【1-4】
「はじめまして」
ミオタソはオレを見てにかっと笑った。
頭上からベレー帽、アラレちゃんみたいなデカい眼鏡、白いブラウスに黒いネクタイ、黒いベスト……と基本的には黒が勝っている。
スカートはだいぶ短いが安心してください、黒いタイツを履いています。
恰好は若いが、うん、やはり年相応だ。ちゃんと30代半ばに見える。ドラマ「快速男」に出演していたころはまだハタチそこそこだったのね……。
えらいもので小田急相撲原駅構内にいる人びとの、誰ひとりとしてミオタソに気づいていない。女優・タレントである彼女に。
「それじゃ行きましょうか」
ふたりしてタクシー乗り場へ向かった。ウチは駅から徒歩で15分くらいだが、レディを歩かせるのはさすがに気が引ける。
帰宅ラッシュの時間帯でもあり、タクシーの順番待ちだけで10分ほど食った。ミオタソがスマホをいじりつつ、
「うちのスタッフ、もう三沢さんのお宅に到着したみたいです」
「あ、」とオレ。「だいぶ早いですね。申し訳ないけど玄関先で待っていてもらうよう、お伝えください」
機材を運搬する都合上、彼女のスタッフさんたちにはクルマで直接ウチへきてもらう手筈になっていた。
だいたい19時半くらいにという約束だったが、交通の具合でちょっぴり早く着いてしまったのだろう。
オレらふたりもタクシーに乗ってしまえば10分ちょいで自宅に着いた。歩いたほうが早かった、は言いっこなしだぜ!
なんじゃかんじゃ、ウチの玄関先でスタッフさんたちと合流したのが19時25分ごろだったと思う。
プラスで珍事件があった。波多野のタクシー運転手──オレのスマホを届けにきてくれた男もまた、さきに到着していたのである。
「わざわざすみません」
言いながらオレが近づくと、どうも運転手の様子がおかしい。ミオタソを凝視したまま硬直っている。まさか彼女の隠れファン?
「……ンゴくん?」
ミオタソの反応もおかしかった。どうやらふたりは知り合いのようだ。一瞬、脳内が真っ白になる。この状況をどう説明したらいい。
「お代はけっこうです」
運転手はぶっきらぼうに言うとスマホを渡してきた。オレが落としたオレのスマホだ。
「え、あの……」
パニクるオレをよそに、彼はミオタソを無視するかたちでそのまま門から出て行った。
「知り合いのかたですか」
オレがたずねると、
「むかし、マネ……スタッフだった人です」
ミオタソは答え難そうだった。てゆうか、いまマネージャーって言いかけましたよね? 彼女の全盛期を知る人間なのか、あの運転手は。
思わぬハプニングだったが、スマホを落とした失敗にばかりかまっていられない。スタッフさんたちも待たせていることだし。
「お待たせしちゃいましたね。はじめまして、三沢です」
「音響の横浜、照明兼カメラマンの植木です」
ミオタソがふたりのスタッフさんを紹介してくれた。横浜さんは若くて可愛らしい女性だった。植木くんは男性なので、どうでもいい。
見るとキャスター付きの黒いコンテナが三つ。けっしてデカい会場じゃないとは言え、最小限の機材でもこれくらいは要るのだろう。
さっそく玄関のドアを開け、彼ら持参の板を噛ませてコンテナを部屋に運んだ。
それから機材の設置、リハーサル……と慌ただしくもたのしい時間が過ぎて行った。
遠慮する彼らを押し通すかたちで寿司も取ってやった。てゆうか、撤収に合わせてすでに宅配済みなので食べてもらわないと困る。
ビールも勧めたのだがバンを運転する植木くんは飲めないし、飲まない。ミオタソも飲まない。唯一、横浜さんだけがオレにつきあってくれた。
「植木くんが……クッ、」横浜さんが笑いを堪えながら言う。「あの運転手さんに向かって『インフェルノミサワさんですか?』って聞いたんですよ」
「そりゃ間違えるっしょ、いきなり庭を通って玄関に近づいてきたら。ご主人かと誰だって思うじゃん」
植木くんはムッとしながら寿司に手を伸ばした。
ミオタソは苦笑いを浮かべたままこの話に乗ってこない。やはりあの運転手には触れたくないようだ。
*
5月19日(日)──いよいよ降霊会当日となった。
ずいぶんまえからSNSツイスターで告知はしていたものの、実際に集まったのはオレとミオタソを除けば4人だけだった。
いくらツイスター上で仲良しとは言え、物理的に神奈川県のウチまでこられるのは首都圏在住の人にかぎられる。その4人は全員おっさんだ。
伝説のアイドル・粥田有美子を知っている時点で40歳オーバーはほぼ確定。30代半ばのミオタソがむしろ例外なのである。
簡単に紹介しよう、ただし垢名とだいたいの住所のみ。
いかリングさん、都内在住。スーパーえびフライさん、都内在住。タコシマさん、埼玉在住。ビーフさん、京都在住。
ビーフさんはちょっと特殊だ。ひとりだけ垢名が魚介類じゃないってのもあるが、京都在住て。
じつはこのかた、すでにリタイアしていて時間的余裕がある。ちょっと遠いがツイスター仲間のために神奈川くんだりまできてもいい、と言ってくださったのだ。
そんなわけで主催者のオレ、二役のミオタソ、おっさん4人の計6名が小田急相撲原駅に集合した。時刻は14時をすこし過ぎたころ。
ミオタソは何も知らない降霊会参加者と、降臨する霊の二役をこなす。そのためにわざわざ駅に集合し、あたかも三沢宅ははじめてですよ感を出している。いかつい念の入れようである。
もちろん、いまごろ会場ではスタッフ2名が裏で待機している。彼らはスペシャルライブの準備に余念がない。
タクシー2台に3人ずつ分乗する。行き先はウチ──降霊会の会場だ。
あまりにプランが完ぺきすぎて思わず頬が緩みそうになる。失敗する要素はどこにもない、そんなことを考えているうちにタクシーは目的地に着いた。
降車して一番最初に門扉を開ける。だってここはオレの家だからね!
……ところが。
遠目に異物を発見して胸がざわついた。玄関先に段ボール箱が置いてある。それもけっこうデカいやつが。
こんなものを持ち込むのは、あのスタッフたちしか考えられない。だが本番も差しかかったいま、彼らがこれほどバカげたミスをするだろうか?
とても平静ではおれず、客人たちをエスコートするのも忘れて箱に駆け寄った。そして人目もはばからずテーピングを破り開封した。
箱のなかには、死体が入っていた。