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夏休み1


どうも女子生徒Aです。

なぜかひと夏の間、推しがホームステイすることになりました。

何を言っているのか自分でもよくわかりません。

しかし私の手には久羅くんの荷物が握られているという事実。


「重い……」

推しの荷物を預かっているという使命。

そして物理的にマジで思い。

「これ、何入ってるの?」

「ベンキョー道具」

つまり参考書や課題類であると。

道理で重たいわけだ。

当の久羅くんは、夏休み初日だというのに制服だ。荷物も学校指定の鞄しか持っていない。

私服が見られるかもと思っていたので、少しがっかりした。

もちろん夏服も最高ですけども。

真っ白な二の腕とか、薄いシャツ一枚だからこそ意外と肩幅があってしっかりしていることがわかるところとか。

クッ……!夏の青空と久羅くん。写真撮って待ち受けにしたい……!

「今、邪なことを考えたな」

おほほほ。

とりあえず笑ってごまかしておいた。


それから私たちは会話という会話もなく、学校前からバスに乗った。

一番後ろの席の窓際で、久羅くんは片肘ついて外を眺めている。

なんだか今日の久羅くんは、いつもよりぼんやりしている感じがする。気が抜けているというか、優等生の皮のかぶり方がかなり雑というか。

「随分と家が増えた」

駅前を過ぎて住宅地へと入り、彼はポツリと呟いた。

「そう?」

「昔、ここは……」

途中で言葉を切り、久羅くんはそれっきり黙り込んだ。

だから私も続きを聞くことなく、一緒に窓の外を眺めた。


我が家はよくある一軒家だ。

建売住宅ってやつで、ご近所はみんな似たり寄ったりの見た目をしている。目印は玄関わきのでっかい信楽の狸だ。

その昔、酔っぱらったお父さんがどこかから持って帰ってきてしまったものだ。

お父さん曰く、勝手についてきたとのことだが、結局返すところがわからず我が家の門番をしてもらっている。

なんだか今日の狸、黒ずんでいる、というか青い?

庭の木に水をやるついでに軽く水をかけるだけだから、さすがに汚れてきたのかな。

今度ちゃんとゴシゴシ洗ってやるか。

「なぜ、狸が」

久羅くんと狸が見つめあう光景はなかなかにシュールであった。

不思議と狸も久羅くんという存在におののいているように見える。


「ただいま~」

荷物をドッと下に置くと、すぐさま母の明るい声に出迎えられる。

「いらっしゃい。まぁ~!すっごいイケメン~!」

きっといまかいまかと待ち構えていたのだろう。

普段は着ない花柄のエプロンなんて着ちゃってさ!可愛いエプロンじゃねーの!

「お世話になります」

「いいのよ。天涯孤独の上に、実家が火事で燃えちゃって、寮からも締め出されて……本当に大変だったわよね。狭い家だけど、自分の家だと思って過ごしてね」

愛想笑いを浮かべたまま、ゆっくりと久羅くんがこっちを見る。

両親を説得するにあたり、多少脚色を加えて説明したことを忘れていた。

まぁ久羅くんならうまく合わせられるよね!

という意味を込めて親指を立てたら、親指を逆側に曲げて折られそうになった。あだだだだ!


「君が久羅くんか……」

のっそりと遅れて父も顔をだす。

その手にはなぜか将棋盤があった。

「君、将棋はできるかね」

「ええ、多少は……」

「そうか。きたまえ」

はぁと珍しくよくわかっていない顔で久羅くんは父についてリビングへと入っていった。

「お母さん、何あれ?」

「さぁ?」

とりあえず久羅くんの荷物を、今は一人暮らしをしている兄の部屋へと運んでおいた。

お勉強道具が詰まった鞄もひぃひぃ言いながら二階へ運び、換気のために開けっぱなしだった窓へ近寄る。

今日からここで久羅くんが暮らすんだ。

自分で言い出したことで、まさかの実現をしてしまったけれど、いまだに実感がわかない。

下に戻ったら久羅くんはいなくて、実は夢だったりして。

そんなことを考えながら下へ降りると、父が将棋盤を前にして沈痛な面持ちで頭を抱えていた。

「私はまだ認めていないからな……!」

「はぁ……」

どうやら私が荷物を運ぶ短時間で、勝敗はついてしまったらしい。

またもやよくわかっていない顔で相槌を打つ久羅くんと、ますます対抗心を燃やす父に母だけがニコニコと笑っていた。なにやってるんだろう。


家の中を案内して、必要な日用品をちょっと買い足しに行ったりしているうちに夕方になって、四人で夕飯を食べた。

そういえばお昼ご飯の誘いは全敗だったから、久羅くんと一緒にご飯を食べるのは始めてだ。

久羅くんは綺麗な所作で母の煮物を食べ、白米を口に運んでいる。

ポテトサラダには手を付けないあたり、やっぱり和食が好きなのだろうか。

「何?じっと見られると食べづらいんだけど」

「久羅くんがご飯食べてる……」

尊い。

とりあえず合掌しておこう。

「本当になんなの……」

ドン引きしていることを隠しもしない様子もまた貴重。

もう一度合掌。

「煮物美味しいです。学食だとこういうの食べられなかったので、嬉しいです」

「まぁ~!ありがとう!」

無視された。悲しい。

ん?塩対応はいつものことだから、悲しいって変じゃない?

