88)学園祭の準備③ 伝説のパン屋
今日の日記
学園祭の準備期間に入って3日目の朝。各クラスに学園新聞の記事のアンケートをとった翌日。
いよいよ1回目の回収BOX開帳の時だ。
このBOXは当面そのまま置いてもらう事で、司書さんと話がついている。
建前としては、好評だった場合は学園祭の後も制作を続けるかもしれないと言うことにしてある。
図書館の司書さんにお礼を言って箱を持ち上げると、カサカサと音がした。少なくとも0だったと言うことはないみたい。
予備の箱を同じ場所に設置すると、司書さんにお礼を言って旧校舎の図書館へと持って行ったんだ。
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「さあ、どうかな?」
みんなが覗き込む中、アンケートの回収BOXを開封したのは僕。
すると中には多数の用紙が折り込まれて収まっていた。想像していたよりもずっと多い。
「わ、いっぱいあるね!」ソニアが嬉しそうに言って、そのうちの一つをつまみ上げ、開く。
「2-Aの先輩だ。サラース先輩のパン屋のチケット希望。サラース先輩、パン屋さんやるの? 屋台で?」
「そういえば、手伝ってくれって言われた時、そんなこと言っていたような、、、」
僕が思い出している間に、みんなが次々と用紙を開いてゆく。
「サラース先輩のパン屋のチケットください」
「サラースのパン屋のチケットが欲しい」
「サラース君のパン屋のチケットを!」
、、、、、何者だ? サラース先輩。
「あー、、、やっぱりこうなったか」みんなが不思議そうに見ているアンケート用紙を見て、ハインツが納得顔で呟く。
「ハインツ、何か知っているの?」
「チケットと引き換えに情報を集めるってアイディアを思いついた時に、去年出店を出した銃撃兵のサークルの先輩に話を聞いたんだよ。去年の学園祭の話題をかっさらった、サラース先輩のパン屋の伝説を」
昨年の学園祭。大通りの端の方、目立たぬ場所でひっそりと開店したサラース先輩のパン屋。
お祭りの屋台としても地味なこのお店は、初日の午前中こそ閑散としていたものの、お昼に購入した生徒や市民から口コミで広まり、夕方には大盛況! 閉門を待たず完売御礼となる。
2日目、朝からサラース先輩のパン屋は好評で、昼過ぎには完売と相成った。
3日目、学園の開門前より多くの人が集まり、開門と同時にサラース先輩のパン屋へと走り出した。パンは1時間待たずして完売。
途中、ちょっとした揉め事などもあり収拾がつかなくなったため、担任の指示により4日目の販売は本日整理券を配布しての予約制となった。
今度はそれを聞きつけた多くの人々が整理券のために行列を成し、さらに大きな話題になってゆく。
4日目、前日に整理券を配ったにもかかわらず、サラース先輩のパン屋に購入を求める人々が群がり大きな混乱を呼ぶ。結果的に急遽出店は撤去。整理券を持っている人のため、教室を1つ貸し切って販売すると言う異例の対応が取られた。
「そんなサラース先輩のお店、今年も出店ではなく教室を一つ貸切にして、事前配布されたチケットを持つ人だけが利用できるそうだ。だからサラース先輩のチケットだけは、割引券じゃなくて引換券を用意した」
「初日のチケットはどうするの?」マリアの問いに
「初日だけは、並んだ人にクジの当たり外れで購入権が得られるらしい。整理券はその後別途配布だそうだ」
「、、、、それは、、、食べてみたいね、、」ラット君の目が真剣だ。
「引換券は情報提供者の物だぞ」ハインツが念を押す。
「分かっているさ。並んで整理券をもらう分には問題ないんだろ?」
「ああ、でも大変みたいだぞ。生徒で独占させないために、学園関係者の整理券は数が決まっているらしい」
ハインツからそのように聞いたラット君は「徹夜するか、、、」などと一人で真剣にブツブツと呟いている。
