60:想い合う二人。
何度も斬り付けては、何度も下がる。
少しずつ少しずつ。
剣がなまくらにならないよう、無理に刃を立てない。
「次で腱を斬るぞ」
「ハッ!」
重心を下げ、後ろ足に力を込める。飛び出すように走り、赤竜の後ろ脚を斬り付けた。
素早く、深く、裂くように。
叫び声のような咆哮が上がった。
走り抜けた後ろでグロロロロと喉の奥を鳴らすような音が聞こえる。
「来るぞ! 散開!」
木々を避けながらそれぞれが四方八方に全力で走り、赤竜から距離を取る。
ファイアブレスの攻撃範囲は個体差がある。
この赤竜がどれだけの戦歴があるか、経験を積んでいるのか分からないが、身体の大きさからして相当なものだろう。
同じ方向に逃げれば、それだけ被害が大きくなる。
赤竜は攻撃の主となっていた俺を狙いたいだろう。
ヤツの視界に収まるように走り、ブレスを俺に向けて吐くよう煽る。
一瞬だけ脳裏に浮かんだ、クラウディアの心配そうな顔。
――――っ。
大丈夫、ミスはしない。
大丈夫、大きな怪我はしない。
大丈夫、赤竜は肉にする。
今までは無茶な戦い方もしてきた。
別に命を粗末にしていたわけでも、諦めていたわけでもない。魔獣は殲滅する、としか考えてなかった。
誰かを守りたいと思ったことがあまりなかった。
もちろん民は守りたい。ただその他大勢といった感覚ではあった。
――――クラウディア。
初めて、心から愛しいと想った人だった。
初めて、『愛されたい』と思った。
「吐くぞ! 避けろ!」
広範囲攻撃のようなファイアブレスが、木々を燃やしながら迫ってくる。
予想と計画通り、赤竜は俺に狙いを定めていた。
走り回りつつ見つけていた、とある場所の際に立つ。
そこは、木の根が生み出した腰の高さ程度の段差。
ファイアブレスが届く直前、そこに飛び降りしゃがむ。
頭の上すれすれを炎が通り過ぎた。
ひとしきりファイアブレスを吐き終わり、赤竜が息をついたタイミングで安否確認。
「点呼! 怪我人は!?」
「軽度の火傷のみです!」
「継続してもう片脚も行くぞ!」
「「はいっ」」
――――赤竜よ、覚悟はいいか?
◇◇◇◇◇
木々の隙間からチラチラと見える赤竜。そして耳をつんざくような咆哮。
はっきりとは聞こえないのですが、人々が何かを叫ぶ声がこだまして届きます。
レオン様は大丈夫なのでしょうか?
先程戻られたラングス帝国軍の方々に、フォレストボアや野鳥の串焼きを提供しつつ、戦況を聞きました。
レオン様たちと前線を交代し、順次休憩を取りに来たそうです。
皆様、土煙と焼け焦げたような汚れにまみれていました。
ラングス帝国本部の方に水場を教えて頂いたので、そこから汲んできてお湯を用意していて良かったです。
少し水を足して、そこに浸けた布を皆様にお渡しすると、とても感謝されました。
順次入れ替わる騎士様たちの対応をしていると、一際高い咆哮が聞こえ、赤竜の方をジッと見ていると、急に炎が吹き出しました。
「あれが……ファイアブレス?」
「うわぁ、すげぇ……」
「おいおい、大丈夫かアレ」
赤竜はこの数日も何度かファイアブレスを吐いていたそうなのですが、今回のが一番大きいとラングス帝国軍の面々が言われました。
――――レオン様、無事ですよね?





