表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

どうもすみません。孤児院出身メイドの私が王子様と結婚することになりまして。

作者: 有郷 葉

 私、オルディアは孤児院で育った。

 我慢しなければならないこともあったけど、それほど悪い環境じゃなかったと思う。食事もおやつもちゃんと貰えたし、学校にも通えた。

 普通の家の子と違うのは、いずれ自分だけの力で生きていかなければならないという点だろうか。


 この世界では職業に応じたクラスが与えられる。

 大工なら【カーペンター】、料理人なら【シェフ】、といった具合だ。

 クラスを得る利点は主に二つあるよ。

 一つは仕事に必要な能力が補正されるという点。体がよく動いてスムーズに仕事をこなせるようになる。

 もう一つは必ず固有の魔法が発現するという点。こちらも仕事で役立つ便利なものが多いね。


 孤児院には毎年、王国の学術機関から研究者達がやって来る。

 子供達の適性を判断し、将来へのアドバイスをくれる有難い人達だ。また、十五歳になった子にクラスを授けるという役目も担っている。

 そして、私も今年、十五歳を迎える一人だった。


 私は女性の研究者と向かい合って座る。

 この人、ずいぶん若く見えるな。まさか私と同い年くらい……?

 まじまじと顔を見つめる私に、彼女は小さく微笑んだ。


「若いから心配? 大丈夫よ、私は人より少し頭の回転が速くて、少し才能があるの。規定の試験も全てパスしてるわ。じゃあ、まずはあなたの適性を見るわね」


 はっきり言う人だ。でも、あまり嫌味な感じはしないね。

 去年までの適性判断で、私は体を動かす仕事が向いていると言われていた。私自身も、事務的な作業などより、そっち向きだろうと思う。

 やがて女性研究者は「やっぱりね」と呟いた。

 私の目をまっすぐ見つめる。


「オルディアさん、あなたの適性はメイドよ」


 え……、メイド限定? 確かに体を動かす仕事ではあるけど。

 戸惑う私に彼女は。


「あなたが得ることになる魔法は、国の運命をも左右する可能性があるわ」


 そう言われた私はさらに戸惑うしかなかった。

 通常、【メイド】が発現する魔法といえば、〈拭いた窓が綺麗になる〉や〈干した洗濯物が早く乾く〉なんかだ。

 国の運命を左右……? ピンとこないにもほどがある。

 しかし、そんな風に断言されては、他の職業にします、と言える状況にはとてもなかった。

 結果、私は【メイド】のクラスを授けてもらうことに。


 発現した固有魔法は〈聖母〉だった。

 いや、私まだ独身だし、恋愛も未経験なんだけど……。


 一仕事終えた研究者の彼女は、納得したようにうんうんと頷いている。


「メイドの業務は母親的なものが多いし、きっと【メイド】関連の最上位魔法ね。私の名はルクトレアよ。よければ職場も紹介してあげましょうか? とてもいい所があるんだけど」