「とにかく、サラース先輩にもチケットの協力をお願いしていたおかげで、想像以上に情報が集まってきた。ここから忙しいぞ」
「とりあえず、面白そうな情報を拾ったら、情報元に話を聞かないとな」ライツが1つのアンケートをつまんで眺めながら言うと、ハインツが「そうだ」と大きく頷いた。
「もちろん、七不思議だけじゃない。他の記事に関しても話を聞いて、作り話でないことの確認や、詳しい話を聞かなくちゃならない、記事にして刷るまで4日しかないんだ。スラー先輩の新聞の展示も並行して行わないとだ」
そう考えるとのんびりしている時間はほとんどない。
僕らは話し合って、それぞれの役割を決めた。
まず、貴族に取材をする必要のあるような内容は、マリアに一任する。ベル家の令嬢の取材を断る貴族はそうはいない。サポートとしてレフが同行する。
街のオススメのお店に関しては、ラット君とロドンの街に詳しいハナが担当。
その他の記事は、顔の広いハインツがライツと、リックさんがフランクと組んで動く。
僕とソニアはスラー先輩の新聞の展示および、人手が必要になった班の手伝いや、すでに作成できる記事を先んじて作り始める係を担当する。
こうして役割担当を決めると、今度は集まった情報の精査だ。基本的に記事にしたいものは、それぞれの担当が選んで良いことになった。
七不思議に関連しそうな情報に関して一旦保留。こちらは簡単な記事にする以外は、後日改めて確認する方向だ。
学園祭の最中では、実際に現地へ向かうこともままならないからね。
それぞれに気になるネタを選んだみんなは、次々に旧図書館を出てゆく。
僕とソニアはとりあえず、チケットで協力してくれた出店の紹介記事の作成を進めることにする。地図のイラストを入れて、当日は地図代わりに使ってもらえるようにした。
と言っても、出店の場所と内容と、簡単な紹介なのでそれほど難しい話ではない。サクサクとスペースを埋めてゆく。
さして無駄話も叩かずに、2人して黙々と記事を作成していると、あっという間に時間が過ぎてゆく。
作業のキリのいいところで、僕はぐーっと伸びをしてソニアに「そろそろちょっと休憩しない?」と声をかけた。
ソニアも「そうだね」と同意して、ぐっと体を伸ばした。
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お茶を準備して、私はルクスと2人並んでほっと息をつく。
集中していた時は全く気づかなかったけれど、ルクスと2人でお茶を飲んでいると、旧校舎の図書館というのはとても静かだ。
旧校舎を出入りする生徒の多くが1階で用が済むため、あまり図書館のある2階に上がってくることもない。
つまり、ここには私と、ルクスの2人だけ。
そう考えるとなんだか落ち着かないような気持ちになって、ちょっとドキドキする。
ただ、ルクスはちょっと鈍いところがあるのは、ここまでの付き合いでよく分かっている。
そう言うところはノリスちゃんもよく似ているなぁと思う。
「みんなは順調かなぁ」とルクスがのんびりとした声で話しかけてくる
「そうだね。みんな上手くやってくれると思うよ」私は当たり障りのない返事を返す。
「そうだねぇ」とルクスからもリラックスした声が帰ってきた。
「ねえ、ルクスは、、、その、、、南の村にいた時は、仲のいい子とかいなかったの、、、例えば女の子とか、、」少し緊張しながら聞いた私の言葉に
「うーん、小さな村だから、もともと子供が少なかったんだよね。ノリスと同年代の子はいたけど、僕は大体狩に出かけていたし、親しいと言える子はいなかったなぁ」
「そうなんだ、、、」私は密かにホッとする。
「だから、そうだね、仲の良い女の子といえばソニアやマリア、ハナが今までで一番かなぁ」
「、、、、じゃあ、同い年だったら私が最初だね」またちょっと緊張する。
「そうだね」と屈託なく笑うルクスを見て、少しだけ鼓動が早くなった。




