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突然の明日ー春香のリスペクト  作者: すどう零
3/4

突然の明日ー涼香の悲劇からの脱出

 翌日、春香はいつもと同じように朝七時に起きて、ニュースを見ていると、女性ニュースキャスターが深刻そうな顔で報道している。

「昨日、午後六時、ソフト闇金に強盗犯が入りました。犯人は二十三歳の女性です。包丁を持って暴れていましたが、すぐ警察に取り押さえられました」

 テレビ画面には、犯人の女性の顔が映っている。

 どこかで見たことがあると記憶の糸を辿っていくと、秋香姉ちゃんの会社の慰安旅行で、いちばん左端に写っていた若い女性だ。秋香姉ちゃんにとっては、直属の後輩らしいが、秋香姉ちゃん曰く

「まったく、涼香さんはコネで入社したのをいいことに、四大卒なのにいくら経理を教えても、覚えようとはしない。まあ、文学部だったから仕方ないかもしれないがね。掃除の仕方を教えても、教えた通りにはしない。全くあの子がミスをするたびに、課長から叱られるのはこの私よ」

 

 それから三日後のことだった。姉が心底、絶望したように言った。

「今日、課長から叱られちゃった。

『本来ならば、男性新入社員が君の部下につくはずだったが、クレームとつけられ、部下のお嬢さんである涼香さんを君の下につけ、指導教育をさせようとしたんだ。

 君は、指導能力に欠けるようだね。監督不行き届きというか、本当に困ったものだ』と言われたの。まあ、うちの会社はコネ採用が多いから、私のようにコネ以外の人は五年たった時点で辞めていくという無言の協定があるが、私もそれに選ばれちゃったのかな」

 辛いけど、会社がそういった方針なら、それに従う以外ないわね。まあ、会社なんて変化の激しい生ものだから、また新しい職種が見つかるかもしれない。

 そういえば、以前ドキュメンタリー番組で刑務所の女囚が、いつも叱られている直属先輩OLから

「あなたいくら教えても覚えないわね。責任を負って、上司から叱られるのはこの私なのよ。

 だから女はダメなのよなんてレッテルを貼られちゃうのよ。こんな状態だったら、寿退社でもした方が身のためじゃないの?」

というお叱りに傷つき、深夜、一人暮らしの直属先輩のワンルームマンションに押しかけ、包丁で刺し殺したという事件があった。

 しかし、深夜に自分の後輩OLを自宅に入れるということは、そう憎からず思っていた証拠に違いない。ただ感情的になって厳しい言葉をぶつけたに違いない。

 でも、相手にはそれが自分を侮辱したという逆恨みのターゲットになってしまったのだ。

 秋香姉が、そんな逆恨みをされたら、災難だなと危惧していた最中だった。


 女性アナウンサーが報道を続けた。

「犯人は、一般企業の事務職をしていましたが、DVDに出演させてやるなどと甘い言葉に誘われ、一時は出演したのですが、結局赤字で借金を抱え、ソフト闇金で借金したところ、断わられたので逆上したそうです」

 どういうこと? 信じられない。

 闇金というのは、よほどのことがない限り、融資を断ったりはしない。ということは、ブラックリストに記載されているということなのだろうか。

 DVD出演というのは、姉もひっかかった例の一件なのだろうか?

 わからない。謎だらけだ。

 そのとき拓也が驚愕したような、すっとんきょうな声をあげた。

「あっ、この女性、涼香さんといってクリスにしょっちゅう来店していたよ。

 秋香さんとは顔を合わせたことはない筈だ。

 だって、秋香さんは来店時間は早朝五時だったけど、涼香さんは夜十時以降だったものな。

 涼香さんは店の近くのアパートで独り暮らししていたみたい」

 えっ、涼香さんは、部長のお嬢さんだから実家に住んでるはずじゃあなかったの?

 まさか、担当ホストに狂って家を出たなーんて想像、いくらなんでも飛躍しすぎかな。

「涼香さんって悪い人じゃあないんだけどね、奇異なところのある人だよね」

「えっ、どんな風に」

「新人ホストに『私の息子になってくれない?』とかね。それに、この話、言いにくいことなんだけどね、高校時代、中絶体験のあることを、自ら吹聴してまわったりね。

 普通そんなことって隠すことでしょう。思い出したくもないことの筈じゃない」

 もちろんその通りだ。

 しかし女性は深い傷を負うとかえってそれを吐き出し、膿をだすことでしか、傷をやわらげることはできない。心の内出血は不可能なのだ。

 しかし、中絶相手は一体誰だろう?