「じゃあ、お願いします……」


 と紹介されたのはなんと国の中枢、王城。

 国内最大と言ってもいい職場で、メイド以外にも色々な業種の人が勤務する場所だけど、私は持ち前の人当たりのよさでどうにかなじむことができた。

 ちなみに、ルクトレアが所属する機関もこの城に入っている。

 私と同い年だった彼女は、何でも気軽に話せる友人になった。


 ルクトレアは私の休憩時間に合わせてしょっちゅう遊びにきた。

 ああ、今日も先にいるね。

 メイド達の休憩室に入ると、すでにルクトレアがテーブルに。


「あ、来た来た、早くお茶入れて」

「早速それ? 別にいいけど」


 すると、部屋にいた他のメイド達も口々に、私にも私にもと。別にいいけど。


 私の固有魔法〈聖母〉は常に発動しっぱなしの魔法だ。

 その効能は、私の育んだものは全ていい感じになる、というもの。植物の種を植えればすくすくと成長し、お茶を入れれば何だかとても美味しくなる。

 そんなわけで、……私は皆から便利に使われていた。


「はぁ、美味しい。さすが〈聖母〉のお茶だわ」


 一息ついたルクトレアは思い出したように。


「私、昇進したわ。所長になったの」

「早すぎない? まだ十六歳じゃない」


 前に彼女は私に、自分のことをはっきり言ったのだと思った。けど実は、かなり控え目に表現したのだと今なら分かる。

 ルクトレアのクラスは【セージ】。固有魔法は〈導く者〉だ。

 予知のようなこともできるらしく、それで私の元にやって来たんだって。

 能力が高くて未来も見えるなら、色々と自由自在か。

 と思っているのが彼女にバレたみたい。


「権力はあるに越したことはないからね。オルディア、貴族からいじめられたら私に言って。家と私個人の力を使えば、大抵の人は潰せるから」

「何を怖いことを……。貴族は私なんて眼中にないよ」


 王城には仕事に就いている貴族もいるけど、そうじゃない貴族も日々わんさか訪れる。

 主にご令嬢様方だね。

 ただ、彼女達も遊びに来ているわけじゃない。少しでもいい結婚相手を獲得するために、家柄や容姿を武器に戦いに来ている。そう、ここは彼女達の戦場だ。

 メイドの私に構っている暇なんてないだろう。


 それでも、周囲で仕事をしている私には、嫌でもご令嬢様方の話が耳に入ってくる。

 もちろんほとんどが殿方に関する話ね。

 どうやら一番人気はこのヴェルセ王国の第一王子、アルフレッド様らしい。人間性は素晴らしく、見目も麗しいんだとか。射止めればゆくゆくはこの国の王妃だし、確かにこれ以上の人はいないよね。

 まあ、アルフレッド様を見たこともない下層メイド(仕事場がだよ)の私には、全く関係のない話だった。


 ある日のこと、夜勤中に休憩室に戻ってみると、見知らぬ男性が立っていた。

 立派な服装、位の高い役職の人かな?

 彼は私を見るなり申し訳なさそうに。


「あ、ごめん、ここはメイドさん達の休憩室だよね? 人にこの場所で待っておくように言われたんだけど……」

「そうなんですね、じゃあ待っていてもらって全然構いませんよ」


 と私は彼に椅子を勧めた。

 それにしてもこの人、ずいぶん疲れてるように見える。

 そうだ、あれを分けてあげようかな。


「これ、自分用の夜食に作ったシチューなんですけど、ご一緒にどうです? 元気が出るかもしれませんよ」

「いいの? お腹空いてるし、いただこうかな」


 シチューを一口食べた彼の顔が輝く。

 次々にスプーンを運び、あっという間に完食してしまった。


「とても美味しかったよ。何だか本当に元気が出たし」

「それはよかったです。お茶どうぞ。きっとさらに元気になりますよ」

「え? ……あ、そうだ。君は俺が誰かは知らないの?」

「存じ上げないです、すみません。私、下層メイドなもので。あ、仕事場がですよ」


 私の言葉を聞いた彼は途端に笑い出した。

 何かおかしなことを言いましたか?


「ごめん。俺のことはアルと呼んでくれ。大した身分でもないから敬語はいらないよ」

「じゃそうするね、アル。私のことはオルって呼んで」


 この日から、私とアルはたまに夜の休憩時にお茶をするようになった。

 不思議なことに、その時は部屋に彼と二人きりになる。

 これについて他のメイド達に尋ねても、ニヤニヤした笑みを浮かべるだけだった。何なの?

 その方がアルもゆっくりできるだろうから、別にいいんだけど。


 どうやらアルは大変な仕事をしているらしい。

 いつだったか、こんな話をしていた。


「また戦線に戦士を送ってほしいと催促がきたよ……。人は物じゃないんだ。皆、家族だっている。そんなに簡単には、送れるはずないだろ……」


 人類は今、魔獣という共通の外敵と戦っている。

 戦線はこのヴェルセ王国からは遠く離れているけど、戦況が思わしくないみたい。

 アルがよく疲れた顔をしてる理由が分かった気がする。

 ……彼は、すごく優しいからだ。

 よし、今日はアルの好きなトマトリゾットを作ってあげようかな。

 休憩室に行く前に、私は鏡でささっと銀色の髪を直した。

 いや、何も意識してないよ。

 確かに、アルは綺麗な金髪で見目も麗しいけど、私は何も意識なんてしてない。


 そうして、アルとお茶をするようになって半年が過ぎた頃だった。

 彼が突然、大事な話がある、と切り出してきた。

 いつになく真剣な表情だ。


「いきなりだけど許してほしい。もう時間がないんだ。オル、俺は君ともっと、そしてずっと一緒にいたい。どうか、俺と結婚してくれ」


 ……なんてストレートな言葉。心に直接響いてくる。

 と思った時には、もう口が勝手に動いていた。


「いいよ、結婚しよう」


 口が勝手に返事してしまったけど、まあ私の気持ちも同じだ。


「私も、もっとアルの近くで、そしてずっとアルのことを支え続けたい」

「オル、いや、オルディア……、ありがとう」


 あれ? 私、本当の名前言ったっけ?

