白に染まる
銀世界を、ひとりの女性が走っていた。
「……はあ……はあ……」
辺り一面、見渡す限り雪だらけ。その上に降り注ぐ吹雪が、その女性の体力を奪っていく。荒い呼吸とふらつく足取りが、彼女がひどく弱っていることを示していた。
短く整えられた赤い髪、白を基調とした服。歳の頃は20と少し程度だろうか。優しげな顔立ちの美しい女性であるのが分かるが、余裕なく走り続けるその顔には、今は疲労が色濃く浮かんでいる。
(まだだ。もっと遠くに、逃げないと……)
それでも、と足を動かし続けた。気力だけで、前に進んでいた。
――それを、何日も続けていた。人は、そんなにも長い時間、奮起を保てない。
(……逃げて、どうするの? もう、私の居場所は、どこにも……)
そんな、冷めた思考が頭をよぎってしまった。体力も、気力もとっくに限界だった。だから、折れる瞬間は、あまりにも一瞬で。
足が、止まる。そうして、彼女はあっさりと、雪の中に倒れ伏した。
(ああ。何だか、全部が他人事みたいに……遠い)
意識が急速に遠のいていく。とっくに終わっていたのだ、と気付いた彼女は、死の恐怖以上に、早く楽になりたいと願った。
「……ねえ。誰か、教えて、よ。私、いったい……」
最後に、絞り出される言葉。もはや、それが自分の口からこぼれた言葉である自覚すら、はっきりとは持てないまま。
「どこで、何を……間違えた、の……かな……?」
その疑問すら、すぐにどうでもよくなって。彼女の意識は、白に染まった。