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黄金バッタ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、一年でどれくらい服を買うかな? おしゃればかりじゃなく、普段着としての範疇も含めてさ。

 ……ふーむ、なるほどなるほど。ほぼ着たきりスズメといったところか。

 服飾は、いまや現代社会に生きるときに必須とされる項目のひとつだ。体温の調整などから社会的なステータスに至るまで、あらゆる服を我々は使い分けている。

 

 そいつはひょっとすると、別の生き物にも言えるかもしれない。

 成長に合わせて脱皮をしたり、周囲の環境に応じて色などを変えたり。彼らにとっても、命にかかわる重大事なのは間違いないだろう。

 だからこそ、見慣れない彼らの「服」を見ることがあれば、僕たちも気を払った方がいいかもしれない。

 父からつい最近、聞いた話なんだけど耳へ入れてみないかい?



 父が子供のころに、「黄金バッタ」の存在が語られた時期があったそうだ。

 名前の通り、身体を金色に染めたバッタ。大きさはまちまちで、並みのそれと同じ大きさのこともあれば、彼らを餌食とするカマキリと同じくらいの巨体を持つものもいたらしい。

 黄金バッタの話を持ってきたクラスメートは、普段から「じいさん」呼ばわりされている男の子だった。


 彼には若白髪がたくさんあったんだ。

 比率で見れば黒の圧倒的な勝利ではあるが、完全ではない。1割か2割、黒い海の中でちらほらと島のように散らばり、近くで見るとより本数の多さを実感できる。

 論より証拠と、彼はカゴに入れた黄金バッタを学校へ持ってきたことがあったらしい。

 父も見せてもらったところ、想像していたような輝きこそないものの、頭や翅、足に至るまで一分のスキもなく黄色に染まった、一匹の虫の姿があったんだ。


 あまりに黄色いものだから、皆の間では感心よりも、疑いの気持ちがまさった。

 ムラのない染まり具合が、どこか作為的なものを感じさせたからだ。ただのバッタにメッキのような金色を、塗りたくっただけじゃないか。

 ほとんどの子の顔に、そう書いてあった。


 けげんそうな雰囲気を、またも敏感に悟った彼は、ひとしきりみんなへ見せたあと、こう宣言する。


「黄金バッタを捕まえて、持ってきてくれた子に金一封を用意する」と。


 子供の間でのことだ。金一封といえど、大人にしてみればリーズナブルな食事、一回ができるかどうかという額。しかし小遣いが限られている身での臨時収入は、願ってもない。

 たちまち釣られた子供たちは、その日の放課後から黄金バッタを求めて、ほうぼうへ散っていったんだ。



 まゆつばものと思っていた父は、はじめ高みの見物を決め込んでいたらしい。

 あのじいさんは、ありもしないもので皆を焚きつけ、右往左往する様を見て楽しんでいるんじゃないかと。

「そんなことに踊らされる子供じゃないぜ」と、でんと構える父もまた、負けず嫌いゆえの思考回路だったのかもしれない。


 そんな父の思惑とは裏腹に、黄金バッタは次々と捕まった。

 同じクラスの子はもちろん、話を聞きつけてか別のクラスの子もじいさんのもとへ押しかける。

 その虫かごの中に、じいさんが持ってきたのと同じ色合いのバッタをおさめながらだ。約束通り、お金の支払いも行われる。

 サクラにしては堂に入りすぎていた。パフォーマンスに使うには、あまりに多額。

 これ、ほんまものかと、父の心はどんどんぐらついていく。様子見の数日の間、自分が報せを目にしただけで20匹はくだらない。

 いままでこそりとも姿を見せなかった、不可解なバッタ。こうも大量に出てきたとなると、何かしらの事故や陰謀のにおいさえしてくる。

 じいさんは、果たして何をたくらんでいるのか。

 

 ――黄金バッタの正体、確かめてやるか。

 

 悪の眼を盗んで行う、正義の行い。

 その節にあこがれるあたり、父もまだまだ幼かった。

 

 