 休憩室の入口でルクトレアが満面の笑みを湛えて立っているのが見えた。彼女はパチパチと手を叩きながら近付いてくる。


「おめでとうございます、アルフレッド様」


 アルフレッド様って、まさか……。


「アルってもしかして……、第一王子のアルフレッド様?」

「そうだよ。オルディア、いつか気付くだろうと思っていたんだけど」


 ルクトレアがポンと私の肩に手を乗せた。


「最後まで気付かない辺りがオルディアよね。アルフレッド様、隣国の姫君との縁談話、それに今回の件を元老院に認めさせるのも、後は全て私にお任せください。それほど難しいことではありません。お隣の姫様は予知しなくてもあの浪費癖で国を衰退させるのは明らかですし、対して、オルディアが王妃になれば固有魔法〈聖母〉が国全体に適用されるのですから」


 〈聖母〉が、国全体に適用……!


「確かに魔法もすごいけど、俺はオルディアの飾り気のないところが好きになったんだよ」


 ……ありがとう、アルフレッド様。嬉しいような、あまり嬉しくないような。

 いや、それより……。


「……ルクトレア、最初から全部仕組んでた?」

「あなたの魔法は国の運命をも左右すると言ったでしょ。それに恋愛は本人達の意思が大事。私はちょっとお膳立てしただけよ。あとは根回しね、彼女達に」


 彼女達……?

 もう一度入口に視線を向けると、メイド達が怒涛の如く雪崩れこんできた。


「おめでとう! オルディア!」

「やったわね!」

「王妃になっても友達よ!」

「王妃になってもお茶を入れてね!」


 み、皆、ちょっと待っ……!

 そのまま同僚達に連れ去られた私は、衣装部屋に放りこまれる。

 着たことのない豪華なドレスに袖を通し、飾り気のなかった私は大いに飾り付けられることになった。


 気付けば、大広間でアルフレッド様の隣に並んで立っていた。

 目の前には貴族の皆様方。

 まずアルフレッド様が何か話した後に、進行を務めるルクトレアが「ではオルディア様、ご挨拶を」と振ってきた。


 え、急に言われても。何を喋ればいいの?

 見回すとご令嬢様方の姿もあちこちに。呆然とした表情で私を見つめている。

 そうだ、彼女達にしてみれば、私のような者に一番人気の男性を取られるのは想定外に違いない。

 ここはちゃんと謝っておいた方がいいかも。


「どうもすみません。孤児院出身メイドの私が王子様と結婚することになりまして」


 呆然としていたご令嬢様方の口がパカッと開いた。

 ……逆に失礼なことを言ってしまった気がする。どうもすみません。



エピローグ


 婚姻から程なくして、アルフレッドは父王様から王位を受け継いだ。

 その最初の年から私の固有魔法〈聖母〉は目に見えて効果を発揮する。国中の作物がたわわに実り、他国との商談も次々にまとまって取引件数も急増。

 ヴェルセ王国はかつてない繁栄の道を歩み始めた。


 一方で、私自身も新たな命を授かることになった。

 誕生した女の子に、私とアルフレッドはオルセラと名付ける。

 この子の人生がどうか幸せなものでありますように、と私達は願わずにはいられなかった。

 ところが、ルクトレアがオルセラを見るなり、


「この子の適性はメイドよ」


 と言った……。


「ちょっと待って。王女なのに適性がメイドなの? また、国の運命をも左右する、とか言い出すんじゃないでしょうね?」

「国どころじゃないわ。……ふふ、私としたことが、完全に見過ごしていた。考えてみれば当然よ。だって、あなたの魔法は〈聖母〉なんだもの。母親となってからが本領発揮だった」


 ぶつぶつ呟いた後に、ルクトレアは確信を持って言い放った。


「この子は世界の、つまり人類の運命をも左右する可能性を秘めているわ」


 えー……、生まれてきたばっかりなのに、世界一重そうなもの背負わせるのやめてあげて……。

お読みいただき、有難うございました。

この下に本編メイデスへのリンクをご用意しています。

よろしければご利用ください。

また、ついでに途中にある☆マークでこの短編への評価を付けていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] オルセラは、オルディアの娘? ルクトレアの娘? 物語によって矛盾が、、、
[良い点] 短編2つとも楽しく読ませていただきました。 [気になる点] オルセラの母親は結局誰なのか? 短編によってオルディアの娘、ルクトレアの娘と書かれていて混乱中です。
[良い点] >「王妃になってもお茶を入れてね!」 友達(直接会う機会があるかは別)ならまだしも、茶を入れろと言えるこの子は強い! [気になる点] ルクトレアさん、「メイド(家事)ってっは親的なもんよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