7)出席番号11番 グロリア=ラット
今日の日記
数日間授業を受けてわかったのだけど、午後の実地訓練に関しては1年生は体力作りがメインみたいだ。
とにかく走ったり、腕立て伏せをしたり。それと、穴を掘って避難場所を作ったり、あとはバリケードの作り方を習ったり、要は戦場で下っ端がやりそうなことを学んでゆく。
初日にやらされた銃を使ったような訓練もないわけではないけど、まずは体力作りと聞いた。
世代が幅広いので体力作りは細かくプログラムが組まれていて、教官たちは大変だろうなと思う。
僕は住んでいた村では山の中を走り回り、獲物を村まで引きずってきたりもしていたので、体力も筋力も平均以上だと褒められた。
最近妙に懐かれているマリアは毎回ひいひい言っている。ちなみにチームBで一番体力があるのはラット君だ。
でも、そんなラット君のあだ名は「へっぽこラット」だったんだ。
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馴染んできたチームBの皆んなとのお昼で、いつも一番早く食べ終わるのがラット君。
その日も、滅多に自分から話しかけない人見知りのマリアが、僕に積極的に話しかけるのを見てほかの人たちが驚いている間に、「ごちそうさま!」と、サンドイッチを包んでいた紙を丁寧に畳んでいた。
ハインツがマリアに「何かあったのか!?」と問い詰めていたが、あんまり自分のことを話したがらないマリアは曖昧に笑うばかり。
矛先は僕にも向いたけれど、犯人から逆恨みに遭う可能性もあるから、僕も「ちょっとね」と返答を濁した。
僕は話題を逸らすために、目についたラット君に話題を振る。
「ラット君はいつも食べるの早いね」
「そうかな? 兄弟が多かったからかも知れないね」
「僕にも妹がいるけど、兄弟が多いと食べるのが早くなるの」
「そりゃあ、なるさ。のんびり食事を楽しんでごらんよ、二口目を食べる頃には、美味しいものは全部無くなっているよ」
僕は妹と食べ物の取り合いをした事はないから全然想像がつかないけれど、そういうものなのかな?
「ルクス君って妹いるの?」隣の席のソニアがそこに食いついて来て、話はなんとなく僕の妹のことに移っていった。
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翌日の実地訓練はランニング。
それぞれに決められた周回を回ったら休憩していいことになっている。
その中で、元々の指定周回が多くて、最後まで走っているのは、槍撃兵の人たちだ。
槍撃兵、名前だけだと槍を構えて突撃しそうだけど、実際は全然違う。
僕たちが弾丸にしている魔核には大きく分けて3つの大きさがあり、僕が使っている通常の魔核が小、こぶし大のものが中、抱えるほどの物が大。
中以上は、中にエネルギーを詰め込んでいるので、着弾すると爆発してエネルギーを放出する強力な弾になる。
そんな弾丸を撃ち出す銃、、、というか砲の見た目が大きな槍のように見えるので”槍撃兵”と呼ばれているのだ。
持ち歩ける武器としては最大級の破壊力を誇る槍撃兵だが、運用は簡単ではない。
まず、得物が重いので体力と持久力は必須、連発はできないし、弾切れ(魔力切れ)を起こしやすい。接近戦は苦手。
数え上げればネガティブ要素は無数にあるけれど、それでも一撃の破壊力は圧倒的だ。
ちなみに、魔核の大は砲兵という兵種によって運用されるが、今の所、効果的な水準では活用できていないので、学園内にも砲兵はほとんどいなかった。
1-Cには槍撃兵が3人、それぞれABCのチームに一人ずつ。
その中でも最後まで走り抜いたのがラット君だ。
正直言って速度は早くない、でも、皆んなが訓練場で寝転んで胸を上下させている中、平気な顔をして走っていたのは尊敬する。
少しぽっちゃり目の体型でドスドスと足音を鳴らしながら、最後の一周を終えたところで教官が「それまで!」と言った。
戻ってくるラット君は教官から「スピードは課題だが、持久力はクラスで一番だな。このまま頑張れ」と労われてチームBの方に戻ってくる。
それを面白くなさそうに見ていたチームAのリーダー、サクソンが、ラット君に聞こえるように「どうせ当たりもしない、へっぽこラットのくせに」と呟いた。
それを耳にしたハインツが抗議しようとするが、ラット君自身が「まぁまぁ」となだめる。
そうしてから僕の方を振り向き、「ルクス君にちょっとお願いがあるんだけど、あとで時間もらえる?」と聞いて来た。
僕が「いいよ」と返すとじゃあ後で、と言いながら汗を拭いていた。
訓練が終わって教室に戻る最中、ハインツがぼやく。
「ラットはああ言うけどさ、サクソンには腹が立つよなー」
そこで僕は前から聞きたかった質問をする
「サクソンはどうしてあんな風に突っかかってくるの?」
ハインツから帰って来た答えはこう
因縁というほどでもないけれど、原因はクラスのチーム決めに遡る。
