純な答えだ。


「俺には、それだけの力がある。何しろ、武勲で貴族になった身だからな」


「し、しかし……それでは、クルト様まで襲われるかもしれません!」


「上等ではないか。何しろ俺は、今までにも何度となく襲われてきた立場だ」


「え……」


「よほど、獣人の辺境伯という存在が気に食わなかったらしくてな。面と向かって仕掛けてきた者も、策を巡らせてきた者も、数え切れん」


 いくら王家により認められた存在だとしても。いや、だからこそ、貴族の伝統を重んじるものや、獣人を下に見る者には、彼の存在は耐えかねるものだった。だから、何とかしてクルトを引きずり下ろそうとして――。


「だが、俺は全てを返り討ちにした」


 武をもって辺境伯となった、歴戦の獣人。それを甘く見ていた者たちが、彼に届くことはなかった。そしてその蛮行の報いとして、国によって裁かれている。


「所詮は獣、などと舐めていた連中が、武でも策でも負け、最後には尻尾を巻いて逃げ出すのは、なかなかに爽快だったぞ?」


「………………」


「おかげで、今は平和なものだ。この地を狙おうとする者など、そうはいない」


 実のところ、王家がクルトに地位を与えたのも、クルトがそれを受け入れたのも、そこまでを見越してのものだった。時代の変化に反発する者を炙り出しながらも、クルトならばそれを阻止することができる。そして、騒動を差し引いても、彼ならば国をより良くすることができる、と。


「無理を通そうとする愚か者がいても、俺もこの地も、そう簡単には屈しない。陛下と殿下も、すでに貴女のために動いてくれている」


 ひとつひとつ、彼女の不安を砕くようにクルトは告げる。


「民だって、疑問を抱いている者の方が多いだろう。ましてや、俺の領地に扇動など広めさせるつもりもない」


 その静かでありながらはっきりとした言葉は、リアの曇った視界に、少しずつ光を与えていく。


「意思は尊重する。だが、当て所なく、破滅に向かって進むのを認めるわけにはいかない」


「クルト、様……」


 色々なものが崩れて、何を信じていいかも分からなくなっていた。心の奥底では、もうどこにもいてはいけないのだと――破滅への道と分かっていても、それでも進むしかないと考えていた。


「どうして、私にそこまでしてくれるんですか……?」


 彼の言葉は、願っていた言葉であるからこそ、願ってはいけないものに感じてしまう。揺らぐ彼女は、問う。

 確かに領民を救いはした。だが、これからも自分を助ければ、厄介な目に遭うのが分かっているはずなのに、と。


「どうして、か。……ずっと人を救ってきた貴女が、それを言うんだな」


 その呟きは、少し呆れたようにも聞こえた。狼は、溜め息をひとつこぼした。少しだけ考えるような素振りを見せてから、頷く。


「そうだな。確かに、動機の分からない善意は怪しいものだ。俺の理由を教えておこう」


「理由……?」


「俺と貴女は、今回が初対面ではない」


「…………え?」


 予想外の言葉に目を丸くしたリアに、クルトは告げる。


「今から、7年前。王都に、大量の魔物が迫ってきたことがあった。俺はその討伐部隊の一員として、参加していた」


「…………それって、まさか」


「そこで、俺は貴女に……返しきれない恩を、受けたんだ」






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