72:帰路につく。
薄切り竜タンの塩レモン焼きを食べたゼルファー様は…………いたく感動し、タンを持ち帰りたいと言い出されました。
「驚いた。こんなにも美味いとは。牛や豚もそちらでは食べているのか?」
「はい。それぞれにそれぞれの良さがありますよ」
「ほぅ」
ゼルファー様が顎に手を当てつつ、何かを考えられているようです。
どうやら、これまでタンをあまり食べたことがなかったようで、戻ったら王宮で食べたいが、竜タンを上回ることはないだろう。という予想が、ちょっとだけ二の足を踏ませているようでした。
「それぞれの食材や部位で合う料理が違いますので、そういったことも楽しみつつ試食されると良いかもしれませんね」
「なるほど。うむ、試してみる」
「はい、ぜひ!」
タン普及委員会としては、是が非でもいろいろな食べ方をし、タンの良さを堪能して欲しいものです。
昼食を終え、ゼルファー様率いるラングス帝国軍に挨拶してから、帰路につきました。
ラングス軍は、赤竜の残骸などを焼却処分するために、もう少し残るとのことでした。
私たちヴァルネファー軍は、十キロ近い肉塊を全員が背負うという、謎めいた集団になってはいますが、満足です。
「そういえば、いつだったか竜のジャーキーを食べたよな?」
「あぁ、食べたなぁ。五年前か?」
「あれは美味かったな」
――――ジャーキー!?
「私は熟成ステーキの方が良く覚えているな」
「ああ! あれも美味かった」
――――熟成ステーキ!?
「だが結局は、普通に薄切りでサッと焼いただけに落ち着くんだよな」
「あー、解かる。シンプルに塩と胡椒だよな」
――――サッと焼くだけ。
戦闘部隊の面々が竜肉の思い出をポロポロと語っては、私の胃に大打撃を与えるという、恐ろしく辛い帰路になってしまいました。
話が聞こえてくるたびに百面相をしていたので、レオン様が肩を震わせて笑いを堪えていました。ちょっと、酷いです。
山を降り、馬車を置いていた場所に向かいました。
レオン様とケヴィン様が乗っていた、ラースとアレクも元気な様子です。
馬車と馬たちは、様々な理由で騎士を引退したものの、まだまだ戦える元騎士の三人がお世話係として呼ばれていました。
「急に呼び出してすまなかったな」
レオン様が感謝を述べていたのですが、個人的に焚き火の上に設置されているものが、とてつもなく気になりました。
巨大な骨付き肉塊が、向い合せで地面に刺しているY字の枝に乗せられ、一人が火の上でクルクルと回転させて、全面を焼いていたのです。
「そちらが奥方ですな。お初に――――」
白いおヒゲのおじさまが挨拶をしてくださっていたのですが、それどころではありません。
「何を焼かれているのですか!?」
「え……フォレストボアの大腿部ですが……」
お肉の表面はこんがり焦げ茶色。
焼きすぎのような気がしますが、焦げたような匂いはしません。
ただ、猛々しいお肉の匂いが充満しているのです。あと、見た目の暴力が凄いです。
――――それ、竜肉でやりたいです!





