82:レオンは懇願する。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾
嫌な予感がして、クラウディアの私室の前で戻りを待っていた。
いつかは話さなければと思っていたが、もっと違う形で二人きりで話したかった。
ちゃんと思いを伝えたかった。
「クラウディア、俺とは目を合わせたくない?」
先程から一切合わない視線は、そういうことなんだろう。
「クラウディア」
「馴れ馴れしく呼ばないでください」
「っ、クラウディア……契約結婚の内容を聞いたんだな?」
「はい。離縁してください」
――――っ。
心臓が止まりそうだった。
いつかはこうなるとは思っていた。だが、大丈夫だとも思っていた。
確かに始まりは歪だったが、俺たちの間には確かな愛が生まれていたし、互いに想い合っていた。
だから、クラウディアがそこまで拒否するとは思っていなかった。
「離縁………」
「そういう、契約ですよね?」
「っ……」
どうしたらいい?
なにを言ったらいい?
クラウディアを悲しませてしまった。
クラウディアを傷付けてしまった。
クラウディアを苦しませた。
「俺がクラウディアを愛しているのは、伝わらなかった?」
「…………わかんない」
クラウディアの瞳からボロボロと涙が溢れ出し、それがドレスのスカートを握りしめた手の上に落ちていった。
泣かせたくないのに、泣かせてしまった。
「クラウディア――――」
「触らないで! 名前を呼ばないでっ!」
悲痛な程に叫ばれてしまった。
クラウディアの頬に手を伸ばそうとしたが、力の限り払い除けられてしまった。
「っ……すまない。君をこんな風に泣かせたのは何度目だろうな?」
男として、夫としても不甲斐なさすぎて、自己嫌悪に陥ってしまう。
愛しい者を傷付けて、何をしているんだろうか、と。
「離縁したくない」
「お父様のもつ権力はそこまで魅力的なのですね」
何を言っても、違う風に取られる。
「恋も愛も、充分に知りました。もうこれ以上は知りたくないです」
「っ…………では、俺と契約を結び直してくれ」
「へ?」
クラウディアが逃げられないようにする。
クラウディアが俺のそばにいるしかない方法を取る。
どんなに卑怯だろうと、どんなに苦しかろうと、俺はクラウディアを絶対に手放さない。
「君の実力なら、一人でもある程度のところまでは行ける。俺と結婚生活を続ける代わりに、ヴァルネファー領での狩猟生活を保証する。竜のような希少種の討伐も、俺がともにいる場合ではあるが参加を許可する。食べたい肉はいつでも何でもどれだけでも用意する。国民全員が揶揄するほどの狩猟民族だ。約束は違えない。だから、結婚したままでいてくれ。君を名前で呼ばせてくれ。どうか――――」
――――どうか、君のそばにいさせてくれ。





