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一学期3


鼻血事件以来、久羅くんに嫌われている気がする。

いや、絶対に嫌われている。

殺されるのがご褒美なんだから、いいんじゃない?って?

そんなわけがあるかい!

私は推しには殺されたいけど、嫌われたい性癖までは持ち合わせていないのだ。

ああ、オタク心は複雑怪奇……。


普通の人間でも人の鼻血なんて嫌だろうに、久羅くんはとってもすごいつよい鬼なので、そう、鬼なのだ。

だから彼にとって人間は狩りつくしても絶滅しない餌で、血は酒みたいなもの。(と、設定資料集五十八ページに書いてあった)

今のところ正体を隠している彼にとっては、迷惑でしかなかったことだろう。

ハンカチを捨ててしまってもいいというのも、きっと迷惑に思う心から出た言葉だろう。

推しの役に立つどころか、不快な思いをさせてしまった……。

いますぐにでも詫びて腹を割くべきか。

と思う一方で、ハンカチはちゃんと洗って大事に保管している。

だって久羅くんのハンカチだよ!?

死ぬまで大事にするし、なんならお棺に一緒に入れて欲しい。

でも捨てろって本人は言っていたから、捨てるべきだよね。

あ~!心が二つある~!


そんなわけで久羅くんの方を盗み見することすら自重して過ごすこと数日。

本当につらい。

仲良くなりたいとか、好きになってもらいたいとか、そんな大それたことを望んでいたわけじゃないけれど、嫌われたかもしれないという事実はずっしりと頭上にのっかってきて苦しい。

せめて「こいつなら殺してもいいか」と思える人員になったと思えばいいのかな……。

でも、何か違うのだ。

私は確かに久羅くんの限界オタクで殺されてもいいくらいに好きだけど、嫌われたいわけでも、嫌悪されて殺されたいわけでもない。

じゃあどういうふうに殺されたいのか。

なんだか、殺されると一口にいっても意外と難しい。

私は彼にとって取るに足らない存在でいたいはずだったのに。


路傍の石。

気づかず踏んだ草。

いつの間にか枯れていた花。

そこにほんの少しの憐れみがあれば幸せだ。

と思っていたのだけれど。





黒塚高校は私立なので、立派な食堂がある。

男子向けのがっつり定食と、女子向けの量少なめのメニューに分かれており、今日も男子らが日替わり定食の列に我先にと並んでいた。

気が塞いで食欲がなかったので、今日はきつねうどんだ。

冷凍うどんの妙に柔らかいグニャグニャした食感は、意外と嫌いではない。

やや離れたあたりに、ヒロインと佐久間さんが座っているのが見えた。

そしてさらにその奥に渡辺くんがいる。

明らかにヒロインを意識している様子だが、相手には全く気付かれていないところが不憫で少し面白かった。

「やぁ」

軽い音を立ててトレイが置かれ、隣に誰かが腰かける。

鼻血事件以来、まともに会話すらしていなかったというのに、私はその短い声だけで相手が久羅くんだとわかってしまった。

久羅くんの声は、前世では大人気声優だったのだから、当然といえば当然なのだが。

「コンニチワ」

「そんなに警戒しないで欲しいな」

緊張のあまりカタコトになる私に、久羅くんはうわべだけの笑みで答えた。

クッ!胡散臭さがぬぐえない完璧な笑みも素敵!格好いい!なんか良い匂いする!

「警戒なんてしてないです。むしろ……」

言い淀んだ続きを、無言で促される。

私は中途半端に持ち上げたままの麺の表面が乾いていくのを眺めながら素直に答えた。

「むしろ、私が嫌われていると思って」

「だから隣に座ったって言ったら?」

「な、なんで?」

新手の嫌がらせか!?

あ、でも久羅くんって。

「自分が嫌いな人間にあえて絡みに行く天邪鬼な性格だから、とか?」

「そういうところが、なんかムカつくんだよね」

「ひぃ……すみません!」

推しからムカつくをいただきました。

もう終わりです。

「え、じゃあ、鼻血のことを怒っているわけではない?」

「鼻血くらいじゃ俺は怒らないさ」

そう言いつつ、ドバドバうどんに七味を入れられているのですが。

「でも、勝手にこっちの内側を見透かすような目は気に入らない。盗み見するくせに、ビクビク怯えているのも」

「……まことに申し訳ありません」

うどんは真っ赤に染まり、目と鼻に刺激臭が攻撃を仕掛け始めていた。

「そっちこそ、俺のことが怖いんじゃないの?」

「まさか!」

あ、やば。

即答したら、またムカつくわぁみたいな顔された。

「久羅くんが格好いいから、つい盗み見しちゃっていたのは本当に申し訳ないと思っています。はい」

「へぇ。格好いいと思っていた、と」

久羅くんが格好良くて、美しいのは、この世の真理なので、私は大人しく頷いた。

すると彼はなんだか肩透かしを食らったみたいに、一瞬きょとんとする。そして七味を静かにテーブルに戻した。

「生存能力は優れているけれど、知性体としては決定的なまでに愚かだな」

「つまり?」

「阿呆。間抜け」

「そんな……ありがとうございます」

心から感謝を述べると、久羅くんは若干呆れたように眉を持ち上げた。

そして自分が持ってきたトレイをこちらに押しやり立ちあがる。

「とにかくお互い円滑な学園生活のためにも、怯えたり、嫌っているようなそぶりを見せるのはやめようって言いにきただけだから」

ということは、普通に話しかけろってことなのかな。

「わかりました」

「俺たちは同級生なんだから、敬語を使うのもやめてほしいな」

「わか、った」

じゃあと爽やかに胡散臭く微笑み、久羅くんはほっそりとした背中を見せて去ろうとする。

私の手元には真っ赤なうどんと、彼が置いて行ったパンが一つぽつねんと残される。

久羅くん、菓子パン食べるんだ。へぇ~、意外。

「久羅くん!」

とっさに立ちあがり名前をそこそこ大きい声で呼ぶと、冷たい表情のままの彼が振り返る。

「パン忘れてるよ!」

「食べるか捨てるかすれば」

保管はありですか!?

と、思わず質問しかけたけど、さすがに我慢した。

どうしよう。ハンカチに続き、推しからパンも貰ってしまった。

あと普通に話しかけていい許可も貰ってしまった。

やったー!!



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