サクソンは成績もそれなりに優秀で、実家も勢いのある家柄。本人も在学中にチーム対抗戦で優秀な成績で卒業することを目指している。
チーム決めの際もサクソンのように貪欲に上位成績を目指しているクラスメイトを中心に、早々にチームAは形成されたらしい。
次いで出来たのはチームC。チームCを率いるロナ君は比較的冷静に動くタイプで、サクソンほどガツガツした雰囲気は好まない人たちが集まって来た。
そうして我らがチームBだけど、ご存知の通りマリアは大人しく、正直言えばあまり戦いを好まない娘だ。
自ずとのんびりした者たちや、チームA、Cから漏れた者がなんとなく集まってできた。
言い方悪いけれど、落ちこぼれの集まりといわれれば少々反論に困るようなところはある。
だからチームAやCが10人いるのに、チームBだけ7人しかいなかったのかと納得した。
僕と、入学が遅れている同級生が後2人いるらしいから、それでようやく人数のバランスが取れるわけだ。
ハインツの解釈としては、サクソンは自分たちよりは劣っていると思っているチームBが活躍するのは気にくわないのでは、ということらしい。
、、、、貴族というのは色々と面倒だなぁ。
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その日の放課後、僕はラット君と射撃練習場にいた。
「悪いね、付き合ってもらって」謝るラット君に
「いいよ、僕も暇だったから」と返す。なんでか一緒にマリアもついて来た。見学を終えたら猫の様子を見に行くそうだ。
ラット君のお願いというのは、銃の狙い方を教えて欲しいという事だった。
「ルクス君は狙撃手だから、狙いの付け方のコツみたいなものを教えてもらおうと思って」という理由だ。
そもそも「へっぽこラット」という不名誉なあだ名は、的中率に問題があったらしい。
入学したての頃、クラス全員の能力検査が行われ、各自の成績によって担任がカリキュラムを組む。
槍撃兵の試験は持久力検査と、的中率検査の2つ。
先に行われた持久力検査では大いに活躍したラット君だったが、的中率検査では失笑を買うことになる。
的中率検査は平均レベルの的を狙って、当たったら徐々に遠くへ、外れたら近づけてゆき、何発当てたかを確認するものだった。
で、ラット君の結果は、全弾外れ。一番近い的にも当たらなかったのだ。
「アドバイスできるか分からないけれど、それじゃあ、一度撃って見せてくれる?」
僕に促されてラット君は槍撃を構える。特におかしな所はないし、なかなか様になっている。槍撃は引き金ではなく、持ち手の部分にスイッチがあって、それを押し込むことで弾丸が発射される仕組み。
だが次の瞬間である。模擬弾の衝撃に備えるように少し腰をかがめたランス君は、何を思ったか槍撃を下から上に振りながら弾丸を発射したのだ。当然あらぬ方向に飛んでゆく弾丸。
「どう?」
何一つおかしなことなどなかったとばかりにこちらを振り向くラット君。
「どうって、、、え?」
そこでマリアが僕に助け舟を出してくれる。
「前にも私たちが指摘したのだけど、ラット君本人は槍撃を振っているつもりがないみたいなの。無意識に力が入っちゃうみたい」
それはそれは、、、、
ちょっと腕を組んで考え込んだ僕は、一つだけ作戦を思いつく。
「上手く行くか分からないけれど、試しにやってみる?」
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数日後の朝、教室へ入って早々に、ラット君が駆け寄って来て「当たった! 当たったよ! ありがとう」と握手して来た。
「本当に!? よかった!」
文字通り飛び上がって喜んでいるラット君を見て僕も嬉しくなる。
僕が提案したのは「肩に担いで撃つ」方法だ。
狩猟していた頃、山中で崖など背後に全く余裕がない状況で獲物を狙わなければならなかった際に、僕がたまに使う方法。
ライフルを肩に乗せて、後ろの壁と肩と、片手でライフルを固定して撃つ。結構な曲芸打ちだから切羽詰まったときしかやらない。
けれど、ラット君は撃つときに利き腕に力を入れ過ぎてしまうみたいだったから、かえって窮屈な体勢の方が当たるんじゃないかと思ったんだ。
肩にしっかり乗せれば体勢も安定するしね。
最初は戸惑いながら撃ち辛そうにしていたけれど、ラット君の中にも何か手応えがあったみたいで、「ちょっと練習してみる」と言ってくれていたのだった。
そうして昨日、かなり様になって来て、2回に1回は的に当てられるほどになった。
大騒ぎしているラット君を何事かと見ているクラスメイト。
この日以降、ラット君の事を「へっぽこラット」と呼ぶ者はいなくなったんだ。
ラット君の最初の撃ち方はスコップを動かすような感じで、肩に乗せたのはいわゆるバズーカ撃ちです。
結構長くなったと思ったら、4000文字近かった。。。