六、二度目の婚約解消 解明
誤字報告のお返事は、活動報告にあります。
「・・・・・俺が傍に居ることが、そしてそもそも、アダルジーザが伯爵となることが危険なのだと、大臣は言っていた」
「はあ、そうですか」
十歳のイラーリオが、アダルジーザの前で項垂れるも、もはやアダルジーザは動じない。
どうせ私だって十歳の子供なんですから、大人が子供を責めている図ではないのですし。
まあ、精神的問題はありますけど、目に見える姿が十歳なだけで、イラーリオも記憶を取り戻したというのだから、いいでしょ。
「本当に、アダルジーザは可愛いね。そうしてカップを持つ姿は、凛とした貴婦人のようなのに、見た目とは未だちぐはぐな感じがするよ」
「馬鹿にしています?」
「していない。他の人間が見れば、小さな可愛い貴婦人としか見えないだろうけど、こうして話をして、昔の君を知ってもいる俺は、中身とのギャップも感じるってことだ」
「・・・・・」
つまり、互いに同じ状況だと改めて思い知り、アダルジーザは居たたまれない思いで紅茶の水面を見つめた。
「それで。前回の、文官の時の俺は、大臣に心酔していたからね。その言葉を鵜呑みにしてしまったんだ。実際アダルジーザは、幾度も危険な目に遭っていたし」
「それこそが、大臣とご令嬢、ベネデッタ様の犯行でしたけどね」
ふんっ、と言い切り、アダルジーザは手元のタルトに思い切りナイフを入れる。
「気が付いた時には、すべてが手遅れだった。大臣の娘御は、自分がアダルジーザの傍に居て、危険が無いようにすると言っていたんだ」
「まあ、そうですか。ベネデッタ様には、危険な目に遭わされ嫌味を言われ、周囲までも巻き込んで孤立させられた記憶しかありませんけど」
思い出したら腹が立つ、とアダルジーザは一口大に切り分けたタルトに、強くフォークを突き刺した。
「言い訳にしかならないけど、俺は本当にアダルジーザのためにと、良かれと思って行動していた」
「へえ、そうですか。それで偉大な数式の発見をしたと表彰された時、トルッツィ伯爵位が欲しいと国王陛下に進言されたと、そういうことですか」
女伯爵の配偶者となるのではなく、自身が伯爵になりたいと言ったイラーリオに、アダルジーザは憎しみさえ覚えた記憶がよみがえる。
「そうだ。そうすれば、君は安全だと言われて」
「直系は私なのに、婿の貴方が伯爵になる。その意味、お分かりですか?」
アダルジーザの問いに、イラーリオがもちろんと胸を張った。
「君に危険が及ばなくなる」
「誤答です。貴方が伯爵となれば、愛人を囲うことが可能となる。つまり、大臣はベネデッタ様をまずは貴方の愛人とするために、貴方に爵位を求めさせたのです」
「そんな、馬鹿な。自分の娘を愛人にしたがる奴なんているか?大臣は、そんなひとでは・・・いや、むろん。今となっては純粋に信じすぎたとも思うが、大臣は、娘御をとても大切にされていた。それは、真実だ。だから、愛人にするなど有り得ない」
信じられない、と首を横に振るイラーリオに、アダルジーザは呆れた目を向ける。
「それ、本気で言っているのですか?」
「もちろんだ」
胸さえ張って言うイラーリオに、アダルジーザは大きなため息を吐いた。
「はあ・・・本当の馬鹿ですね。頭はいいのに、残念なこと・・・いいですか、特別に教えてさしあげますので、よく聞いてください。大臣は、もちろん可愛い娘を愛人などで終わらせるつもりはありませんでした。まずは愛人として入り込ませ、その後、私を始末して、貴方も、トルッツィのすべても手中にする手筈でいらしたのですわ」
「・・・まさか」
「信じる信じないは、貴方の自由ですが、それが真実ですわ」
こくりと紅茶を飲み、アダルジーザは小さく指を動かす。
それは、アダルジーザが真実を語っている時の動作だと、イラーリオは知っている。
「本当・・・なのか」
「ええ、もちろん。私も両親も、危険には敏感な方ですの。ですからきちんと調べまして、大臣とベネデッタ様の罪は、明確にさせていただきました」
