一学期4
「久羅くん、おはよう!」
「……おはよう、Aさん」
毎朝推しにおはようと言える世界、ありがとう。愛してる。
どうも、女子生徒Aです。
そして久羅くんは今日もパーフェクトに美しいです。
「久羅くん、今朝のニュース見た?」
「久羅くん!さっきの授業、久羅くん見ててノート写すのちょっと間に合わなかったから見せて!」
「久羅くんはノートも綺麗なんだね」
「久羅くん、古文の先生、あれ絶対カツラだと思うんだけど……」
「久羅くん!」
うんざりという言葉を体現したかのような顔で、久羅くんは私を見上げた。
「俺は君に仲良くして欲しいなんて頼んだ覚えはないんだけど」
「でも普通にして欲しいって言ってたから」
「なるほど、君の解釈に委ねた俺が馬鹿だった」
「久羅くんでも後悔することあるんだね」
「今はいっそのことどうやって黙らせるか考えてるよ」
推しに嫌われてしまったと悩んでいた反動か、自分でも驚くほど積極的に私は久羅くんに話しかけるようになった。
望外の幸せに謙虚にならねばと思っていたが、よくよく考えてみれば手に入れた権利を使わないのも馬鹿馬鹿しい。
そう、私は久羅くんの同級生で隣の席の女子生徒Aなのだ。
「さすがにお昼ごはん食べてるときは黙るよ。だから一緒に食べに行かない?」
「悪いけど無理かな」
「そっか。わかった」
積極的に話しかけることは許してもらえているけど、引き際はちゃんと決めておかないとね。
お昼ごはんはまた忘れた頃に誘ってみようかな。
たぶんまた断られるだろうけど。
断られたというのに上機嫌な私に、久羅くんも、それを盗み見ていたクラスメイトもおののいていたというのは、私のあずかり知らぬところであった。
人生二度目なので、移動教室への移動が一人でも、案外平気だったりする。
別に私はぼっちではない。決して!
お昼ごはんも結局一人で食べたけど、ぼっちではない!
などと考えていると、後ろから佐久間さんが小走りに隣に並んだ。
「一緒に行っていい?」
「いいよー」
別に許可なんていらないのに。
まぁ出来立ての人間関係って距離感難しいよね。
「Aさん、久羅くんと何かあったの?」
「別に何もないよ」
なるほど。
そういうことか。
さっそく女子の興味の対象になっているらしい。
「この間、鼻血が出た時に迷惑かけちゃったから恥ずかしくて話しかけられなかったんだけど、久羅くんから気にしなくていいって言われたの。良い人だよね」
「そう、なんだ」
なんだか納得いかないという反応だ。
「ちょっとびっくりしちゃった。よく話しかけられるね」
「どゆこと?」
純粋な疑問を返すと、佐久間さんは困った様子で眉をひそめる。
まじまじと見ると、ヒロインがいるせいで埋もれているけど、佐久間さんもなかなかの美少女だ。
「その……久羅くんって、ちょっと怖いし……」
「美しすぎて恐れ多いよね。わかる。私もつい拝んでるときある」
教科書やノートが落ちないように器用に腕で挟みつつ合掌すると、佐久間さんは引きつった笑みを浮かべた。
「そういうことじゃなくて」
じゃあ、どういうこと?
「あの人、時々人間っぽくないっていうか。どこ見ているかわからなくて、私怖いなって思うの。まるで周りの人のことを動物か何かみたいに観察しているというか」
「そうかなぁ」
心当たりしかなかったので、見事なすっとぼけを決めておいた。
そういえば佐久間さんって、霊感が強いんだったっけ。
久羅くんが普通の人間じゃないって、すでに直感的に気が付いているのかも。
「Aさんが久羅くんのことが好きなら仕方ないけど、その……気をつけてね」
からかいとかではなく、本当に身の危険を案じているような心配に、なぜか少し心が痛んだ。