 皆がそうであったように、父も物色開始から数分で黄金バッタを見つける。

 目星をつけた草むら。そこで跳ねまわる他のバッタたちの中にあっても、その色合いは目立つものだった。

 すぐに網を構えて捕まえにかかったところ、さしたる抵抗はない。逃げ出す素振りもない。すんなりと網の中へおさまっても、動こうとしない黄金色を見ては、いよいよ父の中の不審感も募ってくる。

 

 ――こうもたやすく、お金が入っていいのか。まだまだ信用できない。

 

 じいさんの策にはまるのを、よしとしない父。すぐ引き渡す真似をせず、あれから新たに捕まえた2匹をくわえた、合計3匹をカゴに入れる。

 土を適当に放り込んだだけの、ずさんなカゴ環境。その中で3匹はときおり、思い出したようにぴょこぴょこ跳ねる。

 捕まえたところの草を適当に放り込み、父はそのまま自室の勉強机の上へ乗せっぱなしにしていた。

 もとより飼育に興味がなく、黄金バッタの実態を探ることのみが目的。それさえ果たせれば、生き死にさえもどうでもいいと思っていたとか。

 

 カゴに放り込んで、丸一日が経った夜。

 その日の昼間も、学校で何人かが黄金バッタをじいさんに献上していて、おもしろくない。

 お金を受け取ったことじゃない。それに釣られて、むざむざじいさんの手のひらで踊らされているように見えるのが、気に食わなかった。

 バリバリの反骨心を抱く父は、その日はバッタたちの面倒を一切みず。机の上へ乗っけたまま、やがて夜の深まりとともに布団の中でまどろんでしまっていたとか。

 

 最初、夢か現実か分からなかった。

 物音に気付いて覚醒すると、机の上のカゴが大きく揺れている。

 地震ではない。背中をつける地面から、揺れは感じない。まぎれもなく、カゴだけが振動している。

 そう分かって、身を起こした時には、ひときわ大きくプラスチックのカゴが揺れた。いや、飛び跳ねたんだ。

 横倒しになり、蓋が開く。その機を逃さんとばかりに、3匹の黄金バッタたちが飛び出してきた。

 窓のほうではなく、こちらを見やる父めがけてだ。

 

 プツ、プツ、プツ。

 3つ耳へ叩き込まれる。

 それは髪の毛のちぎれる音で、頭に乗っかってきたバッタたちが、飛びのく際に出たものだった。

 1匹に一本。その口元へくわえられた髪の毛を、彼らはせわしく口まわりを動かして、ほおばっていく。

 畳の上へ降りたったとき、彼らのいずれももう髪の毛をくわえていなかった。ほんの1秒にも満たないジャンプの中で、1匹たりとも遅れることなく、折りたたむようにして身体の中に髪の毛を取り入れきっていたんだ。


 3匹が背中の翅をしきりに震わせ、音を立てる。

 こうもコオロギを思わせる声を出せるかと、父の思考が追い付いた時にはもう、彼らは彼らでなくなり出していた。

 靴下をひっくり返すよう……といえばいいか。

 3匹とも背中が盛り上がり出し、それに釣られて胴体が、足が、頭が、ひっくり返った排水口へ引き込まれるように、その突起へ吸い込まれていく。


 盛り上がったものの色は、黒。明かりをつけない部屋へ溶け込む、団子のように丸まった黄金バッタだったものは、ひとりでにころころ転がり出す。

 三者三方。部屋の端の壁にたどりつくや、そのそれぞれが存在しないかのごとく、彼らはすうっとその中へ透けて、入り込んでいってしまったのだとか。

 空の虫カゴが、あれが現実であったと物語っている。父は明かりをつけ、団子たちが消えていった先へ指を当てても、やはりそこにはちゃんと壁があったという。



 狐につままれたような心地で迎えた翌朝。

 顔を洗う時に映した鏡の中で、父は自分の前髪のうち、見事な白髪が3本だけ混じっているのが分かった。

 あの黄金バッタに取られた、後釜だろう。けれども、こうも早くに生えてくるものだろうか。

 じいさんはそれから一カ月ほど黄金バッタを集め続け、また払い続けた。

 父はいちど、自分の身に起こったことをすべて打ち明け、彼に説明を求めたものの、じいさんはどこか憐れむような視線を向けただけ。

 詳しいことは教えてもらえず、いまに至るのだとか。


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