【2-1】
その日、いつもは閑古鳥が鳴いているこの探偵事務所にとつぜん来客があった。
飛び込みのお客さんなんて、まずあり得ない。ここへくるのは出前のそば屋さんとか郵便局員とか、そういう人たちしかいないはずだ。
だから事務所のインターホンが鳴ってドアを開けたとき、あまりに場違いな男性がそこに立っていたのでアタシは面食らった。
やたらでかくて体格のいい男性だった。Yシャツを袖まくりしスーツの上着を抱えている。
「あんたは、誰」男はドア口で言った。
いやいやいや、それはこっちのセリフだわさ。ま、仕方ないか。もしかして馴染みのお客さんかもしれない──叔父の。
「叔父の、多々木一のお知り合いのかたですか」
「……タッキンは、いないの?」
タッキンてかわいいな、おい。叔父のニックネームか。
予想はしていたがその男は刑事だった。佐須正義さんという、らしい。
とりあえず事務所のなかに入ってもらい彼にお茶を出した。それから、あらためて自分の名刺を差し出した。
【多々木探偵事務所 所長代理 剛流恵子】
「所長代理?」
「ええ、叔父はいまニューヨークで仕事をしています。彼が留守にしている間、私がこの事務所を代理で任されているんです」
「ああ」と刑事はアタマを掻きながら、「あの男、数年前にもふらっとニューヨークへ行ったんだったな。まったく、あいつが彼の地に何の用があるってんだ」
「くっ、」
アタシは思わず吹き出した。まったく同感である。叔父があちらで何をやっているかは、さっぱり分からない。
「あんた、タッキンの姪御さん?」
「はい。多々木は母の旧姓です」
「……タッキンと連絡、取れないかな」
「叔父は電話嫌いなので、もっぱらメールでやり取りしています。何か、お言伝てしましょうか?」
「そうだな、タッキンが海外で無理なら吉田さんと連絡を取りたい。そうタッキンに伝えてほしい。占い師の吉田、で分かると思う」
「かしこまりました」
佐須刑事に頼まれた文面でメールを作成して送信すると、すぐに叔父から返信があった。
『吉田さんは、しばらくハワイにいるとのこと。残念! はじめ』
『じゃあ、姪御さんに協力してもらっても、いいかな? まさよし』
ちょっと! ……ちょっと、ちょっと。何、勝手に話を進めているの? てゆうか、おっさん同士がファーストネームを使ってメールし合うの、やめてよね。
『刑事さんにはいつもお世話になっているから、いいよ。てなわけで、恵子、あとはよろしく。叔父より』
よろしくじゃねーよ、おい。アタシは頭をかかえた。
「じゃあ、さっそく事件の概要だけど」
「ウソでしょ!」アタシは堪らず叫んだ。「そんな新本格推理みたいな展開、あり得ないですから」
「だよね。……お茶、ご馳走さま」
刑事はあっさり引き下がった。が、ソファを立ちながら、
「お飾りの所長代理、か」ぼそりと呟く。
はい、カチンときましたよ。
「ま、まあ……叔父もああ言っていることですし、お話くらいは伺っておこうかしら」
ふっ、と刑事は腹の立つ笑い方をした。