 久しぶりに、秋香姉ちゃんが帰宅した。

 たった一人の姉が古巣にかえってくるのはやはり嬉しい。

「ねえ、春香、吉村康祐って知ってる?」

 えっ、ひょっとして例の私立探偵の彼のこと?

「ええ、まあ知ってるわよ」

「ほら、ニュースで見たでしょう。サラ金強盗未遂の私の元部下 涼香の妊娠中絶の相手が、なんと吉村康祐って人なんだってさ」

 本当なんだろうか? 康祐は、女を泣かすほど遊び人なのだろうか?

 元ヤンキーって感じにも見えないしね。

 早速、康祐に問いただしてみよう。でも、それが事実だったら、女を中絶させた男として、康祐のことがちょっぴり嫌になるかもしれない。


 春香は、やはり涼香の中絶相手が康祐だという噂を、問いただす勇気などなかった。

 そんなことをして何になる?

 私は、康祐の彼女でもなければ、保護者でもないではないか。

 ひょっとして、私、康祐のことが好きなのかな?

 そんなことを、考えていると、不意にチャイムが鳴った。

「有難うございます。ピザの宅配に参りました」

 一応、秋香姉さんの帰宅祝いにピザとスパゲッティーを出前注文させておいたのだ。

 ドアを開けると、そこにはなんと、康祐が立っていた。

「あれっ、今度はピザの宅配してるの?」

「まあ、そういうところだ。代金三千円頂きます」

「ねえ、涼香さんって知ってる?」

 途端に、康祐は表情を硬くした。

「知ってるよ。でも仕事中だからその話はあとで」

 そう言って康祐は、宅配のバイクに乗って去って行った。


 夜九時頃、康祐からスマホで電話があった。

「こんなこと、言いたくないことなんだけどね、俺、涼香さんと高校の同級生だったんだ。

 涼香さんは、あの頃、睡眠薬に手をだしてね。いつも一人でいる存在なんだ」

 薬中毒の怖さは、テレビで見たことはあるが、でも春香は薬には手をだしたことはない。

「実は俺のおかんも、精神安定剤にはまっていた時期があってね、薬の怖さは知っていた。そこで、俺は涼香ちゃんの家に見舞いに行ったんだ。もちろん、菓子折りをもって、涼香のご両親にも挨拶してね、涼香の母親には、えらく喜ばれたなあ」

 まあ、そうだろう。自分は一人ではないという自信がついたから。

「そんなある日、涼香は薬で酔っていたのだろう。僕に来てくれっていって、涼香の家に行くと、両親不在だったんだ。なんでも、出張中だったらしい。

 告白すると僕は涼香と二十分間だけ、部屋にいたんだといっても何もなかったけどね。後から、涼香からこっそり打ち明けられたが、涼香はその前日にレイプされていたんだ。なんでも、カラオケボックスに一人カラオケをしているところを、襲われたらしい」

 本当かな? 半信半疑だが、まあ話だけは聞いておいても損はない。

「もちろん、僕の口からは、涼香の両親に涼香がレイプされただなんて、言えるわけはなかった。

 しかし、防犯カメラには、部屋には僕が涼香と二人きりでいる様子が映っていたんだ。

 いつの間にか僕はレイプ犯の疑いを持たれていた。いくら涼香の両親に二十分間だけ一緒にいたと説明してもわかってもらえなかった。

 そこで僕は医者に、僕がADであるという診断書を書いてもらって、涼香の両親に提出したんだ」

 

 康祐は話を続けた。

「しかし、涼香の両親と僕とは絶縁状態になった。それから、十カ月後涼香が妊娠中絶をしたという噂を聞いたんだ。涼香の両親は僕が犯人だと思い込んでいたが、僕と胎児とは血液型が違っていた。だから、無罪放免になったというわけだ」

 ふーん、そうだったのか。しかし随分赤裸々な告白だな。

「いまだに、涼香のレイプ犯はわかっていない。しかし、あれ以来、涼香の両親はまるで腫物に触れるような調子で、涼香に接しているんだ」

 なんだか救いようのない傷を負った暗い話。思わずため息がでた。

 康祐は話を続けた。

「俺は、涼香のためにも、涼香の両親のためにも、隠された悪の芽を摘み取っていきたいんだ」

 なかなか感心な意見であり、革命である。しかし、そんなことが現実に可能なのだろうか。

 ただひとつ言えることは、涼香は妊娠中絶により、傷ついているということだ。

 子供というのは、たとえレイプが原因があっても出産した方がよかったかもしれない。

 春香は、性の問題について考えるようになった。

 

 

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