アダルジーザの言葉に、イラーリオは首を傾げた。
「しかし、大臣や娘御が断罪されるようなことは、無かったよな?」
もしそれが真実なら、大臣も令嬢も罰せられたはずと、イラーリオはアダルジーザを見つめた。
「国王陛下はご存じでしたよ。ですが、重要な地位にある大臣がそのようなことを行ったとなれば、混乱は免れない。それは避けたいとおっしゃるので、取引をしました」
「取引」
「ええ。トルッツィ家に有利なように、計らっていただきましたわ」
「・・・・・何も、聞いていない」
ぽつりと言ったイラーリオを、アダルジーザがじろりと見やる。
「当然ではありませんか。誰が相手の共犯者に、こちらの手の内を見せるというのですか」
「それで、俺とは婚約解消か・・・やはり見限られていたんだな」
苦い笑みを浮かべるイラーリオを見つめるアダルジーザの表情に、侮蔑のそれが浮かんだ。
「自分が被害者のような言い方をするの、やめていただけます?大臣を信じすぎただけ、騙されただけ。何も知らなかったから・・・言い訳ばかりで、反吐が出ます」
きりりと言い切ったアダルジーザに、イラーリオが目を見開いた。
「言い訳ばかり・・・そうか。俺は、何も分かっていなかった、見えていなかったんだな」
「見ようとも、分かろうともしなかった、の間違いですわ。貴方は、真実が何か、確認することを怠ったのですから。そのような人間、トルッツィ家にも私の人生にも、不要です・・・少なくとも、前世の私はそう判断しました」
そうよ。
裏切者の獅子身中の虫なんて要らない。
私は、確かにそう思ったのに。
どうして、今になって胸が痛いのよ。
「・・・・・君の言った通り、頭のいい人間になろうとして、叶ったと思っていたけど。すべては、机上の空論しか語れなかったということだな」
「私が言ったから、ですか。前々世は、それで騎士となり、前世はそれで学業を極めた、と。つまり、すべては私のせいだと言いたいので?」
確かに、前世の時は頭がいい方がいいと言ったわ。
だって、騎士になれば、また婚約を解消になると思ったから。
・・・まあ、結果は一緒だったわけだけど。
「アダルジーザのせいだなんて言っていない。ただ俺は、アダルジーザが望む形で傍に居たいと願っただけだ」
「その割には、傍に居てくれませんでしたけど?」
前世、どれだけ放置されたか、とアダルジーザは遠い目になってしまう。
「だからそれは、俺が傍に居たら君が危険だと思っていたからだ。許されるなら、朝から晩まででも一緒に居たかった。アカデミーでは、卒業すればそう出来ると信じてもいたしな」
「ですが、結果。会うことさえ稀な関係になりましたね」
「ああ、不満だった。何度、王城なんて抜け出してやろうと思ったことか。君が危険な目に遭ったと聞くたび、傍へ行こうとして・・・・っ・・そうか。あれは、そういうことだったのか」
勢い込んで話していたイラーリオが、ふと何かに気付いたように言葉を止めた。
「何です?ひとりで納得して」
「ああ、いや。俺が、君の見舞いへ行こうとするたび、何かを贈ろうとするたび、大臣か娘御に良くないことだと止められていたんだ。君はそんなこと望んでいない、喜ばないと」
「望んでいましたし、会いたかったですけど!?」
思わず、完全に前世の自分の気持ちになったアダルジーザがテーブルを叩く勢いで言えば、イラーリオの瞳がきらきらと輝き出す。
「そうか!アダルジーザも、同じ気持ちでいてくれたんだね!今生こそは、絶対に離れずにいよう。そうだな、まずはたくさん話をしよう」
「え、ちょっと待って。今生こそは、って、私は」
「今生こそは、君を幸せにするよアダルジーザ!」
戸惑うアダルジーザを他所に、輝きを増していく瞳で、イラーリオは清々しく宣言した。
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