自分の中の思いがけない感情に引っかかりつつも、私も合掌していた手に箸を持ち直した。


「久羅くーん。入っていい?」

元兄の部屋。今は臨時久羅くんの部屋のドアを肘でノックする。

なんで肘でノックするのかというと、両手にアイスを持っているからだ。

「何?」

塩百パーな声で久羅くんはドアをちょこっと開けて、隙間から顔をだす。

お風呂上りだからか、髪の毛が濡れていた。

「アイス持ってきたから食べよう」

「アイス?」

きょとんとした顔の久羅くんの隙をついて、部屋の中に侵入した。

そして勝手知ったる兄の部屋の床にどっかり座り込む。

ローテーブルにアイスを置き、お尻にひくクッションを手際よく用意すると、しぶしぶといった様子で久羅くんも座り込んだ。

「チョコとストロベリーどっちがいい?」

「……どっちでもいい」

「じゃあストロベリーね」

ストロベリーアイスとスプーンをテーブルの上に滑らせ、久羅くんを盗み見る。

うひょー!

お風呂上がりの推し!

めちゃくちゃ学校のジャージだけど、おかげでお風呂上りのセクシーさよりも健康的な感じが強調されていて、これはこれでいい。

推しよ、健やかであれ。

この日のために買っておいたお高いアイスのカップを外し、久羅くんはピンク色の表面をスプーンで削り取った。そして一口含み、ちょっと目を開いた。

カップの側面を見ながら、二口目を口に入れる。

気に入ってくれたようだ。

ほっと安堵の息を吐いて、自分がずっと緊張していたことにようやく気が付いた。

自分の家、領域に人を連れてくるのって、結構緊張するんだな。それが久羅くんとなれば、なおのことか。

久羅くんは黙々とアイスを口に運び、あっという間に完食してしまった。

そしてまじまじと兄の部屋を見回し、いつまでもちびちびアイスを食べている私にこう言った。


「君はさ、どういうつもりで俺を家に招いたわけ?」

「どういう?」

質問の意図がわからずに首を傾げると、彼はスプーンをくるくると回しながら続ける。

「普通の感覚を持つ人間なら、本能的に俺を家に招こうなんて思わない」

「そうなの?」

「あのねぇ……」

呆れたとばかりに、久羅くんはスプーンの先をこちらへ向けた。

「だいたいにして、君は阿呆すぎる。俺のことを何もわかっていない。わかっていてやっているのだとしたら、阿呆を通り越して愚かだと思う。俺はとんでもなく凶悪な存在かもしれないんだよ。君なんてどうとでもできるくらい恐ろしい生き物なのかもしれない」

確かに久羅くんはすごくつよい妖鬼だ。

でも理性なく暴れまわったり、殺しを楽しんだりする性分ではない。

人間のことは対等だと思っていないし、目的のためなら残酷にもなるけれど、それは彼がそういう生き物だからだ。

しかしそれ以上に久羅スガネという人は理知的で、自分にとって不利なことは絶対しないと私は知っていた。

同時にこうも思う。

「でも久羅くんも私のことを知らないでしょう?」


私がどれほどあなたに会いたかったのか。

あなたに会えた時、どれほど嬉しかったのか。

言葉を交わせることが、どれほどの奇跡なのか。

そしてこんな私をあなたが一時でもそばに置くことを許してくれたことが、どれほど私にとって特別な意味があるのか。


「久羅くんが凶悪で恐ろしい存在だとしても、こうして見逃してくれているうちは、私はずっと一緒にいたいし、都合のいい存在扱いされてもかまわないよ」

「何されてもいいって?」

「いいよ」

だから誰かを殺す必要があるなら、私を殺していいよ。

それで久羅くんの役に立つなら、私は嬉しいよ。

言葉にはせず、私は微笑んで久羅くんを見つめた。

すると彼はすっと無表情になって、ふいっとそっぽを向く。

「あっそ」

その横顔は普段と変わらないはずなのに、いつものツンと冷たいものとはどこか違うような気がして、でもどこが違うのかは自称限界オタクであるはずの私にすらわからないままだった。



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