【2-3】
翌日の土曜日、ふたたび佐須刑事にうちの事務所へきてもらった。ここで彼に、ある男を会わせることになっていた。
その男とはアタシの大学時代の同級生で、目黒信二という。ばりばりのヲタクだ。昨日アタシは目黒に電話して今日の約束を取りつけた。彼に会うのは半年ぶりだった。
約束の午前11時を10分すぎても目黒はあらわれず、アタシはイラッとして彼のスマホにかけた。電話に出た彼は事務所の場所が分からず道に迷っているという。
ウソでしょ──半年前にきたこと、あるやろ!
仕方ないので駅まで戻れと彼に指示し、アタシは刑事にことわって、そこまで迎えに行くことに。はあ……。
そんなわけで、アタシが彼らを事務所で引き合わせることができたのは11時半くらいだった。
駅から目黒を連れて事務所に戻る道すがら、彼はアホみたく、
「いやあ剛流氏、いつ見てもお美しい」を連呼した。わかった、つーの。
それにしても佐須刑事、この目黒の恰好を見たらビビるだろうなあ。
上からバンダナ、黒縁メガネ、大リーグ・ロジャースのTシャツを肩まくりし、ダサいベルトをしたチノパンのなかにシャツを「イン」している。
オシャレの一環としてやっているとは、とても思えない。言うなればヲタクとしての意思表明?
身長は175センチくらいあってスマートで、ちゃんとした服装をすればそれなりに見えるのに、いったい何が愉しいのだろう。
そんなことを心でぶつくさ言っているうちに事務所に着いた。
「た、たいへんお待たせしました、刑事どの! めめ、目黒信二と申します」
「そんなに緊張しないで──K県警の佐須です。今日はご足労いただき、どうもありがとう」
とりあえずアタシは、ふたりの客人にお茶を出した。
「K県警、ですか」
「相撲原の、あの事件を担当している」
「TAC御大、気の毒でしたねえ」
「御大?」
「いえいえ」目黒は手を振りながら、「われわれヲタクにとっては神様みたいな存在でしたから、TAC氏は」
「なるほどね。あなたは……くっ、」佐須刑事は笑いを堪えるのに必死だった。
そうなのだ。アタシはもう感覚がマヒしているが、この目黒という男、笑いのツボを刺激する妙な毒性がある。
「……剛流さんの、大学時代の同級生なんだね」
「ええ。剛流氏とは大学1年のときにおなじサークルで知り合いまして、それからもう14年の歳月が……ぐっ、」
アタシは目黒の足を踏んづけた。そんなこと言ったら、歳がバレるでしょうが!
「いやあ、この……美人にヒールで足を踏まれるというのは、じつに萌えぇですなあ」
ダメだ、こいつ。刑事さん、早く本題に入って。
「さっそくワタクシのほうからインタビューさせてください」
言って目黒はカバンからノートを取り出した。どの辺がさっそくなのか、さっぱり分からない。
「……あ、そのまえに、遺体発見時にその場にいた方々を確認させてもらってもいいですか。昨日、電話で剛流氏から伺った事前情報の確認です」
そうだった。昨日目黒に電話したとき、彼はやたらとアタシから事件の詳細を聞き出そうとした。
又聞きになるし二度手間にもなるから今日まで待て、というアタシの助言も聞かず、せめて当事者情報だけでも教えてくれとしつこくせがまれたのだ。