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一、三度目の顔合わせ







「トルッツィ伯爵令嬢。どうせ最後には捨てるのなら、最初から婚約などしないでいただきたい!」


「は?何を言っているの?サリーニ伯爵令息。捨てるのは、貴方の方じゃない!」


 びしっ、と相手に指をさす、まではしないものの、初対面である筈のその日。


 顔合わせのその席で、伯爵家の跡取り娘であるアダルジーザ・トルッツィと、その婚約者候補で同じく伯爵家の三男、イラーリオ・サリーニは、挨拶もそこそこに、彩りよく配置された茶会のテーブルを挟んで睨み合う。


「なっ・・・貴女を捨てる?俺が?」


「ええ、そうよ。何よ、覚えているのではないの?」


 今のイラーリオの言葉は、前世、もしくは前々世の記憶がある証拠だと確信したアダルジーザは、怪訝な顔のイラーリオを前に、臆す事なく言い切った。


「覚えて・・・というか。思い出したのは、昨日だ」


「あら、そう。それで、混乱しているのね」


「それは違う!俺は、貴女に見限られて」


 納得、と落ち着きを取り戻したアダルジーザがカップに口を付ければ、イラーリオが大きく首を横に振って訴えた。


「・・・そうだ、アダルジーザ。君が、俺を、切り捨てたんだ」


 アダルジーザ、と無意識なのだろうイラーリオに呼ばれて、アダルジーザは動きを止める。




 アダルジーザ、か。


 それに、この感じ。 


 そうよね、イラーリオはこんな風に話をしてくれていたんだわ。




 内容は不穏だが、口調が、婚約してからのそれになっている、とアダルジーザは懐かしさを覚えた。


 しかし、イラーリオが言っていることは全面的に誤りで、聞き流すことは出来ない。


「見限るだの、切り捨てるだの。それをしたのは、貴方の方じゃないの。それなのに、私がそうした、とでも言いたいの?私が貴方を捨てたって?」


「ああ。それが真実だからな」


 懐かしさは感じるし、思ったよりもイラーリオに嫌悪は感じない。


 それでも、この物言いは許せないとアダルジーザは眉を顰めた。


「何だ。何か言いたそうだな」


「だって、捨てたのはそっちなのに、私を悪者にするなんて酷いじゃない」


「悪者になんてしてない。君を、そんな風に思うわけがない」


 『それは誤解だ』と言ったイラーリオが、焦ったようにアダルジーザを見つめた。


 


 嘘を言っている目では、ないわね。


 そもそも、イラーリオは偽ることが苦手だったし。




 前世、前々世に於いて、アダルジーザを捨てたのはイラーリオである。


 その事実は変わらないものの、婚約解消に至るその時まで、イラーリオは誠実で優しく、アダルジーザは心からの信頼を寄せていた。


 だからこそ、イラーリオの裏切りが辛かったと、アダルジーザは、過去の心の傷を思い出す。


 しかしそれでも尚、温かな記憶が勝る、とアダルジーザは不思議な心地でイラーリオを見た。


「なんだか、懐かしいわね。分かっている?イラーリオ。今貴方、私のことをアダルジーザと呼んでいるのよ?」


「何だ。まさか、俺には名を呼ばれるのも嫌になったとでも言うのか?」


 的外れなことを不機嫌そうに言われ、アダルジーザは淡く笑った。


「そうじゃなくて。今日は、私たち初対面のはずでしょうに」


「あ」


 最初はきちんと『トルッツィ伯爵令嬢』と言ったのに、と言うアダルジーザに、イラーリオがしまったと口を開ける。


「まあ、いいけれどね。私も、イラーリオと呼ぶから」


 あっさりと言い切り、アダルジーザは肩を竦めた。


「ああ、それでいいが。君は、相変わらずだな。切り替えが早いというか」


「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくわ」


 しれっとして焼き菓子に手を伸ばすアダルジーザを、イラーリオが懐かしむように見つめた。


「そうだな。こうやって君に会えたことは、嬉しい。とても」


「何ですか、いきなり」


「だって。俺はいつだって、君が恋しかったから」


 微笑み言うイラーリオの瞳は、真実アダルジーザを優しく見つめていて、アダルジーザは何となくばつの悪い思いがする。


「私を、捨てたくせに」


 何を今更、とアダルジーザが言えば、イラーリオは大きく身を乗り出して叫ぶ。


「だから、俺を見限ったのは君だと言っているじゃないか!」


 そして話は振り出しに戻り、ふたりはテーブルを挟んで睨み合った。




ありがとうございます。

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