一学期1
我こそが推しに殺される女子生徒Aになる!
と、意気込んだ翌日。
つまり私にとっては、今度こその高校生活初日。
入学式の途中で倒れて帰ると、自分の席がどこかすらわからないんだね。びっくり。
皆当たり前のように自分の席に座ってるけど、一日でそんなすぐになじんでしまうのか。もうここは俺の席だ!ってわかっちまってしまうのか。
なんかもうグループもできてるし……!
同じ中学校だったんだよね!?昨日仲良くなったとか言わないよね!?
ヤダー!完全に出遅れてるー!
席もわからなければ、唯一同じ中学から来た碓氷くんは違うクラスだし、というか男子だし、っていうか席わからないし!
かくなるうえは担任の先生が来るまで待つか……。
悲壮な面持ちで立ち尽くしていると、ねぇと背後から声をかけられた。
「ご、ごめんなさい」
通行の邪魔になってしまったことを謝り、私は壁際でますます身を縮こませた。
しかしなぜか相手は立ち去らない。
なんだろうと顔をあげ、私は石化した。
「はひ……」
く、久羅くんだーーー!!?
久羅くんの感情の読めない灰色の瞳がじっとこちらを見ている。
何百回、何千回、それこそ親の顔なみに見てきたはずの久羅くんの正面からの顔は、これまでを軽々と超えるほどの美しさで、変な汗がどばっとあふれてくる。
う、嘘。
目が合ってる!?
私、死ぬ!?
「大丈夫?」
大丈夫ではないです。
久羅くんは機能停止に陥った私に、ほんのりと困った顔をした。
しかし私にはわかった。
彼の困ったふうの顔の裏に、こちらを面倒くさがるような、なんだこいつという冷めた感情があることを。
慌てて首を縦に振りそうになって、せっかく推しに声をかけてもらったのにまともに返事もできないでいる自分が急に情けなくなった。だいたいにして私は人見知りはしないほうなのだ。それがこんな借りてきた猫じゃないけど、久羅くんを困らせるような……。
「席が、わからなくて」
ぎゅっと手を握りしめ、困っていると告げる。
一度声を出すと、意外なほどにあっけなくしゃべれてしまった。
ああ、と落ち着いた低い声で久羅くんは納得した顔をする。
「君、昨日倒れた子?」
「はい……」
正確に言うと、あなたを見て倒れた人間です。
お恥ずかしながらとうつむくと、久羅くんは白く骨ばった手でおいでおいでをした。
「こっち」
よくわからないまま、ふらふらと後について行くと、彼は一番後ろの席に荷物を置く。そして隣を指さした。
「君の席はそこ」
「えっ」
嘘!?
久羅くんの隣!?
なにこの宝くじ一等が当たったと思ったら、また一等が当たったみたいな展開!?
「死ぬかもしれない」
「なんで?」
「そりゃ運が良すぎて……」
しまった。思考が途中から駄々洩れになっていた。
はっと我に返り、私は慌てて付け加えた。
「廊下側の一番後ろラッキーだなって!」
学生の頃は一番後ろの席が良いと思っていたけれど、結構教壇からは良く見えるんだよね。
でも前後左右、常に人に囲まれずに済むのは気が楽でやはりいい。
「そうだね。僕も後ろの席で良かったって思った。死ぬかもはちょっと大げさだけど」
優等生モードの久羅くんは、親切にも私の言い訳に同意してくれた。
本心は取るに足らない人間めと思っているのだろうか。
鍛えられたオタクであるところの私は、それだけでも舞い上がりそうになる。
「だってこんなに席があるのに、一番後ろの角は二席しかないんだよ。私みたいなモブには、すごいことだよ」
そう、本当にすごいことなのだ。
久羅くんと隣の席になるということは!
「モブ?」
……また、いらんことを口走ってしまった。
「えっと、ほら、私って女子生徒Aみたいな感じでしょ?」
私はいったい何を言っているんだろう。
いらんことを言って、さらにいらんことの上塗りをしている。
ほら、久羅くんもきょとんとして……。
「ふふ……」
軽やかな、上品な笑い声。
目を見張る私に、久羅くんは変な生き物を見つけた学者のような、どこか冷ややかなまなざしを向ける。そして私の名札をじっと見ていたかと思うと、女子生徒Aねと皮肉るように呟いた。
「よろしく、Aさん。俺は久羅。久羅スガネ」
片耳に髪の毛をかけなおして、完璧な笑みを彼は浮かべた。
存じております。
そりゃもう、ずっと前から。
「……よろしくお願いします」
どぎまぎしながら丁寧に頭を下げると同時に、予鈴がなった。
ガタガタと椅子を引く音が教室にあふれかえり、私もぎこちなく席に着く。
とりあえず女子生徒Aになる一歩を踏み出せたようだ。
いや別に呼称からなる必要はなかったような気もするけど……。
そっと横をうかがうと、久羅くんは私など視界にすらいない様子で、ツンと冷たく前を見ていた。